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ンードラロギア  作者: ああああ


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第七十七章:作戦会議

七十七章です。

ベゼル平原の夜明けは、霜が降りていた。刈り取られた後の麦畑は、帝国軍一万五千の軍靴によって黒い泥濘へと変わり果てている。

その中央、まだ日の昇らぬ暗がりに、巨大な異形がうごめいていた。ロイド・次席参謀が考案した「観測気球」である。


「本当に上げるのですか、ロイド中佐殿」

ハンス・グリム先任曹長が、低い声で問いかけた。その手には、泥を払われた清潔なタオルと、ロイドの冷えた手を温めるための熱い茶が握られている。


「ああ。丘の上から戦場を見下ろすのは、時代遅れの騎士様たちの遊びだ、ハンス。空からの視点は、この平原という盤面を完全に支配する『神の目』を僕に与えてくれる」

ロイドは空を見上げた。気球の籠には、火の魔法を操る術師がすでに乗り込み、ガスの温度を調整している。


「ですが、敵の魔法や弓兵の的となるリスクは……」

「射程距離は計算済みだ。それに、王国軍が市街戦を捨ててこの平原に出てきた時点で、勝負は決まっている。彼らの誇り高き騎士道を利用し、国民の命を盾にするのは卑劣だと工作員に叫ばせた。ディートリヒ団長は、その『誠実さ』ゆえに、自ら全戦力を率いてこの死地に足を踏み入れたんだ」


ロイドは自嘲気味に笑った。

「まったく……我が軍が誇る、腐りきった兵站部や参謀本部よりも、殺すべき敵指揮官の方がよほど誠実で信頼ができるとは。敵指揮官と友人になりたいと思えるなんて、本当に皮肉なものだな、ハンス」


「左様でございますな……。誠実な者から死んでいく。それがこの戦場の唯一の法でございます」


ハンスの冷徹な言葉が、冬の空気のようにロイドの胸に突き刺さる。ロイドは小さく頷き、一気に表情を鉄の仮面へと変えた。


「各指揮官を招集せよ!」


「はっ!」


ハンスの鋭い号令が、夜明けの陣営に響き渡った。


特設された天幕の中に、十五名の指揮官が集った。

中央には精密なベゼル平原の模型が置かれている。列席する面々は、帝国の闇を煮詰めたような「地獄の専門家」たちだ。


首席参謀代理のカイル・フォン・ベルシュマン大佐は、不遜な笑みを浮かべ、時折レイン・フィールド中隊長へ下卑た視線を送っている。その隣では、軍医長シュタイン中佐が、兵士たちに用意した「新薬」の薬効データを無機質に眺めていた。


ロイドは、その汚濁に満ちた空気を切り裂くように口を開いた。

「これより、ベゼル平原における野戦について、作戦会議を行う。諸君、この一戦はサン・ガレ城攻略のための要石だ。各位、己の役割を全うせよ。ハンス、状況を」


ハンスが地図を指し、澱みのない声で説明を始める。

「敵兵力一万八千。指揮官は『聖盾』の異名を持つディートリヒ団長。陣形は典型的な王国の伝統に則ったもの。歩兵の防壁を盾に、後方の騎士団が均衡の崩れた場所にくさびを打ち込む、圧倒的な質による蹂躙です」


指揮官たちの間に緊張が走る。一万八千の正規軍、しかも精鋭騎士団。通常なら絶望的な戦力差だ。だが、ロイドの瞳には一切の迷いがない。


「カーデル中佐。魔法兵連隊の役割からだ」

「はっ」

魔法兵連隊長、ヒルダ・カーデル中佐が立ち上がった。軍服の下、豊満な胸が呼応するように揺れる。彼女の紫色の塗られた唇が妖しく歪んだ。


「敵歩兵が射程に入った瞬間、全力で広域殲滅魔法を放ってください。目的は殺傷以上に『混乱』だ。放った後は即座に歩兵陣の後方に下がり、次弾を詠唱を準備。クレープス中佐、ディック少佐。第2、第3歩兵連隊の隙間は、魔法兵の通り道とする。呼吸を合わせろ」

「「御意!」」

中毒者特有のギラついた目をしたクレープスと、傲慢なディックが同時に頭を下げた。


「そして、第1歩兵連隊長マイヤー大佐。貴官が王国の主力、ディートリヒの騎士団を正面から受け止めることになる」

最年長のマイヤーが、深く頷いた。

「押し返す必要はない。柔軟に受け止め、損耗を恐れず粘れ。敵は潔いが用心深い。正面が崩れないと見れば、彼らは必ず『薄い場所』……つまり第3連隊の方へ突っ込んでくる。そこが、僕たちが牙を剥く瞬間だ。魔法兵は第3連隊の後方を厚くせよ」


理路整然とした「死の配置」に、指揮官たちの間に酔いにも似た高揚感が広がる。


「……私は気球から全体の動きを観測し、采配を振るう」


その一言で、天幕の空気が凍りついた。


「な……それは、あまりに無謀! 的になりますぞ!」

第2連隊長のクレープスが叫ぶ。だが、魔法兵連隊長のカーデルが、冷たい笑みを浮かべてそれを遮った。


「そうであれば……私めが中佐殿のお傍につき、その熱いお身体を魔法でお守りしたいところですが……。かしこまりました、選抜いたしましょう。詠唱の速さ、正確さ。私の手元にいる『極上品』を中佐殿に捧げますわ」


「ははは、ありがとう。カーデル中佐。頼りにしているよ」

ロイドは余裕を見せるように微笑んだ。この狂気に満ちた「英雄」への信頼だけが、一万五千の兵士を繋ぎ止める唯一の鎖なのだ。


「第1、第2独立騎兵大隊、およびリュール中佐。貴公らは私の命令を待機せよ。場合によっては初手から突撃もあると思え。敵歩兵が崩れた瞬間、その隙間へ雪崩れ込む。そしてリュール、五百騎を率いて南側から大きく回り込め。敵のサン・ガレ城への退路を塞ぐんだ」


「ははっ!!」


「さらに、北側には今回『地雷』というものを用意してみた。レンツ少佐、説明を」


工兵大隊長のレンツが、土の匂いのする手で地面を指した。

「火薬を使った埋設済みの爆裂陣です。マナの結晶池を信管に使用しております。踏めば敵味方の区別なく爆ぜます。王国連中には何が起きたか分かりますまい。魔法による精密射撃と誤認し、パニックに陥るでしょう。地獄の蓋が、もう土の下で開いておりますよ」


会議は着々と進む。最後に、ロイドの視線が、末席で唇を噛み締めていた少女に止まった。

漆黒の近衛制服に身を包んだ、派遣中隊長レイン・フィールド。


「最後に……レイン中隊長」

ロイドの声が、わずかに低くなった。

「貴官の部隊五百名を、ヤプールの城塞攻略に向かわせたい」


レインの肩が、びくりと跳ねた。ヤプールの城塞。本隊の戦場からは離れた孤立した拠点だ。

「……そこは、攻略の必要性が低い場所では?」

レインの声が微かに震える。


「そうだ。攻略そのものが目的ではない。我軍の主力がヤプールへ向かっていると誤認させ、サン・ガレの敵の注意を分散させるのが目的だ。つまり、貴官たちは『欺瞞工作デコイ』となる。抵抗は少ないだろうが、敵情を確認するための試金石だ。二日で落ちなければ撤退せよ。厳命する」


ロイドはレインの目を見なかった。彼女を最前線の泥沼から、一時的にでも遠ざけるため。あるいは、一万五千を死地に送る自分に、彼女の汚れきった瞳を見る資格がないと悟ったからか。


「……はい! 拝命、いたしました!」

レインの短い返事が、天幕に虚しく響いた。


第四章:血塗られた乾杯

「本作戦は以上である!」

ロイドが宣言すると、ハンスが音もなく動き、指揮官全員の前に葡萄酒の注がれたグラスを配った。


「本作戦の成功を祈願し、この葡萄酒を飲もう。……神のご加護があらんことを! 皆の武運長久を祈って! 乾杯!!」


「乾杯!!」


十五人の指揮官が、一斉に杯を飲み干す。

直後、ガシャリ、と陶器の割れる音が連鎖した。彼らは自らのグラスを泥に叩きつけ、文字通り「退路を断つ」意思を示したのだ。


指揮官たちが天幕を去っていく。最後に出口で足を止めたレインが、一瞬だけロイドを振り返った。何かを言いかけ、しかしロイドが次の書類に目を落としたのを見て、彼女は唇を強く結び、雨の降る外へと消えていった。


残ったのは、ロイドとハンスだけだ。


「ハンス……」


「はっ」


「彼女は、僕を恨んでいるだろうか」


「……レイン様は、中佐殿の盾になると仰っていました。今回、主戦場を離れるとは言え、あの方はあなたの『計略』に従うでしょう。それが、あの方なりの愛ゆえに」


ロイドは無言で、机の上に残った葡萄酒の滴を見つめた。

気球の準備が整い始める。


「サン・ガレ城攻略の前哨戦。ベゼル平原を、王国の勇者たちの墓場にしよう」


こうして、帝国軍一万五千、王国軍一万八千が激突する、悲劇と虐殺の始まりである「ベゼル平原の戦い」の火蓋が切って落とされた。空の上から冷徹な眼差しを向けるロイドの影が、平原全体を呑み込むように長く伸びていった。


七十七章読んでいただきありがとうございます。


キャラ名考えるのってすごく苦手です。ちょい役は適当ですが、キーマンはエピソード考えるよりも時間がかかっちゃったりしています。

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