第21話 ゲーセン戦争
夏祭りが終わってから一週間。
つい先日まで不眠に悩まされていた朔の生活も、ある種の新しい「日常」へと突入している 。
「日常」と言うには、少し不正確かもしれない――なぜならその「日常」には、彼が論理的に説明できない変数が多すぎるからだ 。
詩織に変化が起きている 。
いや、変わったのではない――「もう隠さなくなった」のだ 。
以前の詩織は、静かで、無口で、まるで壁に掛けられた一枚の絵のようだった――そこにあることは知っていても、自分から見に行くことはない 。だが今の彼女は、相変わらず静かで無口なままだが、自ら朔の視界へと足を踏み入れてくる 。
朝、彼女は校門で彼を待っている 。
陽葵のように「先輩!」と大声で叫びながら突撃してくるわけではない――ただそこに立ち、手に持った缶コーヒーを、彼を見つけるなりスッと差し出し、「おはよう」と一言だけ告げる 。
そして、二人で一緒に校門をくぐるのだ 。
昼休み、彼女は美術室で待っている 。
以前のように「あなたが来ても絵を描くし、来なくても絵を描く」というスタンスではない――彼のために席を空け、缶コーヒーを一つ置き、彼が来てから、初めて筆を握るのだ 。
放課後、彼女は教室の入り口で彼を待っている 。
陽葵のように「今日はどこに行きますか」とピーチクパーチク騒ぐわけではない――ただ静かにそこに佇み、彼を見ると「行こう」と一言だけ告げ、二人で一緒に美術室へと向かう 。
彼女の存在感が、強くなっている 。
騒がしくなったわけではない――より輪郭が鮮明になったのだ 。
まるで埃を拭き取られた絵画のように、ぼやけていた線がくっきりと浮かび上がり、くすんでいた色彩が鮮やかに色づいている 。
そして陽葵も、その変化を感じ取っている 。
「先輩!」
金曜日の放課後、陽葵は朔の教室のドアの前に立ち塞がり、両手を腰に当てている。金色の髪が夕陽に照らされ、まるで燃え盛る炎のように揺れる。「今週の土曜、私とデートしてください!」
「またデートか?」
「『また』じゃありません!『正式な』デートです!前回はお花見で、前々回は遊園地でしたけど、あれは全部『取材』!今回は正真正銘、正式な、言い訳一切なしのデートなんです!」
朔はじっと彼女を見つめる 。
彼女の表情は真剣そのものだ――いつもの「冗談っぽく言ってるけど実は本気」という真剣さではなく、「本気で言ってるんだから絶対に冗談だと思わないで」という類の真剣さだ 。
「どこへ行くんだ?」
「ゲームセンターです!」陽葵はポケットから一枚のチラシを取り出し、バッと広げる。「新しくオープンしたあのお店!クレーンゲームに、ダンスゲームに、シューティングゲーム――なんでもあります!」
「どうしてゲームセンターなんだ?」
「だって――先輩がゲームで遊んでいる姿を見たいからです。ゲームをしてる先輩、絶対にカッコいいと思うので」
「……君の想像の中の俺と、現実の俺は、たぶん別人だぞ」
「構いません!どっちの先輩でも、私は好きですから!」
朔はため息をつく 。
廊下に視線を向けるが――詩織の姿はない 。彼女は今日、絵の具を買いに行くと言って、放課後すぐに帰ってしまっている 。
「何時だ?」
「朝の十時!駅前集合です!絶対に来てくださいね、先輩!すっぽかすの禁止ですから!」
「分かった」
「約束ですよ!」
陽葵は手を伸ばし、彼女の小指が、朔の小指に絡みつく 。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます!」
朔は繋がれた二人の指を見つめ、無意識のうちに口角を緩める 。
ゲームセンター 。
朔が到着すると、陽葵はすでに入り口で待っている 。
今日の彼女は白いTシャツにライトブルーのミニスカート、足元には白いキャンバススニーカーを合わせている 。髪は高い位置でポニーテールにまとめられ、毛先には赤いリボンが結ばれている 。全身から溢れるオーラは、まるで青春映画から飛び出してきたヒロインのようだ 。
「先輩!」陽葵が駆け寄ってくる。「来てくれたんですね!またすっぽかされるかと思いました!」
「行くと言っただろ」
「でも先輩、前はよく『分かった』って言って来ないことがありましたから!」
「それは、君の言うことがいつもどうでもいい事だったからだ」
「デートはどうでもいい事なんかじゃありません!」
「これがデートか?」
「当然です!」陽葵は朔の手を引っ張る。「行きましょう行きましょう、メダルはもう買ってありますから!」
店内は人でごった返している――週末の午後ともなれば、見渡す限りカップルや友人同士の若者ばかりだ 。頭上では色とりどりの照明が点滅し、ゲーム機の効果音がそこかしこから鳴り響き、空気中にはポップコーンと汗の匂いが混ざったような奇妙な匂いが漂っている 。
陽葵は朔を引っ張り、まずはクレーンゲームのエリアへと向かう 。
「先輩!私、あれが欲しいです!」
彼女が指差した先には、機械の中に鎮座するウサギのぬいぐるみがある――真っ白で、丸っこくて、手に一本のニンジンを抱えている 。
「自分で取れよ」
「取れないんです!何回もやってみたのに、どうしても持ち上がらなくて!」
「なら、俺にも無理だな」
「まだ試してもないのに、なんで分かるんですか!」
朔はため息をつき、コインを二枚投入して、レバーを操作する 。
アームがウサギの真上に移動し、降下する 。
掴む 。
だがアームの力が緩すぎたせいで、ウサギは持ち上がる途中でポロリとこぼれ落ちてしまう 。
「ああっ――惜しい!」
朔はさらにコインを二枚投入する 。
今度は角度を調整し、ウサギの体ではなく、ウサギが抱えているニンジンを狙う――ニンジンの方が細いため、アームが引っ掛かりやすいと踏んだのだ 。
アームが降り、ニンジンをしっかりとホールドし、持ち上がり、そのまま出口の真上へと移動する 。
アームが開く 。
ウサギはそのまま出口へと転がり落ちる 。
「わあーーっ!!先輩、取れましたよ!」陽葵はしゃがみ込み、取り出し口からウサギを引っぱり出す。ぬいぐるみを胸に抱きしめ、二つの星のように目を輝かせる。
「先輩、すごいです!」
「ただ運が良かっただけだ」
「運なんかじゃありません!先輩、ちゃんと角度を計算してましたよね!さっき数秒間じっと機械を見てましたし、絶対に計算してたはずです!」
「……見抜かれたか」
「やっぱり!これ、先輩からもらった初めてのプレゼントです!大切にしますね!」
「それは単なるゲームの景品だぞ」
「それでも、先輩がくれたことには変わりありません!」
陽葵はウサギを自分の顔の横に掲げ、小首を傾げて微笑む 。
「先輩、私とウサギ、どっちが可愛いですか?」
朔はウサギを見て、そして陽葵を見る 。
「ウサギ」
「えぇーっ!」陽葵がぷくっと頬を膨らませる。「私のどこがウサギに負けてるんですか!」
「ウサギは喋らないからな」
「じゃあ私だって、もう口を聞きません!」
陽葵は唇を尖らせて怒ったフリをする。だが、それは三秒しか持たず、たまらず吹き出してしまう 。
「先輩って、ほんっとうに意地悪です!」
「分かってるならいい」
ダンスゲームの前を通りかかったとき、陽葵が足を止める 。
「先輩!一緒に踊りましょう!」
「俺は踊らない」
「どうしてですか?」
「俺は高校生だからな」
「高校生だって踊っていいじゃないですか!」
「踊らない」
「じゃあ私一人で踊ります!先輩は横で見ててくださいね!」
陽葵はコインを入れ、ダンス機のステージに上がる 。
音楽が鳴り始める――アップテンポなJ-POP。ドラムのビートが激しく、一度聴いたら耳から離れないようなメロディだ 。
陽葵が踊り出す 。
彼女の動きはとても軽やかだ――背中では金色のポニーテールが左右に揺れ、赤いリボンが照明を浴びて、まるで泳ぐ小魚のようにきらめく 。リズム感が抜群に良く、すべての動作が完璧にビートを捉え、音楽のグルーヴに合わせて体が自然にステップを刻んでいる 。
周囲にギャラリーが集まり始める 。
拍手をする者、スマホで撮影する者、ヒソヒソと囁き合う者――「あの金髪の子、すごく可愛い」「ダンス上手いな」「どこの学校だろ」 。
朔は人だかりの中に立ち、陽葵を見つめている 。
彼女の笑顔は弾けるように眩しい――誰かに媚びるような作り物の笑顔ではなく、心の底から湧き上がる、ただ純粋に楽しいからこそ咲きこぼれるような笑顔だ 。
彼女が踊るのは、勝つためでも、何かを証明するためでもない 。
ただ、純粋に楽しいから 。
その「ただ楽しいから」というだけの純粋な喜びが、朔には――
とても眩しく感じられる 。
音楽が終わる 。
「先輩!私のダンス、どうでした?」
「普通」
「嘘つき!さっき、ずっと私のこと見てたくせに!」
「他の人を見てたんだ」
「ここで踊ってたのは私一人だけですよ!」
「なら、俺が見てたのは別の人だ」
「せんぱーい!」
陽葵は笑いながら、朔の肩をポカッと叩く 。
「行きましょう!次は――シューティングゲームです!」
シューティングゲームのエリアは店の奥まった場所にあり、照明は表よりもずっと暗く設定され、画面の光だけがチカチカと点滅している 。
陽葵が選んだのは、二人協力型のガンシューティング――画面に映し出されるのはゾンビをテーマにした世界で、次から次へと襲いかかってくる敵を協力して撃退するゲームだ 。
「先輩、こういうゲームやったことありますか?」陽葵がプラスチック製のガンコンを手に取る 。
「ないな」
「じゃあ私が教えますね!」
陽葵がコインを入れ、ゲームがスタートする 。
朔は銃を握り、画面のゾンビに狙いを定めて引き金を引く 。
弾は外れる 。
もう一度引き金を引く 。
また外れる 。
「先輩!もっとちゃんと狙ってください!」
「狙ってる」
「それ、狙ってないのと同じですよ!」
何ひとつ当てられずに朔が悪戦苦闘している、まさにその時。背後からスッと手が伸びてきて、銃を握る彼の手の上に重なる 。
ひんやりとしている 。
とても軽い感触だ 。
朔の身体が硬直する 。
「銃はこう握るの」
耳元から聞き覚えのある声が囁き、温かな吐息が彼の耳介をかすめる。
「目はターゲットじゃなくて、照準を見る。照準が重なってから、撃つ」
詩織だ 。
いつの間に現れたのか、彼女は朔の背後に立ち、その身体を彼の背中にぴったりと密着させている 。彼女の顎が朔の肩に乗り、その細い指先が、彼の銃の構え方を静かに修正していく 。
薄手の夏服越しに、彼女の胸元の温度が伝わってくる。微かに漂うテレピン油の匂いを感じ、深い栗色の髪が自分の頬のすぐ傍でふわりふわりと揺れているのが視界の端に映る 。
「し、詩織――なんでここに?」
「絵を描きに」詩織は淡々とした口調で答える。「ここの照明、ちょうどいいから」
「絵の具を買いに行ったんじゃないのか?」
「買い終わった。その通り道」
「ゲームセンターが通り道?」
「うん」
詩織の手は朔の手を覆ったまま、離れようとしない 。
彼女の体温はひんやりとしている――冷たいのではなく、涼やか。まるで夏場の氷水のようで、近づきたくなる反面、近づきすぎれば凍傷になってしまうのではないかという恐れを抱かせる 。
「撃って」
朔が引き金を引く 。
弾丸はゾンビの頭に命中する 。
画面に『HEADSHOT』の文字が躍る 。
「いいわね。もう一度」
彼女は再び朔の手の位置を微調整する。その指先が彼の手の甲を滑る感触は、まるでそこに何かを描いているかのようだ 。
朔の心臓の鼓动は、すでに制御不能なほどに早鐘を打っている 。
ゲームのせいではない 。
彼女のせいだ 。
隣を見ると、陽葵はすでに構えていた銃を下ろしている 。
彼女は、朔の背中に張り付く詩織の姿を、朔の手に重ねられた詩織の手を、朔の肩に乗せられた詩織の顎を、まじまじと見つめている――
その口は開いたり閉じたり、閉じたり開いたりを繰り返し、まるで陸に打ち上げられた魚のようだ 。
「し、詩織先輩――何してるんですか!?」
「ゲームのやり方を教えてるの」
「ゲーム教えるのに、そんなにくっつく必要ありますか!」
「あるわ。彼のフォームが間違っているから」
「フォームが間違ってるなら口で言えばいいじゃないですか!手を出さなくても!」
「言葉じゃ伝わりにくい。触れた方が直感的でしょ」
「なっ――!」
陽葵は顔を真っ赤にして怒っている 。
だが詩織の表情は依然として凪いだままで、まるで何事も起きていないかのようだ 。
「陽葵さん、あなたも指導が必要?」
「必要ありません!」
「なら、自分でやって」
「余計なお世話です――!」
詩織がわずかに首を傾け、その唇が朔の耳に触れそうなくらいに近づく 。
「浅倉くん、次のウェーブが来るわよ。準備はいい?」
彼女の吐息で耳元がくすぐったくなり、朔は顔面まで真っ赤に染め上げる 。
「じゅ、準備できてる」
「いいわ」
第二波のゾンビが群れを成して押し寄せてくる 。
詩織の手は朔の手を覆ったまま、彼を導き、狙い、撃ち、リロードし、再び狙い、そして撃つ 。
そのすべての一連の動作が流れるようで、まるで彼女が朔の手を使ってワルツを踊っているかのようだ 。
朔の脳は、すでに思考を停止している 。
彼が唯一感じ取れるもの、それは背中の温度と、手の甲の感触、そして耳元の吐息だけ 。
それから――
心臓の音 。
自分の 。
そして、彼女の 。
どちらが早いのかは、分からない 。
傍らで見つめる陽葵の手から、ガンコンがだらりと下がる 。
彼女は真っ赤になった朔の耳を、詩織の静かな横顔を、そして二人の密着したシルエットを眺め――
その目元が、じんわりと赤く染まる 。
だが、泣きはしない 。
彼女は大きく息を吸い込み、再び銃を構え、画面へと向ける 。
「先輩!」
「ん?」
「私も教えますから!」
彼女は歩み寄り、朔の反対側にピタリと身を寄せると、彼の手の空いている方をギュッと握りしめる 。
「見ててください、こう握るんです!銃口はもうちょっと高く!」
詩織が陽葵を一瞥する 。
「あなたが握っているのは彼の左手よ。彼が撃つのは右手」
「分かってます!でも左手だって大事なんです!」
「左手で銃を握る必要はないわ」
「でも握る必要はあります!……他のものを握るんです!」
「たとえば?」
「たとえば――たとえば――」
陽葵の言葉が詰まる 。
詩織の口角が、ほんの少しだけ上がる 。
「陽葵さん、あなたって可愛いわね」
「そ、それ、褒めてるんですか?」
「ええ。だから、いじめるのは可哀想になるわ」
陽葵がポカンと呆気に取られる 。
詩織は朔の手を離し、一歩後ろへと下がる 。
「自分でやってちょうだい、私は絵を描き続けるから」
彼女は傍らの隅っこへと移動し、イーゼルを立て、画材箱を開く 。
その仕草は静かで、手慣れている
。
陽葵はその場に立ち尽くし、詩織の後ろ姿を見つめながら、再び口をパクパクとさせる 。
「先輩」
小声で囁く。
「詩織先輩って……私のこと挑発してますよね?」
「そうかもしれないな」
「なら、受けて立ちます!」
「なんの勝負だ?」
「先輩を取り返す勝負です!」
陽葵が朔の右手をぎゅっと握りしめる 。
「先輩、次はバスケゲームに行きますよ!私の運動神経を見せつけてあげます!」
「前、海辺で走ったときは転んでたじゃないか」
「あれはアクシデントです!今回は絶対に転びませんから!」
陽葵が朔の腕を引っ張って駆け出す 。
引っ張られて走りながら、朔はちらりと詩織を振り返る 。
彼女はすでに筆を動かし始めている 。
キャンバスに描かれているのは、ゲームセンターのネオンと人だかり 。
そして二人の姿――金髪の少女が黒髪の少年を引っ張り、色とりどりの光の中を駆け抜けていく姿だ 。
朔の口角が、知らず知らずのうちに綻ぶ 。
そして彼は前を向き直し、陽葵に続くように人混みの中へと駆け込んでいく 。
バスケゲームの前で、陽葵はその運動神経を遺憾なく発揮する 。
十本シュートを打ち、八本をゴールに沈めてみせる 。
「先輩!どうですか!」
彼女は得意げに胸を張る 。
「悪くないな」
「じゃあ、先輩も一つ投げてみてください!」
朔はボールを手に取り、リングに狙いを定めて放つ 。
ボールはリングの縁に当たり、外へと弾き出される 。
「あははは!先輩、弱すぎです!」陽葵がお腹を抱えて笑い転げる 。
朔はもう一球投げる 。
またしてもリングに弾かれる 。
「先輩、もしかしてバスケ下手ですか?」
「やったことがないんだ」
「じゃあ私が教えます!」
陽葵は朔の後ろに回り込み、背後から彼の手を握る――ちょうど先ほど、詩織がやったのと同じように 。
彼女の体温は詩織よりもずっと高く、まるで小さなストーブが背中に張り付いているかのようだ 。
「先輩、手首はこう動かすんです、腕の力に頼っちゃダメですよ」
彼女の顎が朔の肩に乗り、金色の髪が彼の頬をくすぐって、少しむず痒い 。
「シュート!」
朔がボールを放つ 。
ボールがネットを揺らす 。
「イェイ!入ったー!」陽葵は朔から離れると、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。「私の教え方のおかげ!私が教えたんです!」
「君が投げたようなもんだろ」
「でも私の手が先輩の手を導いたんですから!」
「それはノーカンだ」
「カウントです!」
二人で言い合っている最中、朔の視界の端に再び詩織の姿が映る 。
彼女はまだ筆を動かしている 。
だが今度は、彼女の視線はキャンバスにはない 。
朔に向けられている 。
その深い焦茶色の瞳の奥に、朔には読み取れない光が宿ってる 。
嫉妬ではない 。
独占欲でもない 。
それは――
「待ち」の姿勢だ 。
彼女は彼を待っているのだ 。
彼が「彼女を選ぶ」のを待っているのではない――彼が「来る」のを待っているのだ 。
朔は顔を背け、意識をバスケゲームへと戻す 。
だが詩織の視線は、まるで見えない糸のように彼の背中に繋がれたままで 。
どうやっても振り払うことができない 。
夕暮れ時、三人は一緒にゲームセンターを出る 。
夕陽が街並みを黄金と赤の混ざり合った色に染め上げている 。
陽葵は朔の左側を歩き、詩織は朔の右側を歩く 。
三人は並んで歩きながら、誰も口を開こうとはしない 。
「先輩」
「どうした?」
「今日は、楽しかったですか?」
「ああ」
「本当に?」
「本当だ」
陽葵が笑い声をこぼす 。
「なら良かったです。先輩が楽しいなら、私も楽しいですから」
詩織は何も言わない 。
だが彼女はそっと手を伸ばし、朔の袖口を軽くつまむ 。
とても微かに 。
気づかないほどに軽く 。
だが朔は、確かにそれを感じ取っている 。
金色の髪は夕陽の中で温かな炎のように揺れている後輩と 。
前を向いたまま静かな表情を浮かべ、しかしその指先は彼の袖をぎゅっと握りしめている同級生 。
「どちらがより好きか」という問いに、自分は一生答えられないだろうと、朔は思う 。
なぜなら――
どちらをより好きになるかなんて、決める必要はないからだ 。
ただ――
彼女たちと一緒にいたい。
それだけで十分なのだ 。
少なくとも、今は 。




