第五十六章:喧々囂々(けんけんごうごう)
五十六章です。
アンゾールマ市警・特別ギャング対策本部。地下倉庫の空気は、これまでになく「出口」の見えない混迷を極めていた。
カビ臭い湿気の中に、ホワイトボードが不自然に白く浮かび上がる。そこには、アルトたちが私塾を買い取った際の契約書の写しや、拠点の清掃状況の報告書、さらには「マーク特製メンチカツ」の断面図(?)までもが、重要証拠のように貼り出されていた。
「……つまり、結論はこうなるわね」
マイケル・カミドが、腰をくねらせながら、長い指でホワイトボードを指した。
「ギャング『笑顔の家族』の危険性は、現時点では極めて少ない。むしろ、街の美化と福祉に貢献している優良団体……。これで報告書をまとめて、さっさとこのカビ臭い地下からおさらばしましょうよぉ!」
「……待ってください」
その時、静寂を切り裂くように、硬質な声が響いた。
キヨウが、片手にティーカップ、もう片手にソーサーを恭しく持ち、椅子から立ち上がる。彼はゆっくりとした足取りで、チェス盤の駒を動かすような精密さで歩き出した。
「キヨウさん……? また何か、嫌な予感のする『解釈』を始めるつもりですか?」
カイトが引き攣った笑顔で後ずさるが、キヨウの独白は止まらない。
「『お人好し少年』は、こう言いました。『土地を増やして、畑を耕して野菜を植える。孤児たちにご飯をあげる。塾を買い取って知識や技術、道徳を身につけてもらう』……と。一見すれば、美談ですねぇ」
キヨウの眼鏡のレンズを不気味に発光させた。
「ですが、これを裏社会の隠語で解釈すると、どうなるか。……土地を増やし野菜を植える行為。これは『麻薬の原料』の栽培を表します。そして孤児に分け与えるのは、彼らを『若年層の中毒者』として囲い込むためです」
「……はぁ!?」
「さらに、塾を買い取って知識や技術を身につける……。これは高度な『違法兵器の製造ライン』の構築を意味します。そして極めつけは、道徳や倫理観。……これは、組織への絶対服従を強いる『洗脳プロセス』に他ならない」
あまりの「こじつけ」の飛躍に、カイトは椅子から転げ落ちそうになった。
「ちょっと待ってくださいよ! さっきまで、あの少年はエルフの美女との『おねショタ展開』と『ラッキースケベ願望』を持っているだけで、ギャングとしての凶悪性は皆無だと言い張ってたの、キヨウさんじゃないですか!!」
「ええ、その通りです。ですが……」
キヨウはティーを一口啜り、無機質な瞳でカイトを見た。
「このまま『いい話』で終わってしまうと、劇場版としての尺が30分ほど足りないんですよ」
「メタすぎるわよぉぉぉ!!」
マイケルの絶叫が地下に響く。カイトは天を仰ぎ、静かに荷物をまとめ始めた。
「……すみませーん。この人、完全に病気なんで、僕、本日をもって『相棒』卒業しますねー。お世話になりましたー。今の流行りは『追放系』みたいなんで、僕もこの対策本部から追放されて、隣の国でスローライフしながら無双しますねー」
「ええ、問題はありません、カイト君。既に新しい相棒は塾講師として潜入済みなんですよ。……『グレート』な『ティーチャー』が『おとり捜査』…略してGTオ…」
「四代目ーーー!?」
「はい!カイト君、 キヨウさんアウトー!!」
ルピナスが、バツ印を作って割って入った。
「これ以上、全方位に戦端を広げるのはやめなさい!!著作権の地雷原をタップダンスで横断したり、世界観を壊す真似はやめなさい!」
一方、そんなカオスな会議室を余所に、インカムからは現場の「リアル」な音声が届いていた。
「何を会議室で言い争っているんだ…!事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ!」
「…」
(決まったぁぁ)
ビシッと親指をあげるセイ。背景に夕日が見えそうなほどの熱演だった、本部側の反応は冷ややかだった。
マイケルは小指を立てて豆の煮出し汁を啜りながら、鼻で笑った。
「……はぁ?それ、かっこよく聞こえるけど、中身スカスカじゃない。『今のままではいけないと思います。だからこそ、アンゾールマは今のままではいけないと思っている』……っていう、(A=A構文)と何も変わらないわよ?」
「なっ……!? 魂の叫びを、そんなバカみたいな言い方すんな!」
「事実でしょうが。事件が現場で起きるのは物理現象なの。あなたが言いたいのは『現場の裁量を認めろ』っていう言い訳でしょ? 独断専行をポエムで誤魔化さないでくれる?」
そこへ、奥の席で静かにチェスを並べていたキヨウが、眼鏡を指で押し上げた。
「『同語反復』というやつですね。『手ーつな』ということは、手を繋ぎたいということなんです」
「キヨウさん!!今は黙っててぇぇぇぇ!!」
ルピナスの絶叫が、アジトに虚しく消えていった。
「……あぁ、ルピナスさん。聞こえますか。……本日は、オムライスだそうです」
背後からは、「笑顔の家族」の賑やかな笑い声が聞こえてくる。
「オムライス……? 捜査報告に献立はいらないわよ!」
「……あぁ!! 大変だ、パクさんの服に……真っ赤なケチャップが……! パクさん!? しっかりしてください、パクさん!!」
「ちょ、ちょっと! 刺されたみたいな言い方しないでよ! ケチャップでしょ!?」
マイケルがマイクに飛びつくが、現場の混乱は収まらない。
「なんじゃこりゃぁ………だ・だ・だ…だめだこりゃぁぁ!!」
パクの絶望的な叫びがインカム越しに響き、ドテッという「全員が転ぶ音」が聞こえてきた。
「刑事の殉職シーンとしては最初の方が正解でしたね…さらに古いですが」
冷静に紅茶を啜るキヨウ。
「正しいことをしたければ…偉くなるより『ギャング』になった方が早そうじゃな…」
「パクさん!?なぁ…シンさん! どうして現場に、こんなに鮮やかなケチャップが流れるんだ……!!」
セイが、まるで名シーンのように絶叫する。
シン本部長は、苦渋に満ちた表情でマイクを握りしめた。
「いいか、セイ……。動揺するな。今すぐ、その証拠品をタッパーに入れて持ち帰ってこい! 本部で厳重に……実食検分する!」
「ダメです……。本部長……。……俺の食欲を封鎖できません!!」
バツン、と通信が途絶えた。
あとに残されたのは、インカムのノイズと、劇場版の尺のために無理やり事件を捏造しようとする眼鏡の男の、静かなお茶を啜る音だけだった。
ちょっと待ってくださいよぉぉぉ!
会議室のドアを破るように男が入ってくる、鑑識のゴン・ヘキサだった。その手には、不自然なほど巨大なピンセットと虫眼鏡が握られている。
「物的証拠を持ち帰ってくれないと、私の登場シーンは無いんです!ただでさえ、『魔捜研の魔女』にお株を取られがちなんですから!!」
「ゴンさん……。あなた、ただのオムライスを鑑定して何がしたいのよ……」
マイケルのツッコミを無視して、ゴンは叫び続ける。
「ケチャップの飛沫パターンから、パクさんが何口で完食したか、卵のふわとろ度が法に触れていないか、徹底的に洗う必要があるんです! 鑑識は、いつだって現場の『満腹感』を裏切らない!!」
「だめだわ……。この組織、もう現場の胃袋に完全に掌握されてる……」
ルピナスは、ホワイトボードの「メンチカツの断面図」を悲しそうに見つめるのだった。
五十六章読んでいただきありがとうございます。いったん落ち着きましたので、次章からストーリーを進めていきます。




