第六十八章:再会の残響、断たれる希望【閲覧注意】
六十八章です。
【閲覧注意】
本エピソードには、以下の過激な描写が含まれます。
非道な人体実験および薬物投与
性的暴行を想起させる凌辱的表現(性的部位の直接描写はありません)
残酷な暴力、および部位損壊(グロテスクな描写)
登場人物が精神的・肉体的に極限まで追い詰められる非常に重い展開となっております。
苦手な方、体調の優れない方は閲覧をお控えいただくか、ご注意の上でお読みください。
朝陽が新市街の石畳を白く焼き、街全体がまだ微睡の中にあった頃。
小鳥のさえずりだけが不自然に響く静寂の中、テイゲンとカインは、運命の場所へと足を向けていた。
「……どうしたんだ、カイン。あれからずっと黙ったままじゃないか」
テイゲンが、隣を歩く弟分の顔を覗き込む。カインは、まるで初めて戦場に向かう新兵のように、肩を硬く強張らせ、何度も拳を握りしめていた。
「いや……。アグリ姉さんに会えると思うと、なんだか……胸が詰まっちまって……」
十二年。その歳月は、幼かった少年の面影を消し去るには十分すぎる時間だった。
旧市街の泥を啜り、絶望を噛み締めて生きてきたカインにとって、「姉との再会」は、もはや祈ることさえ諦めかけた、手の届かない奇跡だったのだ。
長屋の周囲には、すでにプリムの差し金と思われる護衛が数名、影のように潜んでいた。テイゲンは彼らに短く目配せをし、アグリの住まいの前で立ち止まった。
「……さぁ、行ってこい。お前の『居場所』だ」
テイゲンが、カインの背中を「ポンっ」と、力強く叩く。
その掌の熱に、カインは堰き止めていたものが溢れ出しそうになった。
「アニキ……。今まで、本当に……ありがとう」
カインの瞳に、大粒の涙が溜まる。旧市街で独り、野垂れ死ぬはずだった自分を拾い、今日この場所まで連れてきてくれた。テイゲンは、血の繋がりを超えた、真の兄だった。
「……おいおい、泣くのはまだ早いって。さぁ、さっさと入らねぇか」
ぶっきらぼうに返すテイゲンの目頭も、熱く潤んでいた。カインが扉をノックし、その乾いた音が静寂を打つ。
室内から、驚きを含んだ、けれど懐かしい声が響いた。
「……どなた、ですか?」
扉が開く。そこには、長い苦難の果てにようやく「光」を見出した一人の女性の姿があった。
「カイン……? カインなのね!!」
アグリは、両手で自らの口を塞ぎ、崩れ落ちるように膝をついた。目の前に立つ青年が、あの夜引き裂かれた弟であると、彼女の魂が叫んでいた。
「姉さん……アグリ姉さん!」
カインは靴を脱ぐ間も惜しむように室内に飛び込み、姉を抱きしめた。
二人は、言葉にならない絶望と、壮絶な人生の記憶をすべて吐き出すように、嗚咽混じりに泣き続けた。
テイゲンは、室内から漏れ聞こえるその声を聞きながら、静かに背を向け、煙草に火をつけた。
(……カインがなんと言おうと、二人をこのまま離れ離れにさせやしねぇ。事前にオルダ様やアルト殿にも了承はもらっている。カインはこのまま姉と暮らすのが、一番の幸せなんだ)
紫煙が朝の空気に溶けていく。テイゲンは、自らの片腕を失う寂しさよりも、弟分がようやく掴んだ安らぎに、深い満足感を感じていた。
……異変は、その直後に起きた。
周囲の屋根の上、あるいは長屋の影から、不気味な「音」が聞こえ始めたのだ。
――ドサッ! ……ドサッ!
(……!? 護衛たちが、やられたのか!?)
テイゲンの野性の勘が、警鐘を鳴らす。
「カインっ!!!」
テイゲンがそう叫び、腰の獲物に手を伸ばした瞬間。
複数の黒い影が、爆発的な速度でテイゲンの視界を塗り潰した。抗う暇も、声を上げる暇もない。圧倒的な武力と殺意の塊が、テイゲンの意識を強引に刈り取った。
テイゲンが意識を取り戻したとき、彼はすでに拘束され、室内の床に転がされていた。
傍らには、縛り上げられ、顔を歪めているカイン。そして恐怖に凍りつくアグリ。
「……なんだ、てめーら……っ!」
「オトナシクシロ……。サモナクバ、コイツノ、イノチハ、ナイ……」
黒装束の男が、テイゲンの首筋にナイフを押し当てる。鋭い刃が皮を裂き、一筋の血が滴り落ちた。
「……この女は、カタギだ。やるなら俺だけにしろ……!」
テイゲンが低く唸るが、影たちは感情の欠片も見せない。
「……」
無言のまま、影の一人がカインの頭部を強打した。
「がっ……っ!」
カインは、気を失う。
「そうはいかないんですねぇ…」
物陰から現れた男の冷徹な声。
「おい、女も連れて行け。……テイゲンはここで『伝言役』になってもらう」
「ひっ……!? いやあぁぁぁぁ……!!」
アグリの悲鳴が、新市街の静かな朝を無残に切り裂いた。
通報を受けたキヨウとカイトが、現場へと到着した。
室内は荒らされ、床には気を失ったテイゲンだけが残されていた。
「だめです! 周囲の住人は悲鳴を聞いていますが、容疑者を目撃した者は一人もいません。プロの仕業です……」
キヨウはアグリの部屋の遺留品を確認し、悔しげに拳を握りしめた。
「手際が良すぎる……。女性が攫われているようです。これはもはや、単なる誘拐ではありません。アンゾールマ全体を揺さぶるための、何らかの政治的な意図を感じます」
キヨウは即座に決断し、部下のカイトを振り返った。
「カイト君、大至急旧市街に向かってください。……彼の力を借りましょう」
「彼、とは……?」
「あのお人好しな少年、アルト君です。『笑顔の家族』の総力をもって探さなければ、この影を追うことはできません!」
「わかりました!」
カイトは即座に駆け出し、馬車を飛ばして旧市街へと向かう。
朝の光が差し込む不夜城で、再び大きな嵐が吹き荒れようとしていた。
一方その頃…
肌にまとわりつくねっとりと湿った空気。カインが意識を取り戻したとき、最初に感じたのは五感の断絶だった。
(クソっ!身動きどころか、目も耳も塞がれているのか!?姉さんは……姉さんは無事なのか!?)
椅子に括り付けられた四肢は、皮肉なほど精巧な拘束具によって固定されている。視界は厚手の布で遮られ、耳には異様な圧迫感のある栓が詰められていた。己の心臓の鼓動だけが、異常な速さで鼓動を刻む音が頭蓋に響く。
不意に、目の前の光を遮っていた布が剥ぎ取られた。
「……っ!」
眩い光に目を細めたカインは、自分の身体を見て戦慄した。胸部、腕、脚――肌が露出した箇所には、鈍い銀光を放つ奇妙な金属端子と、血管のようにのたうつコードが複雑に絡みつく「装置」が取り付けられていた。
視線を上げると、そこには色付きの眼鏡をかけた、薄笑いを浮かべる男が立っていた。
「ごめんなさいねぇ、これからとても興味深い実験が始まるの。……あ、耳も塞がれたままだったかしら」
男の指がカインの耳栓を乱暴に引き抜く。
その瞬間、鼓膜を突き破らんばかりに飛び込んできたのは、狂気に満ちた男たちの卑俗な笑い声と、そして――絶望に濡れた、愛する肉親の悲鳴だった。
「はい、これから起こることをよーく見るのよ。……椅子を回転させなさい」
「~~~~~~っっ!!!」
拘束された椅子が不快な金属音を立てて半回転する。カインの視界に飛び込んできたのは、あまりにも凄惨な地獄の光景だった。
そこには、可憐だった面影など微塵もない、無残に引き裂かれた衣服の残骸を身に纏った姉、アグリの姿があった。
彼女の白い肌は、冷たい石床の泥と、男たちの汚らわしい欲望の痕跡――どす黒い手形や、ねっとりと糸を引く不快な体液、そして吐き気を催すような汗の脂で塗り潰されている。
アグリを取り囲むのは、目が虚ろで、獣のような形相をした三人の男たち。
一人は彼女の髪を掴み、無理やり顔を仰向かせ、粘つく口内を強引に蹂躙している。アグリの口から漏れるのは、猿ぐつわに遮られた、窒息寸前の掠れた悲鳴だけだ。
もう一人は、彼女の手首を床に押さえつけ、その細い腕に爪を立てながら、粗野にその肌を弄んでいる。
そして三人目は、彼女の脚を強引に割り、逃げ場のない蹂躙を繰り返していた。
肌と肌が激しくぶつかる湿った音。
男たちの荒い呼吸と、アグリの身体が跳ね、石床に打ち付けられる鈍い音。
彼女の焦点の合わない瞳からは、もはや涙さえ枯れ果てている。それでも、最愛の弟の視線に気づいた瞬間、彼女は残ったすべての力を振り絞り、首を激しく左右に振った。
「(……見ないで……カイン……見ないで……!)」
その声にならない、魂の底からの絶望の叫びが、カインの胸を抉る。
「あらら、まだ反応が薄いわね。アグリさんも、もっと『声』を出しなさいな。ほら、続きをどうぞ」
眼鏡の男の合図とともに、蹂躙はさらに凄惨さを増す。
男たちの獣じみた嗜虐心は加速し、アグリの身体はまるで壊れた人形のように扱われ、その尊厳は徹底的に、跡形もなく踏みにじられていく。男たちの爪が彼女の肌を裂き、滲んだ血が脂ぎった体液と混じり合い、彼女の白銀の輝きを泥色に染め上げていった。
(こいつら全員ブッ殺す!!絶対にブッ殺す!!)
カインの喉から、声にならない獣の咆哮が漏れる。縄が食い込み、手首の皮が弾けて血が噴き出すのも構わず、彼は椅子の脚が床を削るほど激しく身をよじった。殺意。純粋な殺意だけが、彼の脳を支配する。
「~~~!!~~~!!~~~~~~っっ!!!」
(やめろ!!やめろ!!やめろーーーー!!)
カインの血管は浮き出し、手足は鬱血してどす黒い土気色に変色していく。骨が軋む音さえ無視し、彼は己を縛り付ける世界そのものを破壊せんばかりに力を込めた。
その時だった。
カインの体内から、物理的な熱を伴った「黒い影」が噴き出した。
それは以前、アルトとの決闘で見せた、憎悪と破壊の感情を苗床にする禍々しい力の奔流。かつての数倍の密度を持った闇の魔力が、室内を震わせ、空気を凍らせる。
だが、カインがその力で拘束を弾き飛ばそうとした瞬間。
バリバリバリバリ……!!
「~~~~~~っ!?」
身体に取り付けられた装置が、異常な高周波を上げ始めた。噴き出した黒い力が、まるで掃除機に吸い込まれる煙のように、コードを通じて謎の容器へと高速で吸収されていく。
(なんだ……!? 力が……吸い取られる……!?)
逆流する魔力の衝撃に、カインの意識が激しく揺らぐ。
眼鏡の男は、容器に溜まっていくどす黒い輝きをうっとりと見つめ、唇を舐めた。
「さすがね。……憎悪、絶望、そして純粋な殺意。ここまで良質な『負の魔力』が抽出できるなんて……。やっぱり、この『個体』はモノが違うわ……」
アグリの絶叫と男たちの笑い声が響く中、カインの力は無慈悲に奪われ、その瞳からは、徐々に光が消えようとしていた。
意識が遠のきかけたその瞬間、爆ぜるような衝撃がカインの身体を打った。
「バチンッ!!」
裂けた皮膚から熱い血が滴り、その痛みはカインを強制的に地獄の光景へと引きずり戻す。
「まだ寝るのは早いわよ。……そうねぇ、次はこんなのはどうかしら?」
色眼鏡の男が取り出したのは、赤黒い液体が満たされた太い注射器だった。男は抵抗する力さえ失ったアグリの細い首筋に、容赦なくその針を突き刺した。
「これもなかなか凄いわよ。……さぁ、お姉さん。もう我慢しなくていいの。あなたのことも、美味しく『貪って』しまうんじゃないかしら?」
「(やめろ……! これ以上、姉さんを汚すな……!!)」
カインの祈りは届かない。薬液が注入された瞬間、アグリの身体が弓なりに反り返った。拒絶と恐怖に染まっていた彼女の瞳が、急激に潤み、濁り、別の光を宿していく。
荒い呼吸。喉の奥から漏れる、獣のような艶めかしい声。
床には男たちの体液によるおびただしい水たまりが広がり、そこにアグリが力なく沈んでいく。
(俺のせいだ……。俺が弱かったから……。俺が姉さんを、こんな目に……!)
内側から湧き上がる自己嫌悪。それは、先ほどの殺意よりも深く重い「泥」となってカインを支配した。再び彼から「黒い影」が噴き出すが、精神の摩耗は激しく、その量は先ほどに比べて細く、弱々しい。
「あら、そろそろ打ち止めね。……それじゃあ、実験も最終段階よ」
男は満足げに、カインから吸い取った「負の魔力」が詰まった容器を掲げた。そして、部屋の隅にある頑丈な檻へと歩み寄る。
そこには、飢えと怒りで理性を失った巨大なオーガが繋がれていた。
「さぁ、飲みなさい。……これが『最高級の呪い』よ」
男はオーガの口を強引にこじ開け、黒い液体を流し込んだ。
直後、静寂を切り裂くような異様な音が響き渡る。
バリバリ、ミシミシ……!
オーガの身体が内側から脈打ち、血管がミミズのように浮き出していく。筋肉は倍以上に膨れ上がり、皮膚が裂けるのも構わず、その巨体はさらなる「化け物」へと変貌を遂げた。
「おぉー、凄い……! 実験は大成功よ! これからも姉弟で頑張りなさい。あなたたちが壊れれば壊れるほど、最高の『兵器』が作れるんだから!」
(なん……だと……? これからもずっとなのかよ……!?)
だが、実験の「成功」は、あまりにも過剰な力を生み出していた。
「グオオォォォォォ!!」
理性を完全に消失させたオーガが、太い鉄格子を紙細工のように引きちぎり、咆哮を上げた。
「あら……これはまずい……」
眼鏡の男が冷や汗を流した瞬間だった。オーガの巨大な拳が、男の頭上から振り下ろされた。
「ぷぎゃっ!!」
短い悲鳴。色眼鏡の男は、完熟した葡萄を潰したかのように、いとも簡単に肉片のミンチへと変えられた。
(まずい……! 姉さんだけでも……!!)
暴走したオーガは手当たり次第に周囲を破壊し、その衝撃波でカインは椅子ごと壁に叩きつけられた。
ガシャアアン!!
運よく後頭部の直撃は免れたが、背負っていた椅子は粉々に砕け散り、カインの身体を縛っていた拘束が奇跡的に解ける。
「(姉さん……!!!)」
自由になった手足に力を込め、カインが叫ぶ。
しかし、彼の目の前で、血に飢えたオーガの巨大な腕が、無防備に横たわるアグリの身体目掛けて振り下ろされた。
「アアアアアアアア!!!」
激しい衝撃と共に、地下室の床が爆ぜる。
立ち込める砂埃の中、カインの絶叫が虚しく響き渡った。
六十八章読んでいただきありがとうございます。今回は非常に心苦しい描写が続きましたが、物語の大きな転換点となる重要なシーンでした。




