第三十二話 証拠という盾
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
ここまで読んで「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
翌朝、記録を持って広間に向かった。
三十ページほどの文書束だった。最初の一枚に目次がある。活動日時・場所・内容・関係者名。全てが時系列で記載されている。
ヴィクトール上司祭が席に着いた。書記官が二名、左右に座った。父も同席した。
「お持ちしました」
俺は文書をヴィクトールの前に置いた。
上司祭が表紙を見た。そして一枚目を開いた。
「……これほど詳細な記録を」とヴィクトールが言った。声に想定外の驚きがあった。
「何をどこでなぜ行ったか、全て残してあります。今から各項目をご説明します」
俺は文書を指しながら説明した。
橋の修繕は「構造診断と工事監督」として記録されている。水源の汚染指摘は「環境診断」。農業の助言は「土壌診断」。薬草の調合については「薬草師見習いのミリアが独自に判断し、提供したものであり、私は処方を指示していない」という記載が一項目として明示されている。
ヴィクトールが黙ってページをめくった。書記官の一人が何かを書き留めている。
「薬草師見習いミリア・グリーンウッドについては、別冊に本人の活動記録があります」
俺はミリアが昨夜持ってきた別冊を追加で差し出した。
ヴィクトールが受け取った。また一枚目を開いた。
「……確かに、診断と投薬が別記録になっています」と書記官が小声で言った。
「記録の読み方についてご不明な点があればご説明します」と俺は言った。
ヴィクトールがページをめくる手を止めた。
「……治癒の記録は?」
「ありません」と俺は言った。「私は一度も治癒魔法を使っていません。このスキルは診断と構造分析のみです。そのことは、この記録の冒頭に記載してあります」
ヴィクトールが冒頭のページを開いた。「スキルの性質について」という項目があった。「診断・構造分析のみを行う。治癒への干渉は不可能である」と書かれている。
広間が静かになった。
「……確認させていただきます」とヴィクトールがようやく言った。「記録はお預かりします」
「どうぞ。お役に立てれば」
上司祭が記録を持って書記官と退席した。
父が俺を見た。何も言わなかった。でも目が「良かった」と言っていた。
俺は別室でクルトとミリアが待っているところへ戻った。
「どうでしたか」とミリアが聞いた。
「記録を受け取ってもらいました。あとは村の調査次第です」
「上司祭の顔は」とクルトが聞いた。
「想定外だったようです」
(治癒の記録を出してみろ、と言いたかったはずだ。それがないと分かった時の顔が見えた)
俺は窓の外を見た。
記録をつけ始めたのは、顧問に就任した日だった。あの時点でこうなることを予測していたわけではない。でも「何かある時のために」という一点は変わらなかった。
(準備していたものが、今日役に立った)
それだけだった。
「次は村の調査です」と俺は言った。「明日から調査団が各村を回ります。私は同行しません。証言に影響が出るので」
ミリアが「村の方々は正直に話してくれますよ」と言った。
「そうです。それが全てです」
翌朝の調査に向けて、記録を整理した。ヴィルが夕方に立ち寄って「準備は万全だったな」と言った。「村人が何を言うか、それが全てだ」と続けた。
「村人は正直に話してくれます。それだけで十分です」
ヴィルが少し笑った。「お前はそういうやつだな」
「どういう意味ですか」
「証拠を揃えて、あとは人を信じる。それがお前のやり方だということだ」
俺は答えなかった。
(人を信じると言うより、直してきた結果を信じる。それがどこで報われるかは分からないが、今がその時なのかもしれない)
明日、調査団は村へ出る。




