幕間:ギャング対策本部
幕間です。前回幕間が重すぎたので、パロディ回作りました。
旧市街の喧騒から物理的に切り離された、地下倉庫の一角。
鉄錆と湿気が混じり合うその空間は、およそ公的機関の執務室とは思えないほど雑多な機材に埋め尽くされていた。隅に置かれた年代物の魔導コンロでは、安物の焙煎豆が真っ黒に煮え立ち、部屋全体に焦げた泥のような匂いを充満させている。
「……セイ君から、内偵報告が入りました」
紅一点の苦労人、ルピナス・グラシアが、重い溜息と共に結晶池の通信機器を置いた。その目元には、寝不足とストレスによって刻まれた隠しきれない隈が、年相応の華やかさを無残に塗り潰している。
「内偵!? 誰が、いつ、どこで許可したっていうのよぉ!!」
ヒステリックな絶叫が、防音性の乏しい壁を震わせた。
元エリートのマイケル・カミドが、艶かしく腰をくねらせ、刺繍入りのハンカチで額の脂汗を拭いながら机を激しく叩く。
「また独断専行!? あの現場主義の脳筋バカ、規律という言葉を辞書で引いたことがないのかしら! それで!? 報告の内容は何なのよ! 早く言いなさいよ、このお局!」
「誰がお局よ!それと ……パクさん、室内で喫煙はやめてくださいって言ってるでしょうが! 全く……いつの時代の人なんですか! 今は『スメハラ』っていうんですよ、ス・メ・ハ・ラ!」
窓際で静かに煙管に火をつけていた老練なベテラン、パク・エイティにルピナスが般若の如き形相で詰め寄る。パクは煙を吐き出しながら、ひらひらと手を振った。
「おー怖い……。最近の若いのときたら、何かと『ハラハラ』うるさいのう。ワシらの頃は、煙の中でこそ名案が浮かんだもんだが……だめだな、こりゃ」
「能書きはいいからセイ君を野放しにしないでください!」
ルピナスが、呆れたようにパクを睨みつける。
「ただでさえ人手不足なんですから。あいつが勝手に動いて後始末を押し付けられるのは私なんですよ! ……報告を続けます。昨夜、タイゼル組の本家が『カチコミ』を受けたそうです」
「カチコミ……? どこのどいつよ、あの老獅子の鼻面を直接叩こうなんて命知らずな自殺志願者は」
マイケルが、不気味に目を細める。だが、ルピナスの次の一言が、部屋の温度をさらに数度下げた。
「……それが、たった『三人』だそうです」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
マイケルの声が、オペラ歌手のような高音で裏返った。
「三人!? 何かの間違いじゃないの!? 相手はタイゼル組よ!? アンゾールマでも指折りの、凶暴な武闘派集団なのよ!?」
「報告は正確です。邸宅の門は、爆発でもしたかのように木っ端微塵。構成員のうち、約四十名がその三人にぶちのめされ、現在、全員が無力化。被害の規模からして、高ランクの魔法、あるいは未知の兵装を用いたテロの可能性も……」
部屋の隅、膨大な紙資料とギャング勢力図の作成に没頭していた若手、カイト・フォールが、眉をひそめて振り返った。
「三人で四十人を無力化……。それも死者ゼロだそうです。嫌な予感がしますね、キヨウさん。……僕が少し、現場(タイゼル邸)を直接洗ってきましょうか?」
逸る気持ちを抑えきれず、上着を手に取ろうとしたカイトに、涼やかな声が飛んだ。
「おや……。カイト君、君は独断専行してはいけませんよ」
チェス盤を見つめ、一滴の無駄もなく優雅に紅茶を淹れていた男――キヨウ・ライトウォーカーが、眼鏡の奥の瞳を僅かに細めた。
「ですが、キヨウさん! セイさんだけに任せておけませんよ!」
「……いけませんねぇ。君には、まだ少し『青さ』が残っている。焦りは判断を曇らせ、時に法の一線を越えさせる…。君は将来、闇落ちする可能性がありますからねぇ」
「……えっ? 闇落ち…ですか?」
「ええ。……まぁ、もっとも、その時は私の『相棒』が変わるだけのことですがね……」
「…………ちょっと、洒落になってないですよ、それ!」
カイトが戦慄し、頬を引きつらせる。
「……なによ、ドラマみたいなセリフ吐いちゃって。相棒が変わる時は、次は私を指名しなさいよ!」
マイケルがその背後でハンカチを噛んでいる。
キヨウは完璧な温度に温められたカップに紅茶を注いだ。
「死者を出さずに門を粉砕し、四十人を制圧。これはもはや『暴力』の領分ではありません。徹底した力の制御、極めて高度な『管理』……。実に、実に興味深い」
「興味深いとか言ってる場合じゃないわよ!!」
マイケルが椅子を蹴り飛ばさんばかりに立ち上がる。
「いい!? ギャング対策本部のメンバーが、わずか七名! 予算も、増員も、全部本庁の狸どもに握り潰されているのよ! のんきに紅茶を淹れてる場合じゃないの! こんな非常事態に、シン・ケージ本部長はどこをほっつき歩いているのよ!? 会議は踊っている場合じゃないのよぉ!!」
その時、薄い扉が、音もなく開いた。
長いコートの襟を立て、眉間に深く、消えることのない溝を刻んだ男――シン・ケージが姿を現す。
(……やはり、この男を引き抜いて正解だったか)
シンは、無言のまま、キヨウの背中を見つめた。
本庁の権力闘争に敗れ、特命も受けない「万年窓際」の閑職に追いやられていた、組織の異物。だが、シンはその異物の奥底に眠る、真実を射抜く論理の牙を知っていた。だからこそ、周囲の猛反対を押し切って彼を真っ先にこの泥舟に引き抜いたのだ。
(……見えているのか、キヨウ。この事件の『核心』が)
「……上からの指示だ」
シンは、低く、押し殺したような重い声で言った。
「タイゼル組への干渉は、一時凍結。我々が追うべきは……その三人の身元だ。アンゾールマの空気が、今、変わり始めている」
静まり返る対策本部。
キヨウは静かに一言だけ付け加えた。
「……最後に一つだけ、セイ君に確認をよろしいでしょうか。その三人の中に、とびきり『お人好し』で、誰の目にも毒がないように見える……そんな不思議な少年はいませんでしたか?」
(少年…!?なにが見えているの?もう預言者の領域なんですけど…)
カイトは心の中でキヨウに毒づく。
シンの眉間の皺が、さらに深く刻まれる。
現場を這いずり回るセイの直感とも、過去の判例を漁るカイトの知識とも違う。キヨウは、バラバラに散らばったパズルの断片から、まだ誰も描けていない「未来の絵図」を脳内で完成させている。
「不思議な少年が事件のカギ…?」
シンの問いに、キヨウはチェス盤の上で白のポーンを一つ、静かに進めた。
「ええ。アンゾールマという、欲と怨念が煮詰まった大釜の中に、場違いなほどの純粋さを投げ込めば……化学反応は必然。それは暴力による破壊ではなく、もっと根源的な『変質』をこの街にもたらすでしょう」
キヨウは、淹れたての紅茶から立ち上る湯気の向こう側を見据え、微かに目を細めた。
「もし、その少年の周りで『笑顔』が増えているという報告があれば……。シン本部長、私たちが追うべきは『事件』ではなく、その少年の『存在そのもの』かもしれませんよ」
シンの胸の内で、熱い何かが静かに脈打った。
組織の歯車として、上からの指示を待つだけの日々。だが、キヨウをこの場に置いたことで、物語は警察の想定を超えた領域へと加速し始めている。
「……セイに伝えろ。その少年の髪の毛一本、表情の変化一つ逃すなと」
シンは翻り、長いコートを翻して部屋を去る。
「……なによ、本部長まで格好つけちゃって」
その背中を見送りながら、マイケルが頬を赤らめながらハンカチを噛んだ。
アンゾールマという濁った海に投げ込まれた、一粒の純粋な「石」。それが巻き起こす波紋を、窓際の猟犬たちは既に感じ取っていた。
幕間読んでいただきありがとうございます。キヨウさんが紅茶を淹れるだけで事件は見えてくる。足を運べば手がかりにぶつかる…この対策本部、実は最強の布陣なのではないでしょうか…?




