第五十八章:仕返しの出来心 迫る修羅場
五十八章です。
アルトはエルミアを一人にできないということで残ることとなり、ラッシュは、拠点である『笑顔の家族』へと急ぎ戻っていた。
オルダ、エルキア、エネアウラ、りっちゃん、アンドリューが長テーブルを囲んでいた。
ラッシュは皆を見るなり話を切り出す。
「皆さん、折り入って相談したいことがあります」
「――というわけなんだ。彼女、エルミアさんは何者かに狙われている。俺たちで交代しながら、彼女の用心棒をしてほしいんだ」
アルトの必死の説明に、オルダが鼻で笑う。
「ガハハッ!また面倒な女を拾ってきたな。だがまぁ、面白そうだ」
アンドリューがペンを置き、冷静に付け加える。
「状況を分析するに、夜のお店での執拗な客によるつきまとい、あるいはストーカーの類でしょう。店側にも正式に対処を求めるのが合理的です。我々が組織立って動く場合は、あくまで物理的な排除が必要な局面ですね」
「……それで、アルトはどうしたのかしら…まさかとは思うけど、そんな野良猫みたいな女の家に二人っきりになっているんじゃないわよね…?」
エルキアが殺気を込めてラッシュを射貫く。
「ひぃっ…!!ご想像の通りです…!」
「すぐに案内しなさい!」
「はいっ!!」
(あぁ…アルトとエルミアさんとエルキアさんという組み合わせはまず過ぎる!? 混ぜるな危険ってレベルじゃねぇ! 爆発するぞ、物理的に!)
ラッシュは血の混じった唾を呑み込む思いで、即興の対案を捻り出した。
「用心棒になると言ったのは俺です!だから初日は俺が行かないと筋が通りません!……そうだ、俺とエネアウラさん、このコンビでどうでしょうか!?アルトはすぐにお返しいたします!」
「……私?どこから狙われるのかわからないのであれば、エルキアが一番適任だと思うけど…」
エネアウラが不思議そうに小首を傾げた。
『もしかしてラッシュ、ルリという想い人がいながら、エネアウラさんと一緒に行動したいという邪な気持ちがあるのではないか!?』
りっちゃんがとんでもないことを口にする。
「え…?」
エネアウラが、反射的に自分の豊かな胸を腕で隠し、ラッシュから数センチ距離を取った。その目は明らかに、得体の知れない変質者を警戒するそれだった。
(なんてことを言いやがるんだ…!そのよくわからない恋愛脳はアルトのためにフル回転しろよ!)
ラッシュは顔を引き攣らせ、必死に弁明する。
「ほ、ほら……! 俺もエネアウラさんも亜人種同士だし! カップルを装えば、周囲も油断して、相手も尻尾を出すかなーって……!」
「……もしかして。カップルを装うという名目で、エネアウラに不埒な接触を強要しようという魂胆なの!?」
エルキアの周囲に、物理的なプレッシャーとしての魔力が膨れ上がる。彼女の目は、今やラッシュを「道端の汚物」を見るような冷酷な色に染まっていた。
「ラッシュ君……。そんなに寂しかったのね……。でも、ごめんなさい」
エネアウラの、慈悲と憐れみに満ちた、聖母のような「拒絶」の視線。
(その視線が一番心を抉られる!! あーもう! どうしてこうなった!!)
その時、奇跡的にもほぼ同時にエルキアとエネアウラに天啓が舞い降りる…。
エルキアの脳内に、ある光景が閃く。
(アルトとカップルを装う…『手ーつな』『ちゃんつか』のまたとない好機!!)
エネアウラの脳内でも、別角度の計算が弾き出される。
(……アルト君とエルキア様がカップルを装うシチュエーション。人前で顔を赤らめ、初々しくも淫らな雰囲気を醸し出すエルキア様を、そっと物陰で観測し、愛でるまたとない好機……!)
「ここはやはり私とアルトの二人で!!」
「最初が肝心だから私は二人の後方支援をします!!」
二人は身を乗り出して提案する。
(え…何?急に…なんか圧が増したレベルじゃないぞ…!?)
「あー…もう好きにしてくださいよ…」
ラッシュは、テーブルに突っ伏した。
こうして、最悪の組み合わせによる初日の護衛が決定した。
(あぁ……、ルートシアの街が半分くらい消し飛ばなきゃいいけどな……)
ラッシュはルートシアの未来を案じながらエルミアの住まいへと急いだ。
一方のアルトとエルミアはエルミアの住まいに着いた。
『nightless castle ー不夜城ー』で見せる、夜の蝶としてのエルミア。その華やかさからは想像もつかないほど、彼女の住まいは静かで質素な長屋だった。
軋む階段を上がり、案内された部屋には、最低限の生活道具しかない。小さな木製の机、一脚の椅子。そして、部屋の隅に鎮座する質素なベッド。
「……驚いたかしら? 夜の仕事をしている女の部屋にしては、夢がないでしょう」
自嘲気味に笑うエルミアに、アルトは首を振った。
「ううん。なんだか、エルミアさんらしい気がするよ。……落ち着く、いい部屋だ」
「ふふ、お上手ね。……お茶を淹れてくるわ。共同の炊事場だから、少し待っていて」
「あ、僕も行くよ! 用心棒なんだから、一人にはさせられない」
「過保護ねぇ、アルト君は」
困ったように、けれど嬉しそうに目を細める彼女に連れられ、アルトは廊下へ出た。
炊事場へ向かう道すがら、長屋の住人たち――洗濯物を抱えた老婆や、仕事帰りの職人――が次々とエルミアに声をかける。「お帰り、…おや珍しい、彼氏かい!?」「これ、田舎から届いた林檎だよ」。
彼らの向ける眼差しは、打算のない純粋な好意に満ちていた。エルミアがこの場所で、一人の人間として大切にされていることがアルトには眩しく、そして誇らしく思えた。
部屋に戻り、二人は淹れたてのハーブティーを手に取った。
「ごめんなさいね。椅子が一脚しかないの。……アルト君、そこに。ベッドに座って」
「えっ……。あ、うん。失礼します……」
促されるまま、アルトはベッドの端に腰を下ろした。宿のベッドとは感触が全然違うが、座った瞬間にほのかな香水の香りが鼻孔を撫で、否応なしにここが「エルミアの寝所」であることを意識させる。エルミアはその隣に、ごく自然な動作で腰かけた。
肩が触れそうな距離。アルトは緊張を紛らわせるように、必死に仲間の話を切り出した。
「……ラッシュはああ見えて凄く仲間想いなんだ。エルキアも、厳しく見えるけど本当は誰よりも優しくて……。オルダなんて、酒ばっかり飲んでるけど、色んなことを考えてて、いざとなったら一番頼りになるんだよ」
「……ふふ、素敵な仲間に囲まれているのね」
エルミアは穏やかに相槌を打ちながらも、ふと思い出したように言葉を繋いだ。
「そういえば、忘れるところだったわ。……明日、私のオーナーが、またアルト君に会いたいって言っているの」
「オーナーが……?」
「ええ。貴方と、オルダさん、それにテイゲンさんの三人で来てほしいんですって。不夜城の、いつもの場所で待っているわ」
「わかった。みんなに伝えておくよ」
アルトは頷いたが、手元の空になったカップをいつまでも両手で握りしめていた。返却するタイミングを失い、かといって置く場所も分からず、視線は右往左往している。
「……ラッシュ、遅いね。外で何をやっているんだろう」
「そうねぇ。何をしているのかしらね」
「……、……あはは、本当。何やってるんだか!」
焦燥に駆られ、アルトの背中に嫌な汗が流れる。ラッシュが戻ってくれば、この『二人きりの密室』という、心臓に悪いシチュエーションから解放されるはずなのだ。
そんなアルトの様子を見ていたエルミアの瞳に、ふと、昏く妖しい悪戯心が灯った。
先ほど自分の心に強引に入り込んだ、目の前の純真な少年が今は狼狽えている。そんな姿は、たまらなく愛おしく、そして「いじめてみたい」という衝動を駆り立てるものだった。
「アルト君。……それ、もう空でしょう?」
「あ、……あぁ、うん。ごめん」
エルミアはアルトの手から、抵抗する間もなくカップを取り上げた。それを背後の机に置くと、彼女は体重を預けるようにしてアルトの耳元へ顔を寄せた。
「どうしたの、アルト君? なんだか、さっきから身体がこわばっているみたいよ……?」
「えっ、そ、そんなこと――」
「嘘。……なんだか肩がガチガチのようね。お姉さんが、マッサージしてあげましょうか……?」
耳たぶをかすめる吐息。エルミアの指先が、アルトの首筋から肩のラインを、なぞるように滑り落ちる。甘い香りが、アルトの思考を白く塗りつぶしていく。
「い、いや! そんな……ダメだよ、エルミアさん。こんなところをラッシュに見られたら、また大変な騒ぎになるし。そもそも、僕は護衛で……」
「そうかしら……?」
エルミアはアルトの顔を覗き込むようにして、艶然と微笑んだ。その瞳は、昼間の「聖女」のような清らかさとは正反対の、誘惑者の色を帯びている。
「さっきまであんなに威勢がよかったのに……。もしかして、怖気づいちゃったの? そんな臆病なことで、……本当に私を『支えられる』のかしら……?」
挑発的な言葉が、アルトの心臓を跳ねさせる。
逃げ場のないベッドの上。腕にエルミアの柔らかな体温と、逃れられない熱い視線が彼を射抜く。
アルトの理性が悲鳴を上げる。しかし、彼女の指先が優しく肩に触れた瞬間、反論の言葉は甘い溜息となって霧散した。アルト、絶体絶命のピンチ――。
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