第五十二章:鉄門突破、静かなる宣戦
五十二章です
旧市街の澱んだ空気の中、タイゼル組の本部へと続く道。アルトとエネアウラは、道すがらエルキアから伝授された「対銃火器戦」の理論を熱心におさらいしていた。それは、この街で生き抜くための、血塗られた理科の授業のようでもあった。
「……なるほど。つまり『銃』というのは、鉄の筒の中に火薬と鉛の弾が閉じ込められていて、引き金を引く衝撃で火薬を炸裂させ、その圧力で弾を飛ばす仕組みなのね」
エネアウラが、指先を顎に当てて確認する。
「はい。だから、相手が引き金に指をかけて狙いを定める前に、魔法で中の火薬を直接反応させてしまえば無力化できます。ピンポイントで発火させるのが難しければ、鉄の筒自体を一瞬で高熱化させる…この方法なら、標的も大きくなるので無詠唱でもいけそうですね」
アルトの言葉に、同行するアンドリューは頬をひきつらせた。
(……あのエルキアというエルフは、昨夜、十人以上の銃を一瞬で、しかも弾倉ごとド派手に暴発させてみせた。あの光景は、もはや魔法というより神罰だった……)
ふと、アルトがオルダの小手に残る僅かな血痕を見つめた。
「そういえば、オルダの小手の返り血……あれ、アンドリューさんの銃が暴発して怪我をした時の手当てで付いたものだったんだね。……アンドリューさん、もう大丈夫?」
あまりに純粋な気遣いに、アンドリューは胸を衝かれた。自分を無力化し、拠点を奪った相手。それなのに、この青年は本気で「敵」だったはずの自分の身を案じている。
「ア、アルト様……なんのこれしき。お気遣い、痛み入ります。……オルダ様、見えてきました。あちらが本家です」
視線の先に現れたのは、旧市街の喧騒を嘲笑うかのような、荘厳な門構えの邸宅だった。タイゼル組の威信を示すその門の前には、全身を黒い服に身を包んだ屈強な構成員たちが目を光らせている。
「今回は話し合いをしに来たんだ。……よし、正面から突破しよう」
オルダが事も無げに言う。
「あ……ちょっと……! 正面って、せめて裏に回るとか……!」
アンドリューの制止を背中で聞き流し、三人は堂々と門前へと歩み寄った。
「ごめんください。おたくのボスにお話したいことがあって来ました。取り次いでもらえますか? ああ、アポは取っていません」
オルダは、まるで近所の市場で値切り交渉でもするかのように淡々と切り出した。
「貴様は何者だ! 大人しく立ち去れ!」
門番の男が怒鳴り、腰の銃に手をかける。
「あー……すまん。できれば手荒な真似はしたくないんだ。もう一度言う。ボスと話がしたい。……通してくれるか?」
オルダが僅かに「圧」を強める。それだけで、周囲の気温が数度下がったかのような錯覚を門番たちは覚えた。
「そ、そんなこと、できるわけがないだろ! 怪我したくないならとっとと帰れ、この田舎者がッ!」
「………それじゃあ、しょうがないな」
オルダが短く息を吐いた瞬間、彼の小手が怪しく、そして熱く発光した。
「話し合い」が決裂したことを悟った瞬間、迷いはない。オルダの右拳が、鋼鉄の門に向かって真っ直ぐに放たれた。
「ズドォォォォンッ!!」
鼓膜を震わせる轟音と共に、邸宅の象徴であった重厚な門が、文字通り「跡形もなく」吹き飛んだ。爆風が周囲の構成員をなぎ倒し、立ち込める土煙の中にオルダの巨躯が浮かび上がる。
「な、なんだこれはぁ!? カチコミだぁぁぁぁ! 全員集まれッ!!」
邸宅の中から、蜂の巣を突いたように構成員たちがわらわらと溢れ出してきた。その数、優に三十、五十……。
「エネアウラさんは下がって、銃だけを警戒してください」
「えぇ、わかったわ!」
「……行くぞアルト、俺と二人で片付ける!」
取り囲む構成員たちが怒号と共に襲いかかるが、オルダの動きは最小限だった。大振りの攻撃を紙一重でかわし、その勢いを利用して相手の顎や鳩尾に掌底を叩き込む。一撃のもと、一人の意識を確実に刈り取っていく。
アルトも負けてはいなかった。
これまでの旅で磨き上げられた身体能力と、オルダの教え。向かってくる男の腕を絡め取り、流れるような動作で地面に転がしていく。
「お、アルト。徒手も上手くなってきたな」
乱戦の最中だというのに、オルダは稽古をつけるような余裕を見せる。
「相手を受け流すのと攻撃を同時に行いながら、相手の意識外の場所を狙うんだよね?」
そう言いながら、言った通りのことをいとも簡単に披露してしまうアルト。
「そうだ。不必要に力む必要はねぇ。相手の力を利用すれば、百人相手にしても疲れることはないからな。そしてこういう1対多数の場合、必ず一瞬でも1対1になるようにするのが鉄則だ」
オルダは一言アルトと話しをする間に五人を瞬く間に地に沈めていった。
バァンッ!バババンッ!!
エネアウラは正確に銃を暴発させていく。
「危ないから銃を捨てなさい!銃を持っていると指ごと吹き飛ぶわよ!」
(やっぱりエルキア様のように上手くコントロールできないわ…))
「……あ、でもこの人たち、全く防御の基礎ができていないね。近衛騎士団の方が全然強かったよ…ちょっとかわいそうだから、魔力酔いで気絶させるよ?」
アルトが優しく、けれど残酷なまでに圧倒的な魔力を周囲に放射した。
「そうだな…稽古にもならん。気合と根性に釣り合うだけの技量と練度が全く足りていないな。鍛えがいはありそうだが…」
二十人、三十人と重なり合っていく意識不明の男たちの山。
その光景を、アンドリューはただただ戦慄しながら見つめていた。
(……なんだ、この二人。死闘を演じているんじゃない……『散歩』のついでに落ち葉を掃いているような感覚で、ギャングの精鋭を沈めていく……)
アンドリューの常識は、文字通り「門」と共に粉々に砕け散っていた。
そして、騒ぎを聞きつけた奥の扉がゆっくりと開く。そこには、この地を統べる老いた獅子の影があった。
「双方、静まれぇい!!」
地鳴りのような咆哮が、硝煙と土煙に満ちた庭園を切り裂いた。その一喝だけで、逆上していた構成員たちの動きが呪縛にかけられたように止まる。
奥から姿を現したのは、着流しをラフに羽織り、数々の修羅場を越えてきた傷跡を顔に刻んだ老人――タイゼル・ベイカーだった。
「これは何事だ……?」
「はっ! カチコミです! ここの三人が門を破壊し、お頭に会わせろと……」
タイゼルの鋭い眼光が、平然と立つ三人を射抜く。だが、中央に立つ岩のような男と目が合った瞬間、老ボスの眉が微かに震えた。
「どうやら、あんたがボスのようだな。俺はオルダ。この国でも『オルダ商会』の名前は聞いているだろう? ……商売とは別の意味で、だがな」
「ひっ……!? オルダ商会といえば、あの、略奪者すら避けて通る『暴力商会』か!?」
構成員の一人が悲鳴に近い声を上げた。アンゾールマの裏社会において、オルダ商会の荷馬車に手を出すことは「自殺」と同義である。それを彼らは身をもって、あるいは語り継がれる恐怖として知っていた。
「色々とやり方はあったんだが…。ここまではデモンストレーションだ。これから話す、俺のプレゼンを最大限に生かすためのな」
「それが……この乱闘騒ぎか」
「この通り、俺たちは息も切らさず、数十人を殺さずに無力化した。改めてお前らの魂に刻んでおけ。暴力はお前らの専売特許じゃねぇ。ウチの商会でも『一級品』を取り扱っているってことをな」
オルダは不敵に笑い、一歩踏み出した。
「その上で商談といこう。お互いWin-Winになれば、ハッピーエンドだ」
タイゼルはしばし沈黙し、オルダの奥底にある底知れぬ「格」を量るように見つめた後、短く吐き出した。
「……テイゲン、客人をご案内せよ」
奥の応接室。重厚な革張りのソファに座るオルダたちと、タイゼル、そして冷静沈着な幹部のテイゲン。その傍らには、アルトと同じくらいの年格好だが、鋭い野犬のような眼光を放つ青年・カインが控えていた。
本題に入ろうとしたその時、オルダが不意にタイゼルの首元を凝視した。
「タイゼル・ベイカー……もしやイバ・ベイカーはお前さんの一族か?」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。タイゼルは目を瞑ったまま腕を組み、テイゲンが震える声を押し殺して問い返す。
「……なぜ、その者の名を今ここで出す?」
「俺の侍臣だった男だ。今はスタンリー・カーンと名を変え、ザオーカ国で静かに暮らしている。……あんたの胸にある首飾り。裏に鷹の紋章があるだろう? 俺がかつて、褒美として授けたものだ」
タイゼルが目を見開き、愕然として立ち上がった。
「では……お主は、伝説の『軍神ガナーブ』だというのか!? 息子は……息子は生きておるのだな!?」
「ああ、律儀な男だ。父親に便りも出していなかったのか。あいつは今、結婚して子供もいるぜ。あんたはもう、じいさんだ」
タイゼルは力なくソファに沈み込み、目元を覆った。ティアズ国の内乱で死んだと思っていた最愛の息子。その生存と、目の前の男が息子の主君であったという事実に、タイゼルの心から敵意が霧散していく。
「そうか……。それならば、ウチの若造どもが束になっても勝てぬ道理だ。軍神に仕えた男の父として、今までの無礼を詫びよう」
そこからの話は早かった。オルダはアルトが掲げる「笑顔の家族」の理念を語った。
人類存続の危機に備えた早期の団結。そのための、暴力によらない支配。
「そこで、アンドリューの事務所を丸々譲り受けたい。彼とその部下たちの組み抜けを認めてやってくれ」
「……なるほど。義侠精神を重んじる我らと、貴殿らの作る新しい形。足並みを揃えれば、この腐った街も変わるかもしれんな」
タイゼルは、新興勢力の麻薬利権や権力者の犬に成り下がった現在のギャング界に、限界を感じていたのだ。
「だが、オルダ殿。我ら侠客は『掟』で繋がる。あまりに急な曲げ方は、絆を粉々に砕いてしまう。……ケジメが必要だ」
オルダはニヤリと笑い、隣で大人しくしていたアルトの肩を叩いた。
「大人のケンカじゃ収拾がつかねぇ。よし、アルトと……そこの威勢のいい若いので決闘させようじゃねぇか。見たところ、なかなかの腕だろ?」
視線の先で、カインが「待ってました」とばかりに立ち上がる。
「こっちが勝てば、アンドリューたちの自由と、あんたらとの同盟。そっちが勝てば、オルダ商会の全資産をくれてやる」
「……ふふ、面白い。テイゲン、カイン、どうじゃ?」
「お頭、カインは今や組でトップクラスの実力。文句を言う者はいません」
「オヤジ、俺はあんな田舎のお坊ちゃんには負けねぇよ。やってやるぜ!」
カインの瞳に宿る闘志は本物だった。一方のアルトは、戸惑いながらもオルダの意図を汲み、静かに立ち上がる。
「……わかった。よろしくお願いします、カインさん」
突如として決まった、新旧ギャングの未来を賭けた若き二人による決闘。
それは、アンゾールマの歴史が大きく動き出す、運命のゴングでもあった。
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