第八十二章:英雄達の帰還
八十二章です。
王都の石畳を叩く馬の蹄の音が、どこか虚しく響く。案内役のアンジュは背筋を伸ばしているが、その瞳には隠しきれない不安の色がある。
オルダは馬上で、胸の奥に燻る焦燥感を感じていた。昨晩、りっちゃんとエネアウラが試みたであろうエルキアとアルトが泊まった宿の部屋での『追体験』。その結果が気になっていた。
「エネアウラ、王宮の中に入るのは初めて?」
「えぇ、そうね。アルト君は行ったことがあるのね?」
「うん、すごい広いんだよ、でも廊下を走ると危ないし、迷子になったらいけないから、エネアウラのこと、手をつないでてあげるからね」
「あ、ありがとう、アルト君。嬉しいわ」
(こ、公開処刑だわ…これは恥ずかしい…)
馬車の中でアルトは皆の視線を気にすること無く、エネアウラと密着している。
「……りっちゃん。アルトの状態はどうなんだ?ほら、例の追体験だ」
馬を並べ、オルダが低い声で尋ねる。
りっちゃんは、いつものおどろおどろしい態度を少し崩し、寂しげな笑みを浮かべた。
『出来事は覚えているようです。ですが……そこにいたはずの『主様』の存在だけが、綺麗に、残酷なほどポッカリと抜け落ちています。まるで最初からいなかったかのように。現状は、停滞、といったところでしょうか』
オルダは拳を握りしめる。
「そうか……。思い出が一番多い場所が必要なんだな。ヤプールの北集落……アルトとエルキアが共に過ごしたあの家に帰るのが、アイツを呼び戻す唯一の道か」
『恐らくは…主様と再会する以外に方法はそれしかありませんな』
その言葉に、後ろを歩いていたラッシュが肩を震わせた。
「帝国は……ヤプールの城塞まで攻めたんすよね? 北集落なんて、もう目の前じゃないですか……。父さん、母さん、弟……無事でいてくれよ」
ラッシュの言葉が途切れる。祈るように組まれた彼の手は、白くなるほど力が入っていた。
「帝国が北集落まで踏み込めば、アルトを元に戻す機会すら失われる。国王もサーガイル王子も、これまでの消極的な動きを見る限りアテにはできねぇ。……こうなったら、俺たちの手でこの戦争を終わらせるぞ」
オルダの言葉は、自分自身に言い聞かせるような鋭さを持っていた。
一方、王宮の奥では、国王が苦悩していた。
彼は冷酷なのではない。むしろ逆だった。エルキアたちの超常的な戦力に依存しすぎた過去を悔い、満身創痍で帰還する彼らをこれ以上戦火に投じたくないという、親心にも似た「甘さ」が彼を支配していた。
重厚な装飾が施された扉が開くと、そこには戦時中とは思えないほど煌びやかな光景が広がっていた。
クリスタルのシャンデリアが放つ光は、戦場から戻ったオルダたちの煤けた装備を残酷なほど鮮明に照らし出す。執事シュナイゼルの先導で通されたのは、香ばしい肉の香りと芳醇なワインの香りが漂う、晩餐会の会場だった。
「おお! 戻ったか、我が国の英雄たちよ! よくぞ、よくぞ無事で見えた!」
玉座から立ち上がり、両手を広げて歩み寄ってきたのは国王その人であった。その顔には、一国の主としての威厳よりも、親しい友を案じるような、どこか締まりのない安堵の笑みが浮かんでいる。
「最大限の歓待を準備させた。まずはその乾いた喉を潤すがよい。そなたらの労苦、このわしが誰よりも理解しておるつもりだぞ!」
その瞬間、室内の温度が数度下がったかのような錯覚を周囲に与えた。
オルダの額に、ピキリと青筋が浮かぶ。握りしめた拳がミシリと音を立て、彼の背後から立ち昇る気配は、もはや殺気と言っても差し支えないほどに鋭いものへ変わっていた。
(……まずい、これは『くる』ぞ)
ラッシュは隣で冷や汗を流し、いつでもオルダの腕を掴んで制止できるよう、密かに重心を低くした。りっちゃんもまた、無表情ながらもその瞳には『やれやれ』といった色が浮かんでいる。
「……陛下」
オルダの声は、地を這うような低音だった。
「随分とお気楽なことで。……で、肝心の帝国の侵攻に対してはどう対処するおつもりなんです? まさか、この肉を食ってれば敵が退散するとでも?」
「あ、あぁ。それについては案ずるな」
国王はオルダの不機嫌に気づかぬ様子で、どこか誇らしげに胸を叩いた。
「すでに決戦に向けて兵を出した。わしもこれから、親衛隊や近衛騎士団を引き連れて前線に立つつもりだ。……そなたらはここで、ゆっくりと休んで勝利を祈っておればよい。何、心配はいらん!」
国王の本心は純粋だった。エルキアたちという「個」の武力に頼り切り、彼らにあまりにも重い荷を負わせてきたことへの罪悪感。満身創痍の彼らをこれ以上戦火に投じれば、自分は王としてではなく人間として終わってしまう――その一心での「気遣い」だった。
しかし、それがオルダの導火線に火をつけた。
「……ッ、国王!!」
オルダの顔が、怒りで一気に真っ赤に染まる。
「あんたいつからそんなポンコツになっちまったんだ! 戦力の逐次投入!? 正気か! なぜ、ここにいる俺たちを差し向けねぇ! 使える手札を隠して勝てるほど、戦争は甘くねぇぞ!!」
「え!? ええっ!? なぜ怒る!? わしは、よかれと思って……!」
ビクリと怯える国王、まるで父親に叱りつけられた子供さながらの様子だった。
「何がよかれだ! こうしている間にも、ヤプールの民が、ラッシュの家族が、明日をも知れぬ恐怖の中にいるんだぞ!」
オルダは、人差し指に力を込め、語尾を放つ度にその指を突き付ける。
「民も大事だが、そなたらも大事なんじゃ!」
国王が、絞り出すような大声で叫び返した。その瞳には、弱々しい後悔の色が混じっている。
「わしは……我々は、そなたらをこれまでこき使いすぎてしまった。取り返しのつかないほどに疲弊させてしまった。もう……これ以上は、すまぬ! すまぬのだ!!」
「………………は?」
オルダの拳から力が抜けた。
振り上げた拳の行き場をなくし、二人の間に、奇妙に冷めた沈黙が流れる。
「……おい、ちょっと待て。一度整理させてくれ」
オルダはこめかみを押さえ、深呼吸を繰り返した。
「陛下は……俺たちが『もう戦いたくない』と心折れていると思って、気を使って俺たちを外したのか?」
「……左様だ。違うのか?」
「……違うに決まってんだろうが!!」
オルダは改めて、自分たちの意志を叩きつけるように告げた。
エルキアが不在で戦力が落ちていること。それでも自分たちの戦意は微塵も衰えていないこと。
「なんと……!? では、そのボロボロの状態でも、我が国の民のために力を貸してくれるというのか?」
「あぁ、そうだ。エルキアがいねぇのは計算違いだろうが、俺の足の小指の一本まで、戦う準備はできてる。……やるよ。当たり前だろ」
「おぉ……おぉお! そうか、やってくれるか! そなたらこそ、真の、真の英雄じゃ!」
国王は今度こそ涙を流し、オルダの手を両手で握りしめた。
「感傷に浸ってる暇はねぇぞ」
オルダは地図を睨みつける。
「全戦力の三分の一……十五万か。野戦だとしても、相手が悪すぎる。各個撃破されなきゃいいが…」
「今回は、まず野戦でサン・ガレ城を孤立させる一戦となるじゃろう」
「奪還戦じゃねぇから、即座に全滅ってことはねぇだろうが……」
「相手の指揮官は『ロイド』ってやつだろ?」
オルダの声が、再び戦士のそれに変わる。
「アンジュから聞かされた話からすると、稀代の策士のようだな」
「うむ、ここまで後退したのはロイドによるところは大きい」
「十五万の騎士団を、あいつの餌食にするわけにはいかねぇ。……陛下、飯はいい。馬の上で食う」
オルダは背を向け、広間を歩き出した。
「ラッシュ、りっちゃん、エネアウラ! 直ぐに出撃だ!帝国に、王国の意地を叩き込みに行くぞ!」
「アンジュ、オルダ殿とともに近衛騎士団と親衛隊を合わせて200名を連れて行ってくれ!」
「殿下!それは!」
「オルダ殿達と同行するには少数精鋭である必要がある…よろしいですね父上?」
「あぁ、その通りじゃ。アインザック、シリウスそなたらも同行せよ!」
「ははっ!!」
背後で揺れるシャンデリアの光を切り裂くように、英雄たちの足音が、再び戦場へと向かって力強く響き始めた。
八十二章読んでいただきありがとうございます。気がつくのが遅くなりましたが評価とブックマークが増えていることに感謝感激です!ありがとうございます。
15万の兵が激突する戦場で200名近くのオルダ達がどう活躍するのか…いや、その前に間に合うのか!?次章を作成までしばらくお待ちください。




