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ンードラロギア  作者: ああああ


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第五十一章:狂信と純真の境界線

五十一章です。

朝日が差し込む宿の食堂。焼き立てのパンの香りと、昨夜の鉄の匂いが頭の中で混ざり合う中、オルダはスープを口に運びながら、事も無げに「戦果」を口にした。


「食べながらでいい。聞いてくれ。……昨夜、マークに教えてもらった旧市街にあるギャングの根城を一つ、完全に抑えた。あわせて、その場にいた構成員二十名ほどを捕縛して転がしてある」


「……へっ!?」

隣でフォークを握っていたマークの手が止まり、口から魂が抜けかけたような顔になった。

(二十名!? ギャングの集団を、たった二人…しかも無傷で一晩の内に無力化したというのか……?)

マークは、オルダが何気なく置いた「返り血の拭き跡が残る小手」を凝視した。商人の直感が告げている。この男たちは、単に強いのではない。圧倒的な「効率」で暴力を支配しているのだ。


「今日の大きな仕事は、そいつらを『改心』させることだ」

オルダは視線を鋭くし、一行を見渡した。

「だがな、ギャングってのは強固な連帯意識で繋がっている。組織の瓦解を何より恐れ、裏切りは死を意味する世界だ。アルト、お前がやりたい『良い子のギャング』を成立させるには、単に屈服させるだけじゃ足りねぇ。そいつらの命を保証し、絶望の先に『明日への希望』を見せてやる必要がある」


オルダの言葉を聞きながら、マークの胸中に驚きとは別の感情が芽生えていた。

(……ただの壊し屋じゃない。この人は、人心掌握の本質を理解している。恐怖で縛るのではなく、絶望している連中に『利益』と『居場所』を提示して、自発的に動かそうとしているのか……。なんて恐ろしい、そして理にかなった経営戦略なんだ)

マークは、オルダという男の底知れぬ「経営者」としての手腕に、畏怖を超えた深い関心を抱き始めていた。


オルダは一度言葉を切り、アルトの目を見据えた。

「過度な『飴と鞭』……特に鞭は最小限に留めろ。恐怖で縛れば、いつか必ず背後から刺される。軍隊でも同じだ。目に見える訓練や武具よりも、目に見えない『士気』を高めることの方がよっぽど難しい」


マークはますます混乱の渦の中にハマっていく…。

(士気!?まるで一国の軍隊を束ねて何度も戦場を駆け抜けてきたような…そんな説得力のある言葉だ。これは上辺だけの知識で語っても受け手にこうは伝わるまい…)


「だからこそ、対等に扱いながら導くんだ。……特にエルキア」


「……分かりました。私は極力、彼らと直接関わらないようにします」

エルキアは静かに頷いた。彼女の放つ圧倒的な「強者のオーラ」は、弱者にとってはそれだけで「鞭」になりかねないことを自覚しているのだろう。


(そうだ。この美しすぎるエルフの方が側に立っているだけで、底辺の男たちは劣等感に押しつぶされるか、あるいは異常な執着を見せる。それを避けるための『不干渉』……。この一行、阿吽の呼吸とも言うべきか…役割分担が完璧すぎる)

マークはこの壮大なプロジェクトが単なる無謀では無いと見せつけられているのではないかと感じていた。


「アルト、エネアウラ、りっちゃん。昨夜の戦いで彼らの攻撃パターンは把握しました。後で実演を交えて対処法を教えます。……特に、あの『火を噴く鉄筒(銃)』への対策は急務です」


「そうだな、銃は厄介だ」

 オルダが同意する。

「至近距離で放たれた後の銃弾をどうにかするのは俺でも無理だ。だが、撃たれる前に対処すれば問題はない。魔法の演算に多少時間がかかっても、先手を打てば問題はねぇ。……ラッシュ。お前にとって銃は最も危険な天敵だ。絶対に単独で動こうとするな。魔法が使えるりっちゃんと、常にツーマンセルを維持しろ」


『……主様の主よ!! まさか、トイレのような場所でも、ですか!?』

 りっちゃんが驚愕したように、ぬいぐるみの短い手を上げた。


「ん……まぁ、そういう油断する場所こそが、一番狙われやすいからな」

オルダが至極真面目な顔で答えると、りっちゃんは激しく首を振った。


『ラッシュ! 貴様の粗末なモノを見せたら承知せんぞ! 我の目が腐るではないか!』

りっちゃんから絶望のような禍々しいオーラが放たれる。


「『腐る』対象である目が最初から無いだろ! それに、見せねーよ! 誰が好き好んでウサギのぬいぐるみに披露するんだよ!」

朝から響くラッシュの叫び声に、食堂の空気が少しだけ緩む。


「……じゃあ、りっちゃんの代わりに、できるだけ僕が連れションするよ」

アルトが、パンをモグモグと咀嚼しながら、事も無げに提案した。


「お……おう。頼むわ」

ラッシュは頷きつつも、言い知れぬ違和感に襲われた。

(なんだ……? ただの連れションの誘いのはずなのに、アルトが言うと、何かゾワっとする圧があるのは何なんだ……)


マークは震える膝を叩き、自分を鼓舞するように立ち上がった。

「オルダ様、アルト坊ちゃま。拠点の権利関係や、備品の調達なら私にお任せください! 荒事はできませんが、このマーク、商人の『戦い方』で皆様を支えてみせます!」


「ほう、頼もしいな。……よし、朝飯を腹にしまったな。早速旧市街に向かうぞ。俺たちの『城』の掃除から始めるか」


オルダの号令に、一行は立ち上がる。

洗練された大通りの裏側、泥と血が支配する旧市街。

そこで待つ二十人の悪党たちを相手に、アルトの「教育」という名の聖戦が、いよいよ幕を開ける。


マークは自分の胸ポケットに入ったペンを握りしめた。これまではただ奪われるだけだったが、この一行となら、何かが変わる。そんな期待が、彼の恐怖を「やる気」へと変え始めていた。


新市街の整然とした美しさは、境界線を越えた瞬間に霧散した。

旧市街。そこは行政の光が届かぬ場所…いや、光が届かないわけではない。見放された区画、文字通り「捨てられた場所」だった。建物の壁には、幾層にも塗り重ねられた暴力的な落書きと、読めないスラングが街の病理を剥き出しにしている。


「キレイなトイレはいつまでもキレイだが、たった一つの落書きがあるだけで、人はそこを汚してもいい場所だと認識し始める……。まさに街全体が、巨大な『汚された便所』のようっすね……」

ラッシュが顔をしかめて呟く。


『トイレトイレうるさいわ。我慢しているなら、アルトがいる間に済ませよ』


「違うわい! 比喩表現だよ!」


「見えてきた…あそこよ」

エルキアが指さす先に倉庫と事務所が見える。しかし織物工場跡だということがわからないくらいに、読めない文字やマークのようなものが落書きされていた。


「舞台は整えた。あとはバシッと決めてくれ」

オルダがアルトの肩を叩き、重厚な扉を押し開ける。


倉庫の中は、想像を絶する静寂に包まれていた。オルダ、エルキア以外の一行は、大立ち回りをして乱れた状態を想像していた…むしろそれ以前に倉庫が形として残っていたことにも驚くべきことだったのだ。ただ、冷たい床の上に、二十名ほどの男女が芋虫のように数珠繋ぎに縛り上げられ、転がっている。彼らの瞳に宿っているのは、怒りではなく、底知れぬ「怪物」に遭遇した者の、原初的な恐怖だった。


「師匠……この人たち、昨夜からずっとこの状態で……?」


「ん……まぁな。漏らしても困るから、まずは手足を解いてトイレに行ってもらおうか」


オルダが命じると、ラッシュたちが拘束を解いていく。

「よーし、一人ずつだ。譲り合いの精神で用を済ませてこい。大人しく戻ってこないと、残された兄弟の命と、自分の名前に一生消えない泥を塗ることになるぞ。……粗相をした者は正直に挙手を。一人の過ちは仲間で助け合うんだ」


ギャング達は今にもパニックになりそうな雰囲気で大人しくしますと首を縦に振っている。


(えっと……早速、鞭全開なんですが……!)

マークは顔面蒼白でその光景を見守った。


極限まで「生理的な尊厳」を奪い、その解放を「恩」として売る。オルダのやり方は、軍隊の捕虜更生プログラムそのものだった。膀胱が決壊寸前だった一人の男が戻ってくると、膝から崩れ落ちてオルダに泣きながら感謝した。


「…いいってことよ。よく漏らさなかったな、えらいぞ」

オルダは慈父のような笑みを浮かべて、男の頭を撫でる。


(いやいやいや!! 良い人ぶってるけど、この地獄を一夜で作り上げたのはアンタだよ!?)

マークの心中でのツッコミは、もはや絶叫に近かった。しかし、同時に気づく。この絶望的な状況下で「優しくされた」という記憶が、彼らの心をどれほど急速に塗り替えていくかを。


二十名の解放と「整理」が終わったところで、オルダが場を支配する声を上げた。

「今日からお前たちは、新しいギャングの構成員として、生死を超えた絆で新たな代紋ダイモンを守ってもらう! ……アルト! 名前の発表と、規律を説明しろ!」


「……ごめんオルダ、代紋って何?」


「このギャングのマークだ。後で考えればいい」


「わかった。……僕はアルトです。皆さんは、これから『良い子』になってもらいます」

教壇に立つ教師のような純真さで語り始めた。


「良い子になれば、お金やご飯をオルダがくれます。だから、もう悪いことはしないでください。皆さんが幸せに生きれば、他の悪い子もきっと良い子になります。僕が作ったギャングの名前は……**『笑顔の家族リーデ・ファミリア』**です。今日から、よろしくお願いします」


パチパチパチ…

エルキアだけが、満面の笑みと拍手をする。その乾いた音が静まり返った倉庫に虚しく響く。


「…拍手は?」

エルキアが、温度の無い声で一言。

その瞬間、ギャングたちは悲鳴のような喝采を上げ、自分たちの手を壊さんばかりの勢いで拍手を開始した。


「ちょっと…まだよくわからないよね。そこのおじさん、何か言いたそうだね?思ったことを話してもいいよ」


「……あの、アルト様」

一人の男が、震えながら立ち上がった。タイゼル組の末端拠点長だった男、アンドリュー・アランダインである。

「我々を生かしてくださることに感謝いたします……。ですが、我々は既に『詰んで』いる。タイゼル・ファミリーの傘下である我々が、勝手に代紋を掛け替えれば、全員が消される運命にあるのです。……私が、一人で組に乗り込み、命を置いて落とし前をつけてきます」


「うん?どうしたの?僕達が守るから大丈夫ですよ?」


「あなた方のぼうりょ…お力がものすごいことはわかりました。しかしながら、これからいかなる時も我々は執拗に命を狙われ続けるのです。それはあなた方にとっても煩わしいことです。私の命一つで…」


「ボス!!」「白状なことを言わないでくださいよ!」「俺もボスと共にこの命を捧げます!」

ギャングのメンバーは絶望の中、彼らなりの「仁義」が燃え上がり、魂が叫びとなっている。


「待ってください!!」

アルトの声が、熱狂を切り裂いた。


「自分一人の命を犠牲にしたら、残された人たちはとても悲しいんです。……オルダ、そのカイゼル……タイゼル組だっけ? そこに行って話をきちんとしよう。アンドリューさんの命は僕達が守ろう」


「なんと…!今日会ったばかりの我々に対して、そこまで仁義を通してまで『良い子』になってほしいというのですか!?」

アンドリューは嗚咽混じりに叫ぶ。


「ボスの命が助かるならアンタに一生ついていくぜ!」「ボスのこと、お願いします!」

ギャングのメンバーは最高潮に燃え上がっている。


「オルダ…ボスの人に話をすれば、きっと分かってもらえるよね」


「さぁ…どうだろうな。だがアルト、ここまでは上々だ」

オルダのその言葉の裏を、りっちゃんは即座に読み取った。


『……恐ろしい交渉能力だ。ギャングがアルトのギャングに入る・入らないという意思の話、これは主様の主がおっしゃる「士気」のようなもの…これを強制させても価値あるものとして得られるものではない…しかしどうだ?いつの間にか、アンドリューの命を助けられれば、ギャングのメンバーはアルトのギャングになるって流れになっているな……あ、違うぞ、みんなバカなだけなんだ、これは』

りっちゃんがヒソヒソと小声で話しかける。


エネアウラはりっちゃんに制止するよう『メっ!』をする。


「よし!アンドリュー!俺とアルトとエル…」

オルダは一瞬、躊躇う…アンドリューが「それだけは勘弁を」と言わんばかりの死に物狂いの視線を送った。美しすぎる戦神エルキアを本家に連れて行けば、交渉どころか皆殺しになりかねないという生存本能だろう…意見が一致したようだ。


「…俺とアルトとエネアウラとアンドリューの四人でタイゼル組のボスと直接交渉をしよう。案内するんだ!」


「ラッシュ、りっちゃん、エルキアは倉庫と事務所の警護を。マークは…このリーデ・ファミリア創設記念パーティーのうたげの準備だ。酒と飯をかき集めろ! 帰ってきたら、全員で『家族』になるぞ!」


マークの胸に、商人の熱い血が駆け巡った。

「承知いたしました……! この街で最も『希望』の味がする宴を用意してみせましょう!」


五十一章読んでいただきありがとうございます。

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