第八十章:嵐の予感 骨の味はミント味
八十章です。久々のアルト一行回です。
アルト達の前にアルブール王国の王都イルファーンの城門と王宮がわずかだが小さく見えた。久しく踏んでいなかった懐かしくも美しい石畳の感触を感じつつも一行の包み込む雰囲気は暗い。
一行が何よりも頭を抱えていたのは、目覚めたアルトの異変だった。プリムの話によって、暴走したオーガとの戦いで右腕を負傷、そしてアエゾスとの戦いで尋常ならざる力を爆発するも、意識を失う。その後、魔王が接触して負のマナを強制浄化されたものの、その反動か、アルトの精神は「エルキアに過保護に育てられていた頃」……すなわち、無垢で無防備な被保護者としての少年にまで退行してしまっていた。
一行には、アルトが感覚をブーストして脳にダメージを負ったことも、魔王が回復させるも記憶までは回復できなかっとこと…それと数々のチートパッチが当てられているいることなど、知る由もない。
アルトの瞳に宿る情熱の全ては、目覚めた時に居合わせたエネアウラへと向けられている。
「エネアウラ、はぐれないように手を繋いでてもいい……?」
上目遣いで袖を引くアルト。その純粋すぎる破壊力に、周囲の面々は冷や汗を流していた。
「いいかエネアウラ…、これは緊急事態だ。エルキアがいねえ今、この『歩く魔王の種』を放し飼いにするわけにゃいかねえ」
オルダが真剣な顔で、エネアウラに詰め寄る。
当初、エネアウラは「私にアルト君の保護者なんてできません!エルキア様の代わりなんてできるわけないじゃないですか!?」と激しく拒絶していた。
だが、ラッシュが放った一言が彼女を動かした。
「でもこれ、もし放置してアルトがどこかの女に拾われたりしたら……戻ってきたエルキアさん、ショックで精神崩壊しませんかね?今までの苦労の記憶が全く無いんですよ?」
「……っ! それは……そうね」
「でもエルキア様がアルト君を愛でていたことはご存知の通りで…私だって…彼に流されるかもしれないんですよ…そしたらどうするんですか!?」
オルダとラッシュは考え込む仕草をする。
「…まぁ、その時はエルキアも笑って許してくれるだろ」
(だめだこの男ども…だれも私を救ってくれる気がない…)
「分かりました……。エルキア様が戻るまでの『代行』よ。あくまで、仮の、かりそめの保護者なんだから……っ!(じゅるり)」
その口角が微かに緩んでいるのを、オルダは見逃さなかったが、あえて突っ込まなかった。
エネアウラは震える手で、甘えてくるアルトの頭を撫でた。
その後ろで、異様な存在感を放っているのがりっちゃんだった。プリムから友情の証として譲り受けた「不夜城の仮面」を装着し、全身の骨を白い包帯でぐるぐる巻きにしている。
『主様の主……この仮面、顔のホールド感が絶妙ですな。我の眼窩にジャストフィットだ』
「それはよかったな。『全身火傷を負った少女』ってことで関所も通過できているからな、とはいえ、国王やサーガイル王子の力でこの国でのびのびできる人権は保障してもらおうな」
『主様の主…そこまで我のことを人として見てくださっていたとは…グスン』
「いや、りっちゃん……まだまだ見た目が完全に不審なミイラ男なんすよ」
ラッシュが引き気味に指摘する。
『ぬかせ。これでも骨が露出しているよりは幾分マシであろう。だが……包帯は火に弱く、雨に濡れれば重くなるのが難点。主様の主、我にもう少し、こう……関節が滑らかに動く、胸部装甲の厚い、ケイ素と酸素をシロキサン結合したような…弾力のある魔導人形のボディをおねだりしたいのだが』
「シロ…?何を言っているんだ?贅沢言うな。もう少し待ってくれ。今は生き残るのが先だ」
王都に近づくにつれ、オルダの表情は険しさを増していった。
グロードル帝国の電撃戦に対し、連敗している報せを聞き、アルブール王国側がこれほどまで無策に、後手に回っている理由が解せない。
「なぁラッシュ。なぜだ?国境線があれだけ突破されて、民が泣いてるってのに……この王都の静けさはなんだ? まるで戦時下だという緊張感がねえ」
オルダは、城門の衛兵たちの弛緩した空気に鼻を鳴らす。
「もしこれで、城に入って国王やサーガイル王子が『おー、待ってたぞ。茶でも飲め』なんて呑気に抜かしやがったら……俺は相手が国王だろうが、その不細工な顔面に渾身のグーパンを見舞ってやる。今すぐにでも俺が国王になって正しく軍を率いてやるよ」
「ちょ、師匠! 洒落にならないからやめてくださいよ! 王殺しで指名手配されるの俺たちなんですから!」
ラッシュが必死になだめるが、オルダの拳は既に固く握られていた。
実は、王国側の「真意」は別の場所にあったのをオルダ達は把握していなかった。国王は、エルキア、オルダ、「不死の王りっちゃん」という規格外の戦力が揃うまで、あえて主力を温存し、彼らが帰還した瞬間に全戦力で反撃に転じる「英雄依存の反攻作戦」を企てていたのだ。だが、現場で泥を啜ってきたオルダに、その傲慢な計算が通用するはずもなかった。
一行が宿場町で一休みしようとしたその時、整然とした近衛兵の列が割れ、一人の女性が姿を現した。
「――お久しぶりです。オルダ様、ラッシュ殿」
凛とした声が石畳に響く。
そこにいたのは、王国の象徴であり、一時期アルトを巡ってエルキアと火花を散らしたこともある、サーガイル王子の最側近の一人、近衛騎士のアンジュだった。
彼女は、かつてよりもどこか影を帯びた、だが決意に満ちた瞳でアルトを見つめていた。……しかし、その瞳に映ったのは、アルトと、アルト自らが「見知らぬ美女」の手を握りしめている光景だった。
「…!?オルダ様!?その御足はどうされたのですか!?見たところ、エルキア殿とりっちゃん殿のお姿が見えませんが…どうされたのです!?」
「あはは…アンジュさん、これには色々ありましてね。師匠は足を骨折、エルキアさんはマナ消耗で療養のためにエルフの国に一時帰国です。りっちゃんは…ぬいぐるみが粉砕されたので破棄しました。」
「えぇっ!?なんということなの!?すぐに国王陛下と殿下にお伝えして、今すぐ!!」
「後は……特に、そのアルト殿の『変わり果てた姿』と、隣にいる女狐さんの正体についても………くわしく」
アンジュの纏う空気が、一瞬で冷気を凍りつかせた。
「エネ……エネアウラ、なんかこのお姉さん怖いよぉ」と、エネアウラの背中に隠れるアルト。アルトの脳裏には、近衛騎士団の容赦の無い百人組手の洗礼が記憶の奥底から蘇っていたのだった。
「大丈夫よ、アルト君……私が守ってあげるわ」
(あら、エルキア様の恋のライバルだった少女?… 面白そうじゃない)
新たな修羅場の幕開けの予感。
王都イルファーンは、戦火とは別の意味で、熱く燃え上がろうとしていた。
「おいおい…アンジュの嬢ちゃん、俺は足の小指の骨折だ。後1週間もしない間に完治する。重病人扱いはやめてくれ」
「それより驚くべきは、このりっちゃんだ」
オルダが杖の先で指し示したのは、プリムの仮面を被り、包帯でミイラのように巻かれた異形のシルエット。
「ウサギのぬいぐるみが限界突破してな、全身骨格の姿に『進化した』んだ。前よりもずっと強ぇぞ。見た目はアウトだが、中身はもっとアウトだ」
『ふふん、騎士娘よ。驚くのも無理はない。我は様々な濃密な経験を積み重ね、真の姿へと至ったのだ』
カチカチと顎骨を鳴らし、りっちゃん――リリアーノが悦に入ったように腕を組む。その動きに合わせて、全身から禍々しいオーラを放つ。
『我がいまだ骨であることに甘んじている理由がわかるか? それは、表現規制という名の神の壁を回避できる、唯一無二の超絶存在だからよ!』
「な…なにを言っているのかしら…?」
困惑するアンジュを他所に、リリアーノの言葉は熱を帯びていく。
『良かろう、我が設定を忘れずに刻むと良い!我はリリアーノ・ビーツ・ソードアイス!14歳にして名声を欲しいままにした、美少女天才魔法使い!骨の姿で1900年の悠久を生きた不死の王である。』
『骨である我は、児童擁護法も性的表現規制も、あらゆる世俗の法を無効化するのだ! すなわち、今の我は無敵! 有機物という不自由な肉体に縛られた貴様など、我の足元にも及ばぬわ!』
「くっ……!! なに、この圧倒的強者感!!」
アンジュは思わず後ずさった。
「有機物であることにマウントを取られているというの!? 肌があることが、これほどまでに弱点に思えるなんて……!」
リリアーノの攻勢は止まらない。エネアウラの腕の中で「赤ちゃん返り」しているアルトを指差し、艶めかしく(骨だが)身をよじらせた。
『アルトよ、我はいつでも準備ができているぞ? 今すぐ合体しても良いのだ。……そう、アルトの「聖剣」を、我の磨き抜かれた滑らかな胸骨でこすり合わせ、マナを循環させるというのも一興……!』
(いや…どう考えても生前のお前はツルペタ属性だろ…)
ラッシュは偏見を口に出さず、心の中で毒づいた。
「やめて!! アルブール王国の法が…公序良俗が…粉々になるわ!!」
アンジュの悲鳴が響く中、アルトは首を傾げて無邪気に笑った。
「なんかりっちゃんの本名を聞くとアイスクリーム食べたくなるよね」
「わかるぜアルト。ソードアイス……トッピングの名前みたいだよな。チョコチップとか、そういう類だろ」
『おぉ……我の心に、おぼろげながら数字が浮かんできたぞ……。「31」よ。コラボ企画、待っているぞ。我の骨を象ったミント風味のバーとか、売れると思わんか?アルトの聖剣を模したアイスの棒が、全身骨格である我が恥骨を貫いているとか、勿論大腿骨は開いている状態!手はダブルピースな!』
「何を言っているんだあの骨は?」
オルダが頭を押さえて天を仰ぐ。
「今日のりっちゃん、攻めまくってるなぁ……」
ラッシュが冷ややかなツッコミを入れる。
「いいか、そのコラボ企画、お前のこれまでの発言や、さっきの『骨こすり』発言から考えて、コンプラ的に絶対ありえねぇからな。企業イメージがボーンと砕け散るわ、骨だけに…な!後、その数字、会社名じゃないからな!」
「そんなことより!」
アンジュが剣を抜き放つ勢いで一歩踏み出した。彼女の標的は、アルトを抱きかかえるエネアウラだ。
「そのアルト殿の『精神退行』も怪しいものだわ。そうやって甘やかして、自分専用の愛玩動物にするつもりでしょう!? どこの誰とも知れない女に、この国の功労者を預けるわけにはいかないわ。さあ、アルト殿をこちらへ渡しなさい!」
「あら、女騎士様。随分とお熱いことで」
エネアウラが、アルトの頭をこれ見よがしに胸元へ埋め込み、余裕の微笑みを浮かべる。
「でも、今のアルト君には『母性』が必要なの。剣しか握れないあなたには、この『聖剣』の重みは耐えられないんじゃないかしら?」
「言ったわね、この女狐……!!」
王宮を前にして、アルブール王国最大の危機――もとい、最大級の泥沼騒動が勃発しようとしていた。
「……なぁ、ラッシュ。やっぱり今からでもグーパンしていいか? 王宮ごと全部ぶち壊したくなってきたぞ」
「ダメですって師匠。ほら、国王が遠くで手を振ってるはずです! アイスでも食べて頭を冷やしましょう!」
一行は、アイスクリームよりも冷え切った空気と、煮えたぎる女の意地を背負い、王宮へと急いだ。
八十章読んでいただきありがとうございます。プリム、エルキアがいない中、ラッシュのツッコミが完全に埋もれますね。




