第十話 顧問という肩書き
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、12時・15時・18時・21時・23時に投稿します。
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書斎の椅子に座り、父と長兄の顔を順に見た。
「ヨハンの回復、橋の補修、カーセン村の水源。三件、正式に確認した」とヴィルが言った。「お前がやったことだ」
「ミリアさんとボロス殿の協力があってのことです」
「それは分かっている。しかし方針を出したのはお前だ」ヴィルが続けた。「村長のエルンストが感謝の書状を送ってきた。ヨハンも父上への礼を述べていた。問題なのは、お前の立場だ」
「立場、ですか」
「三男坊が勝手に領地を動いている、というのは周囲が混乱する。お前に何か肩書きを与えないと、正式な動きができない」
「俺はヴィルの言う通りだと思う」と父が言った。「レオン、お前を領地顧問に任命する。できる範囲でこの領地を直してくれ」
俺は少し考えた。
「分かりました。ただ一つ、条件があります」
「なんだ」とヴィルが眉を上げた。
「全て記録させてください。診断した問題、実施した対策、その結果。全部書き残します」
「記録か」
「後から見返せるようにしておきたい。何年か経った時に、どこが変わったかが分かります。それに、俺がいなくなった後でも誰かが続けられる」
父と兄が目を合わせた。
「……構わない」と父が言った。
「では顧問を引き受けます」
書状に署名した。ヴィルが「俺から見ても合理的な判断だ。やりやすくなるだろう」と言った。その言葉は短かったが、兄らしい誠実さが滲んでいた。
夕方になって、玄関にガーランド司祭が現れた。
ガーランドは四十八歳の中位聖職者で、ヴェルディア領の地方教会を束ねている。礼儀正しい男だった。紺色の法衣を纏い、「ご挨拶に参りました」と丁寧に頭を下げた。
応接間で茶を出して、しばらく領地の近況と教会の行事の話をした。当たり障りのない会話だった。
帰り際、司祭が立ち上がりながら俺の方を向いた。
「若様は医師でいらっしゃいますか」
「いいえ、顧問です」と俺は答えた。
「しかし、ヨハン執事の回復、橋の件、水源の浄化。いずれも医術に近い発想と聞きました」
「橋や水源は、医術とは関係ありません」
「ヨハン殿の心臓の診断は」
俺は笑顔を保った。
「スキルで状態を確認し、安静の指示を出しました。治癒魔法ではありません」
「そうですか」
司祭が頷いた。表面上は穏やかだった。
「若様は、神の領分に踏み込もうとしておいでですか」
「いいえ」俺は穏やかに、しかし明確に言った。「私は直したいだけです」
「直したい、とは良いお言葉ですね」
「それだけです」
ガーランドが頷いた。それ以上は何も言わなかった。礼を述べて、帰っていった。
しかし玄関を出る直前、司祭がこちらを振り返った。その目が、一瞬だけ細くなった。
何かを確認しようとしている目だった。
ヨハンが玄関を閉めて、戻ってきた。「司祭様はよく来られるのですか」と俺は聞いた。
「年に数回ですが、最近は少し増えた気がします」とヨハンが静かに言った。
夜、窓から領地を見た。
館の向こうに、七つの村の明かりがある。カーセン村の問題は解決した。橋も直った。でもまだ診ていない村の方が多い。
「まだ見ていない村がある」と俺は呟いた。「明日から全部を診ていこう」
外の空気が冷たかった。窓を閉めて、手帳に「第一章・完」と書いた。
それはただの自分への覚え書きだったが、何か区切りのような気がした。次の問題は、すでに見え始めていた。




