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ンードラロギア  作者: ああああ


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第五十章:邂逅

五十章です。幕間を含めるとすでに50エピソードは達成していますが…それでもここまで書けたのは皆様に読んでいただいていることが、すごく励みになっています。

『nightless castle ー不夜城ー』は、出口と入口は別々で、ちょっとした玄関ホールにもなっていた。そこは、夢から覚める客に対し、未練という名の毒を巧妙に注ぎ込む、計算し尽くされた空間だった。


「また来てくださいね、二人とも奥手で全然触ってくれないんだから~」

先ほどまでラッシュに付いていたワーウルフの少女が、潤んだ瞳で上目遣いに囁く。


「え…!?触ってよかったんですか!?どこを…!?」

ラッシュの顔が沸騰したように赤くなる。


「…そーれーは……、今度来て自分で確認してみてね…?」


艶っぽい声に、ラッシュの理性が音を立てて崩壊した。

「~~~っ!!! また来ます! 絶対に来ますっ!!」


一方、アルトの前にはエルミアが静かに歩み寄っていた。

「次に来た時も、私を指名してくれるかしら……?」


「はい! 今日は色々話を聞いてもらえて良かったです。これからずっと、エルミアさんを指名します」


一点の曇りもないアルトの言葉に、エルミアは少し頬を染め、はにかんだ。

「うふふ…ありがとう。ちょっと歳が離れているから、心配しゃちゃったわ」


その光景を、ラッシュの肩から眺めていたりっちゃんは、戦慄を禁じ得なかった。

(……駄目だ、この男ども。存在しないはずの『魅了の魔法』をかけられておるわ。やはりその胸の大きさでかかりやすさが異なるのか…)

りっちゃんは、前足で胸部の綿をもふもふする。

(ふん…骨抜きにされおって。……む? 我が骨抜きになるとどうなるのだ? 『無』になって消滅してしまうのか!?)


「お待ち下さいお客様」

凛とした、しかし氷のように冷たい声が響いた。ホールの華やいだ空気が一瞬で凍りつき、スタッフが一斉に直立不動になる。視線の先に立っていたのは、豪奢なドレスを纏い、顔を仮面で隠した女性。この店の真の支配者、レイだった。


「私は当店の支配人です。本日はご来店ありがとうございました。お客様はちょうど一万人目のご来店者…その記念として、このフリーパスを贈呈致します」

そういって金色に輝くカードを取り出す。


国賓待遇のVIPにしか渡すことの無いフリーパス…それもレイ自らが手渡しをする光景に、お店のスタッフは驚愕の表情を隠しきれない。


(アルトから定期的に情報を引き出せ、というレイ様からの指示……)

エルミアは、平然とカードを手渡すレイの横顔を見て、全身の毛穴が引き締まるような緊張感を覚えた。支配人が自ら客の前に姿を現し、ましてやカードを手渡しするなど、前代未聞だったからだ。


「……ありがとうございます。……あの、僕はあなたとも、お話をしてみたいです」


「…!!」

静寂を破ったアルトの言葉に、レイの肩がピクリと揺れた。


「っ!? す、すみません、支配人さん! こいつ『支配人』っていうのがどれだけ偉いのか、よくわかっていなくて……!」

ラッシュが泡を食ってアルトの頭を抑え、ペコペコと謝罪する。


しかし、レイは仮面に手を添え、じっとアルトを凝視した。

「いえ……そう遠くない先に、実現できるかもしれませんわ……」

仮面の奥の瞳が、アルトの姿を網膜に焼き付けるように細められる。それは獲物を狙う蛇のようでもあり、懐かしい光を追う子供のようでもあった。


「それじゃ、おやすみなさーい」


不夜城を後にした一行を待っていたのは、夜風の冷たさと、心地よい倦怠感だった。

女の子の甘い匂い、肩から伝わるほんのわずかなぬくもり…それらの引力から解放され、酒と睡魔が宿のベッドを求めている。


「アルトよ…!どうだった!?初めての社交場は!?」

ラッシュがアルトの肩を組み、フラフラと千鳥足で歩く。大人の階段を一段飛ばしで駆け上がったような、奇妙な達成感に満ちていた。


「うん! エルミアさん、優しかった。エルキアと似た名前だったから、びっくりしたよ!」


「かーっ!!驚くところ……そこ!?」

ラッシュは顔を抑えて天を仰ぐ。


「俺は次こそ、どこまでが『OK』の境界線なのか冒険するぞ! 男はいつだって未知を求めるチャレンジャーなんだ!」


「……ダンジョン嫌いのラッシュがよく言うねー…」


「『nightless castle ー不夜城ー」か…いい店だった。」


「うん、イルファーンの宿の名前と似てたね…」


「…ハッスル・キャッスルか!?『キャッスル』という単語だけでネーミングセンスは雲泥の差だろ!そういえばあの時はエルキアさんと一緒に寝ていたんだよな…今は別々なんだよな」

アルトの心境を探ってみたいという気持ちに、つい言葉に出てしまうラッシュ。


「うん…今はエネアウラさんもいるしね。エネアウラさんとエルキアに聞いてみたんだ、前みたいに一緒に寝てもいい?って…エネアウラさんがいても平気だからって…」


((ゴクリ…))

ラッシュとりっちゃんは、同時に生唾を飲み込んだ。それぞれ別の考えで近いようではてしなく遠い別々の光景を抱いていた。


「そしたら、エルキアに断られたんだ。『もう成人になったし、保護者を卒業したから』って。エネアウラさんは『私は別に平気よ』って言ってくれたんだけどな……」


((…………))

 二人に、別々の沈黙が流れた。


(アルトと三人で平気なのか!?もしや我のようにアルトを弄ぶのか…!!エネアウラさん…恐るべし!)


(アルト…お前はエネアウラさんにも『男』と認知されていないのか…不憫すぎるな)

ラッシュは涙を堪えるように空を仰いだ。


『そんなことよりも…!最後に出てきたあの『支配人』…あれは常人の雰囲気ではなかったぞ』

りっちゃんが無理やり話題を引き戻す。


「ん?魔術師か何かってことかよ?」


『氷のようなマナだった…冷たくて、底の見えない深淵のような力だ』


アルトは少しだけ目を伏せ、レイと目が合った瞬間の感覚を思い出した。

「そうだね…なんか抱きしめたくなるようなそんな寂しい気持ちになったよ」


その言葉に、ラッシュは血の気が引くのを感じた。

「アルト、頼むからそれだけはやめてくれ。フリーパス没収どころか、永久出禁と処刑がセットで付いてくるぞ……!」


夜のルートシアの石畳に、若者たちの笑い声と、少しだけ切ないため息が溶けていった。彼らの背後では、巨大な不夜城の灯りが、獲物を誘う誘蛾灯のように輝き続けていた。

浮き足立った足取りで宿の廊下を抜け、部屋のドアを開ける。鼻腔をくすぐっていた高級店の甘い香水と上質な酒の香りが、一瞬にして「別の匂い」にかき消された。


そこには、今しがた帰還したばかりのオルダがいた。

彼は無造作に椅子に腰掛け、愛用の小手に付着した「返り血」を布で拭い取っているところだった。鉄の匂いが室内に重く漂い、窓から差し込む月光が、その血の赤をどす黒く浮かび上がらせる。


「……あ」

ラッシュの酔いが、一瞬で氷水を浴びせられたように引いた。

自分たちが美女に囲まれ、夢のような時間を過ごしている間、師匠たちは血生臭い鉄火場に身を置いていたのだ。その対比が、尖った針のように胸を刺す。


「な……なんか、すみません! 師匠ッ!」

ラッシュは直立不動になり、消え入りそうな声で謝罪した。


「あぁん? 何を言ってやがる。任務を忘れていたのか?」

オルダが手を止め、ジロリと鋭い眼光を向けた。その威圧感は、先ほどの高級店の用心棒など足元にも及ばない。


「いえ、忘れてはいませんが……その! 師匠とエルキアさんが必死に拠点を確保するために戦っている中で、自分とアルトは……不夜城なんていう夢の世界で、骨抜きにされて楽しんでいました!!」

ラッシュは顔を真っ赤にしながら、悔恨の念をぶちまけた。隣のアルトも、オルダの小手の血を見て、申し訳なさそうに身を縮めている。


沈黙が流れる。

オルダは拭き終えた小手を机に置くと、鼻でフンと笑った。

「……いい店を見つけたんじゃねぇか。それに、それだけ泥酔していても、初めての街でちゃんと宿まで無事に帰ってこれた……地理感の把握も。上々じゃねぇか」

その言葉は、突き放すような皮肉ではなく、教え子の成長(と、遊びを知る胆力)を認めるような、不思議な温かさを含んでいた。


「師匠っ……!」

寛大すぎるその一言に、ラッシュの目頭が熱くなる。この男についてきて良かった。そう確信させるだけの度量が、オルダにはあった。


「リリアーノもご苦労さん。こいつらが無事に帰って来れたのもお前のお陰だ。感謝する」


『主様の主…!!初めて我が真名を呼んでいただいた上、労いの言葉までいただけるとは…恐悦至極に存じまする!!』

大袈裟なりっちゃんに対して「はいはい、」と手を振るオルダ。


「オルダ、聞いてよ。ギャングの名前とか、色々考えたんだ。それにね、来店一万人目ってことで、こんなフリーパスももらったんだよ」

アルトが空気を変えるように、金色に輝くカードを差し出した。


「ほう、そいつは景気がいいな」

オルダはカードを指で弾き、満足げに頷いた。

「……詳しい話は浴場に行ってから聞こうか。近くにいい公衆浴場があるんだよ。この街の噂話ってのは、裸の付き合いの場に一番落ちてるもんだ」


「はいっ! お背中、流させていただきますッ!!」

ラッシュが千切れんばかりに尻尾を振る勢いで叫ぶ。


「おいおい、そんなに力むな。……行くぞ、アルト。酒の毒を抜いて、明日からの『仕事』に備えるぞ。そしたら今度は俺も『不夜城』に乗り込むぞ」


血を拭った後の清潔な鉄の匂いと、少年たちの少しだけ大人びた足音が、夜の宿に響く。

アンゾールマでの本格的な活動が始まる前の、嵐の前の静けさのような、けれど確かな絆を感じさせる夜だった。


五十章読んでいただきありがとうございます。



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