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ンードラロギア  作者: ああああ


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第五十七章:朝靄の誓いと掌の温もり

五十七章です。

ルートシア新市街、セントラルパークの朝…。

立ち込める朝靄あさもやが、木々の輪郭を曖昧にぼかしている。その静寂を破るのは、規則正しい呼気と、肉体がぶつかり合う鈍い音だけだった。


「――っ、キレがいいな、アルト!」

ラッシュが鋭い突きを掌底で受け流しながら、感心したように声を上げた。

街中ということもあり、剣は宿に置いての素手による組手。だが、アルトの動きには迷いがない。それどころか、今日の彼は何かに取り憑かれたような気迫を見せていた。


「……アルト、今日は妙に気合が入ってるな。何かあったのか?」

ふとした合間にラッシュが尋ねると、アルトは真剣な眼差しを崩さぬまま、とんでもないことを口にした。


「……気が付いたんだ。僕は、エルキアを守れる男になりたい。そして、おねショタ展開からのラッキースケベ……それが僕の魂が求める真の望みなんだって」


「…………は?」

ラッシュの思考が、音を立てて停止した。

あまりに純粋な瞳で、あまりに破廉恥な……いや、彼なりの「真理」を語られた衝撃。案外その気持ちを前面にしてエルキアさんと向き合った方が幸せなれるのか?いやいや、そんなわけがない…そのようなことを考えたばかりにできた、そのわずかな隙を、アルトの拳は見逃さなかった。

「あ」と思った時には遅い。ラッシュの顎にクリーンヒットした一撃が、彼の意識を鮮やかな火花とともに刈り取った。


「わぁぁ! 大変だ、ラッシュ! 起きてよ!」

ベンチに横たえられたラッシュの傍らで、アルトの情けない悲鳴が響き渡る。


同じ公園の別の一角では、偶然にもレイとエルミアが密会していた。


「……以上が、『笑顔の家族』の近況です。アルト君は、驚くほどにこの街のギャングを『良い子』にしています」

エルミアの声は落ち着いていた。彼女はレイに対し、絶対的な忠誠を誓っていた。


「そう、上手くいっているようで安心したわ。……エルミア、明日の夜、不夜城ナイトフォールでアルト君に会えないかしら? 後二人…彼の純粋な心を導く彼のブレーンが必ずいる…その方と、タイゼル組の幹部だったテイゲンという男にも会っておきたいの」


レイの言葉に、エルミアはわずかに眉を動かした。レイが「アルト」という少年に寄せる期待の大きさが、彼女にもはっきり伝わっている。


「彼……アルト君は、この街のおりを浄化する光になるとお考えなのですか?」


「ええ。私たちが裏社会の力でどれだけ抗っても変えられない流れを、あの純粋さが壊してくれるかもしれない。……でも、気をつけて。最近、ブラゴニアの動きが露骨だわ。私と接触しているあなたも、既にマークされている可能性がある。護衛の手配を急がせるわ」


「ありがとうございます、レイ様。ですがこの命、貴女に拾われた時から……とうに捨てたも同然ですから…それでは、失礼致します」

エルミアの瞳には、かつての絶望を生き延びた者特有の、強固で危うい光が宿っていた…。



レイと別れ、一人になったエルミアの背中に、冷たい粘り気のある視線がまとわりつく。

(……つけられている?)


奴隷時代に培われた、生存のための嗅覚が警鐘を鳴らす。ブラゴニアの工作員か、あるいは彼女を単なる「獲物」と定めた野良犬か。

歩みを早めても、背後の気配は剥がれない。恐怖が心臓を早鐘のように叩く。たまらず駆け出したその先で、彼女は「救い」と鉢合わせした。


「あ……アルト君!?」


「エルミアさん? どうしたんですか、そんなに青い顔をして……」


その瞬間、背後の気配が霧が晴れるように霧散した。極度の緊張から解放されたエルミアは、抗う術もなく、目の前のアルトの胸に飛び込んでいた。


「ほぉ……アルト、これがお前の言っていた『おねショタ展開のラッキースケベ』ってやつか……」

タイミング悪く意識を取り戻したラッシュが、血管を浮き上がらせて立ち上がった。

「違うんだ、ラッシュ! 僕にも何がなんだか――!」


事情を説明し、エルミアを落ち着かせた後。ラッシュはなおも納得がいかない様子で、アルトに問い詰める。

「いいかアルト。恩義や約束を超えたその『どす黒い感情』について、じっくり吐いてもらおうか。なぜお前のような純粋なヤツが、そんな道に踏み込んだんだ!」


エルミアが、少しだけ赤らめた顔で口を開いた。

「それについては、私も聞いていたから説明するわ」


小料理屋での一件を説明するエルミア。だが、彼女は完全に否定しない。さらに付け加えるよう説明をする。

「それは、数多くある感情の一つでしかないの。アルト君、無理に否定したり、距離をとる必要はないわ。心の中にある他の大切な感情と一緒に、ゆっくり確かめていけばいいのよ」


ラッシュは、その言葉の優しさに打たれ、感動に打ち震えていた。

(……なんて慈悲深い人なんだ。ウチの一行に、もっと昔からエルミアさんみたいな『まともな大人』がいてくれたら……。アルトだって、純情をおかしな方向でこじらせたりせず、挙句の果てに「おねショタ」とか「ラッキースケベ」なんて口走るような、おかしな変態になることもなかっただろうに……!)

ラッシュの目には、エルミアの背後に聖女の如き後光が差して見えた。


「……本当に、エルミアさんはすごいなぁ」


アルトが、心底感心したように溜息をついた。その瞳は、まるで朝露に濡れる美しい花を見るかのように、純粋な敬意でキラキラと輝いている。


「さっき僕の誤解を解いてくれた時もそうだけど、エルミアさんの言葉って、すごく温かくて、透き通っている気がします。なんだか、悪いものが一つも混じっていない……物語に出てくる聖女様に会っているみたいだ」


アルトは一歩近づき、純粋な憧れを込めて言葉を重ねる。


「そんなにキレイな心を持っているエルミアさんだから、僕も、ラッシュも、みんな惹かれるんだと思います。……僕も、あなたみたいに正しくてキレイな大人になりたいな」


その言葉は、アルトにとって最大級の賛辞だった。

だが、エルミアにとっては、それこそが何よりも鋭いナイフとなって彼女の胸を抉った。


「……っ」


エルミアが、弾かれたように肩を震わせる。

アルトの瞳に映る「キレイな自分」という幻影に耐えられなくなったかのように、彼女は視線を地面へと逃がした。


「……やめて、アルト君。そんな風に言わないで……」


その声は、今にも消え入りそうなほど掠れていた。彼女は自嘲気味に口角を歪める。それは笑いというよりは、自分自身を切り刻む呪いのようだった。


「……アルト君。私は、あなたが思うほどキレイな人間じゃないのよ」


ふと、彼女が自嘲気味に呟いた。

「私は地獄で生きてきた。弟たちが目の前で殺され、妹も……汚されたことに我慢ができなくなって、私の目の前で自ら命を絶った。でも私はどんなに汚されても生に執着した、汚い人間なの……」


「……でも!」

アルトが、彼女の手を強く握った。

「エルミアさんと話すと、僕は気持ちが楽になった。小料理屋で会えた時も、今も、会えて本当に嬉しいんだ。あなたがそんな風に悲しむと、僕まで悲しくなる。僕があなたに会えて嬉しいように、あなたも僕に会えて嬉しいと思えるように……僕は、あなたを支えたい!こういうの初めてじゃないんだ、近づこうとするとよくわからない過去とかで拒絶されるのはもううんざりなんだよ!」


エルミアは目を見開き、やがて溢れそうな涙を指で拭った。

「……アルト君。今のあなたの言葉が全てよ…。好きな人がいるのに、そんなこと言っちゃダメよ。お姉さんを本気にさせたら、君を騙してでも自分のものにしちゃうんだから。絶対後悔するわよ」


「え……? 好きとか、そういうのはまだよく分からなくて……」


「あ~、そう。それなら、まだ分からないうちは『支えたい』なんて言わないこと!本当に失礼しちゃうんだから」


いたずらっぽく笑う彼女を見て、ラッシュは胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。

(……きっと、エルキアさんがいなければ、二人は最高にお似合いのカップルになれたんだろうな……)

…だが、ラッシュにはわかってしまう。二人の心の距離は、これ以上は縮まらない。どこかで『超えられない線』がやってくることを。


ラッシュが、努めて明るい声で介入した。

「あの、エルミアさん。命を狙われるようなことがあったなら、俺たちの力を使ってください。これでも俺たち、ギャングを壊滅させられるくらいには強いんで。用心棒します。」


エルミアはジト目でラッシュを見る。

「え…?逆に『送り狼』になったりしないかしら…?」


「…あ!?そういうことか…!!住んでいるところがわからないと用心棒できないっすもんね…そこまで考えていませんでした!ワーウルフですが、『送り狼』にはなりませんよ!」


「えー…考えてなかったって、なんだか嘘っぽく聞こえるわね。できれば女の子のギャングさんにお願いしようかしら…」


「…ギャング、ウソ、つかない!女の子のギャングメンバーは全然強くないんですよ、今修行始めたところなんで…あぁ、そしたら女の子と二人で行きます!」


ラッシュの必死な弁明に、エルミアはふっと肩の力を抜き、笑みを浮かべた。


「ふふっ、分かったわ。そこまで言うなら信じてあげる。……でも、私の家までついてくるってことは、私の日常を背負うってことよ? 覚悟しておいてね、用心棒さんたち」


そう言って歩き出したエルミアの背中を、アルトとラッシュは慌てて追いかける。

朝靄はいつの間にか完全に晴れ、降り注ぐ陽光がルートシアの街並みを鮮やかに描き出していた。


アルトは、自分の掌に残る彼女の手の熱を、そっと握りしめる。

「好き」の意味はまだ分からない。守りたいという言葉が、どれほど重い鎖になるかも知らない。

けれど、彼女が零した「地獄」の片鱗に触れた時、アルトの心に灯ったのは、自分を救ってくれたエルキアへ抱く想いとはまた別の、放っておけないという切実な願いだった。


(……僕が本当に守りたいのは、エルキアだ。でも、エルミアさんの悲しい顔も見たくないんだ)


背後でラッシュが「本当に送り狼じゃないっすから!」と喚き、エルミアが涼やかに笑う。

その賑やかなやり取りの裏側で、アルトは空を見上げた。

エルキアへの想いを胸に秘めたまま、別の誰かの夜を照らそうとする。その不器用な優しさが、いつか彼を本当の「男」に変えていくのかもしれない。


五十七章読んでいただきありがとうございます。

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