第13話 「好感度上昇作戦」
月曜日、朔は陽希の計画を陽葵に伝えた。
もちろん、直接言ったわけではない。――「お前の兄貴から、お前をデートに誘うための作戦計画書を渡されたんだけど」なんてこと、口が裂けても言えなかった。彼はただ、こう言っただけだ。
「今週の土曜日、花見に行かないか?」
陽葵の反応は、彼の予想をはるかに超えて激しかった。
「せ、せ、せ、先輩――それって、私をデートに誘ってるんですか!?」彼女の顔は白からピンクへ、ピンクから赤へと染まり、最後はトマトに近い色でピタリと止まった。
「デートじゃない、花見だ」
「それってデートじゃないですか!」
「花見は花見、デートはデートだ。前者は文化的な行事で、後者は――」
「先輩、独自のロジックで誤魔化さないでください!」陽葵は両手で顔を覆った。
「とにかく行きます! 絶対に行きます! 何を着ていこうかな? お弁当は持っていった方がいいですか? 先輩の好きな食べ物は何ですか?」
「ちょっと落ち着け」
「落ち着けませんよ! だって、先輩から誘ってくれたの、初めてなんですから!」
興奮しきっている彼女の様子を見て、朔の口角が無意識に少しだけ緩んだ。
だめ、笑ってはいけない。
笑ったら負けだ。
「そういえば、」ふと手を下ろし、陽葵は少し真剣な表情になった。「神城先輩も……来るんですか?」
朔は一瞬、ハッとした。
「どうして彼女が来ると思ったんだ?」
「だって、この前のお花見の時、先輩はずっと私を見てくれてたのに、視界の端ではずっと神城先輩を追っていたから。先輩はね、何をしていても、心のどこかに彼女がいるんですよ」
朔は沈黙した。
陽葵は彼の表情を見つめ、そして微笑んだ。――いつものような天真爛漫な笑みではなく、優しくて、すべてを理解しているような、ほんの少しだけほろ苦い微笑みだった。
「大丈夫ですよ!私、気にしませんから。どうせ私なりのやり方で、先輩の視線を私だけに釘付けにしてみせますから」
彼女は手を伸ばし、小指で朔の小指を絡め取った。
「約束ですよ、先輩。土曜日、私たち二人きりですからね」
絡み合う二人の指先を見つめながら、朔の胸の奥に、またあの温かい感情が湧き上がってきた。
「二人きり」なんて、あり得ない。
なぜなら、陽希が間違いなく「カメラマン」としてやって来るだろうし、結月も十中八九「観察」しに来るだろう。そして詩織は――詩織はたぶん、どこか静かな隅っこを見つけて絵を描いているに違いない。
しかし、朔はそんなことは一切口にしなかった。
彼はただ、静かに頷いた。
「約束だ」
土曜日。
花見の場所は陽希が選んだ。――市街地からそう遠くない公園で、古い桜の木が立ち並び、見事に咲き誇っているものの、知る人ぞ知る穴場で、それほど混雑しない場所だった。
朔が到着した時、陽葵はすでにそこにいた。
彼女は淡いピンクのワンピースの上に白いカーディガンを羽織り、髪はサイドで編み込み、毛先には水色のリボンを結んでいた。メイクは普段よりもずっと薄く、まるで――
本格的なデートのために、真剣に準備をしてきたかのようだった。
「先輩!」朔の姿を認めるなり、陽葵は目を輝かせた。
「その服は……」
朔はダークグレーの薄手のジャケットに黒のパンツ姿で、普段と何ら変わりはなかった。
「どうした?」
「なんでもないです!今日の先輩、かっこいいなって思っただけです!」
「……ありがとう」
朔は顔を逸らし、桜の木を見上げているふりをした。
だが、彼の耳は赤く染まっていた。
「あっ! 耳、赤くなってますよ!」陽葵が顔を覗き込んできた。
「風のせいだ」
「今日は風なんて吹いてません!」
「今、吹いたんだよ」
「先輩、いつも風のせいにするんだから!」
二人は桜並木に沿ってゆっくりと歩き出した。頭上から舞い落ちる花びらが、陽葵の金糸のような髪に、そして朔の肩に舞い降りる。
ふと、陽葵が足を止め、背伸びをして、朔の肩に落ちた一枚の花びらに手を伸ばす。
「先輩、動かないで。花びらが――」
彼女の指先が花びらに触れた瞬間、二人の距離は十センチ足らずにまで縮まった。
朔の鼻腔を彼女の香りがくすぐった。――香水ではなく、おそらく柔軟剤の香りだろう。とても淡い、ほのかな花の香りだった。
「取れました」陽葵は花びらを手に取ったが、その場から離れようとはしなかった。
彼女は顔を上げ、朔を見つめていた。
「先輩」
「なんだ?」
「知ってました? 私、中学生の頃から先輩のことが好きだったんですよ」
朔の心臓が、トクンと高鳴った。
「中学生の頃から?」
「はい。あの頃、兄を訪ねて学校に来た時に、廊下で先輩を見かけたんです。一人で窓辺に立って、窓の外を見つめていて。すごく真剣な表情で、何か大切なことでも考えているみたいでした。その時、思ったんです。――この人、かっこいいなって」
「顔が良かったから好きになったのか?」
「もちろん違います!真剣だったからです。私、何かに一生懸命な人が好きなんです」
彼女は俯き、手の中の花びらを見つめた。
「その後、兄に頼んで紹介してもらったんですけど、先輩はただ『どうも』って一言言っただけで、すぐに行っちゃって。その時は、冷たい人だなぁって思いました。でも、考えれば考えるほど、そういう冷たい人が一度熱を持ったら、絶対にすごく温かいんだろうなって思ったんです」
「だから決めたんです。――私が先輩を、熱くさせてみせるって」
彼女は顔を上げた。その青い瞳には、キラキラとした光が宿っていた。
「先輩、今、熱くなりましたか?」
朔は彼女を見つめた。瞳に浮かぶ期待と不安、ほんのりと赤らんだ頬、そして手の中にある小さな一枚の花びらを。
彼は「わからない」と言おうとした
が、その言葉は喉の奥につかえて出てこなかった。
なぜなら、この瞬間、降りしきる桜の雨の中で、この少女の真っ直ぐな視線に晒されて――
ふと、「わからない」と答えるのはあまりにも残酷だと感じたからだ。
「少しだけな」
陽葵は目を丸くした。
「本当ですか?」
「本当だ」
陽葵の顔が赤く染まった。――今度は首の根元から耳の先まで、ごまかしのきかない、完全な朱色に。
「せ、先輩――そういうこと言う時は、前もって言ってくれませんか……心臓が持ちません……」
「お前が聞いたんだろう」
「私が聞いたからって答えるんですか! 普段ははぐらかすくせに!」
「今日は特別だ」
陽葵は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。
「もうダメだ、ダメです、死んじゃいます」
しゃがみ込んだ彼女の姿を見て、朔はついに堪えきれず吹き出してしまった。
ほんの一瞬の、かすかな笑い声。
だが、陽葵の耳はそれを逃さなかった。
指の隙間から朔を盗み見ると、彼の口角がほんの少し上がっているのが見え、彼女もつられて笑った。
「先輩、笑いましたね」
「ああ」
「認めましたね!」
「ああ」
陽葵は立ち上がり、スカートについた花びらを払い落とした。
「先輩、今日のデート――じゃなくて、お花見のこと――私、一生忘れません」
「一生は長すぎる」
「長くなんてありません。先輩と一緒にいる時間なら、どれだけ長くても足りないくらいです」
二人は再び歩き出した。
朔が気づいていないだけで、彼らの約五十メートル後ろでは、陽希がスマートフォンを構え、二人の後ろ姿をパシャパシャと写真に収めていた。
「いいぞいいぞ」と陽希は独り言をつぶやいた。「この写真は壁紙に使えるな」
彼の傍らには結月が立っていた。薄紫色のワンピースに身を包み、手にはピクニックバスケットを提げている。
彼女は朔と陽葵の後ろ姿を見つめながら、静かな表情を浮かべていた。
「ヤキモチ焼かないの?」
結月は彼を一瞥した。
「ヤキモチを焼いてどうなるの?ヤキモチを焼いたら、何かが変わるの?」
「変わらないな」
「だったら、どうして私がヤキモチを焼く必要があるの?」
陽希はスマートフォンを下ろし、結月の横顔を見つめた。
「神城さん。君は本当に、ある人に似ているよ」
「誰に?」
「俺の妹に」
結月は眉をひそめた。
「どこが?」
「意地っ張りなところがさ。この人だと決めたら、絶対に手を放そうとしない」
結月はそれを否定しなかった。
彼女はただ、遠くを歩く朔の後ろ姿を見つめ、静かにこうつぶやいた。
「違うわ。彼女は真っ直ぐに突き進める。でも私は、待つことしかできない」
陽希は何か言おうと口を開きかけたが、結月の瞳に宿る光を見て、言葉を飲み込んだ。
それは、慰めを必要とするような光ではなかった。
それは――何かをじっと待ち続ける、強い意志の光だった。
公園の別の片隅。一番大きな桜の木の下で、詩織はレジャーシートに座り、目の前にイーゼルを立てていた。
彼女が描いているのは、桜だ。
木全体に咲く桜ではない。ひらひらと舞い落ちる、たった一枚の花びらだ。
空中でくるくると舞う花びら。それを透かして照らす太陽の光が、葉脈の模様までを鮮やかに浮かび上がらせていた。
キャンバスの上に描かれたその花びらは、まるで生きているかのように見えた。
「月乃森さん」
詩織は顔を上げた。
目の前には、結月が立っていた。
「神城さん」
「何を描いてるの?」
「花びら」
「どうして一枚だけ?」
「一枚の花びらを描くのは、一本の木を描くよりもずっと難しいから。一本の木にはたくさんの花びらがあって、一枚多くても少なくてもわからない。でも、たった一枚の花びらを描く時は――その細部のすべてが、とても重要な意味を持つから」
結月はその絵を見つめ、しばらくの間沈黙した。
「それって、朔のこと?」
詩織は答えず、ただ静かに筆を走らせ続けた。
結月は彼女の隣に腰を下ろし、遠くの桜の木を見つめた。
二人の少女は黙って隣り合い、どちらも言葉を発することはなかった。
遠くでは、朔と陽葵が桜の雨の中を歩いている。
陽希は写真を撮っている。
詩織は絵を描いている。
結月はそれを見つめている。
春が、もうすぐ過ぎ去ろうとしている。
だが、いくつかの事柄は、まだ始まったばかりだった。




