第十三話 老人の記憶
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
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グスタフの家は村の一番奥にあった。
低い屋根、狭い間取り。でも中は丁寧に掃除されていた。老人が一人で暮らしている場所には見えないほど、整っていた。
「これを飲みながら話しましょう」とグスタフが麦の煎じ茶を出した。俺とミリアが向かいに座った。
「若様は、なぜ農法を変えようとするのですか」
「土が疲れているからです。何十年も同じ作物を植え続けると、土の栄養分が偏って枯れる。それが収穫減少の一因です」
グスタフが頷いた。
「……実はな、若様。私が若い頃は、この村では二種類の作物を交互に植えていた」
「交互に?」
「麦の年と豆の年を繰り返していた。豆は土に栄養を戻す性質があるとか言って、先々代の領主様の指示で」
俺は少し驚いた。
「いつから変えたのですか」
「三十年前の大凶作の後です。その年、交互農法をやっていた畑の一部で、豆の年に病気が出た。豆が全滅した。翌年の麦も少なかった。それで先代の領主様が『確実な一種で稼げ』と命じた。それからずっと」
「三十年前から、か」
「そうです。私は反対したかったが……領主様の命令では」
俺は手帳に書き留めた。
「では先祖代々ではなく、三十年前の判断だったのですね」
「そうなりますな」
「先代の領主様の判断は、当時の緊急避難としては正しかったかもしれません。凶作の直後に確実な方法に切り替えるのは合理的です。でも三十年続けると、土に別の問題が出る」
グスタフが「そういうことだったか」と呟いた。
俺はルーカスを思い出した。あの人が「先祖代々」と言っていたのは、本当は三十年前の判断を守っていただけだった。
「グスタフさんに一つお願いがあります。若い頃に使っていた交互農法の詳しいやり方を、教えていただけますか」
「覚えていますよ。若い頃のことはよく覚えている」とグスタフが笑った。
老人は「豆の種類はどれが合うか」「植える時期の目安は」「豆と麦の間の休耕期間は」と、丁寧に話してくれた。俺はクルトに書き留めさせ、自分でも手帳に記録した。
ミリアが「歴史を聞くと、問題の根っこが変わるんですね」と言った。
「そうです。『先祖代々』という言葉は強いですが、その先祖のどの時代かが重要です。三十年前の判断なら、今の状況に合わせて変えられる」
グスタフが「私が覚えていたことが役に立てて良かった」と言った。
それが嬉しそうで、俺も素直に嬉しかった。
「大変助かりました。グスタフさんの経験は、診断書に必ず記録します」
「診断書?」
「この領地全体の問題と解決策を書いた書類です。領主様に提出する予定です」
グスタフが目を細めた。「若様は……不思議なお方だ。外から来て、こんなことを調べる方は初めてだ」
「直したいだけです」と俺は言った。
輪作の実験的な導入が、翌日から一区画で始まることが正式に決まった。
ダレン村を後にする道で、ミリアが「レオンさんはいつも根っこを探すんですね」と言った。
「表面の問題を直しても、根っこが変わらないと再発します。外科と同じです」
「外科、というのは?」
「……昔から使っている言葉です。気にしないでください」
次は、フォード村だった。




