第二十七話 水が還る日
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
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夜明け前に起きた。
山道はまだ薄暗かった。ミリアとクルトが先を歩いていた。工事現場に全員が揃った頃、空が少しずつ明るくなってきた。
グレゴリオも、バルカ村の全員が来ていた。老人六人、子供三人。これが今のバルカ村の全ての住人だった。
「あとはこの石を動かせば」とボロスが言った。
最後の閉塞部分だった。岩盤の亀裂の手前に、土砂と岩が詰まっていた。この一点を取り除けば、地下水脈が解放される。
全員が固まった。風も止まったような気がした。
ボロスが若手職人に「今から」と言った。
ハンスとエリンが、最後の岩に力を入れた。クルトが側から押した。岩が動いた。
最初は何も起きなかった。
次の瞬間、水が滲み出てきた。
細かった。最初は本当に細かった。岩の隙間から、ほんの糸のような水だった。それが少しずつ太くなった。
水の音が生まれた。
さらに太くなった。やがて、確かな流れになった。
水が古い水路に向かって流れていった。二十年前まで使われていた水路だ。乾ききっていたその底を、水が満たしていった。
「……水だ」
グレゴリオの声だった。かすれていた。
「本当に水が来た」
老人が崩れるように膝をついた。両手で水を掬った。こぼした。また掬った。何度も、何度も掬った。
「二十年……二十年待っていた。本当に来た」
子供たちが「水だ!水だ!」と叫びながら走り回った。
ハンスが「……あんたは本物だ」と俺に言った。
「見えたから、掘れました。掘ったのはボロス棟梁とあなたたちです」
「そういう意味じゃない」
隣でミリアが黙っていた。目が赤かった。
グレゴリオが立ち上がって、俺の手を取った。「若様、ありがとう。本当に、ありがとうございます」
「終わりではありません」と俺は言った。「水が戻っても、若者が戻る理由を作らなければ、この村は立て直せない。まだ続きがあります」
「分かっています。でも今日は、ありがとうと言わせてください」
クルトが「俺、騎士になって良かったと思える日が来るとは思わなかった」と言った。その声がわずかに震えていた。
「来て良かったです」とミリアが言った。
俺は水が流れていく古い水路を見ていた。
四十二年間、人の体を直してきた。橋を直した。土壌を直した。水源を直した。農地を直した。そして今日、二十年分の渇望に水を戻した。
「直せた」と思った。
この感覚を、前世でも知っていた。術後、患者が目を開けた瞬間。それと同じものだった。




