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ンードラロギア  作者: ああああ


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第百三十九章:不屈の徒花(あだばな)

百三十九章です。

数日後。里を覆っていた火災の煙は完全に消え、エルフの里は表面上、いつもの平穏を取り戻していた。風に揺れる巨木、降り注ぐ木漏れ日、そして行き交う里の人々の穏やかな微笑み。しかし、枢密院の奥、マクシミリアン議長の執務室に集まった者たちの瞳には、二度と以前と同じ世界を見ることはできない「覚悟の重み」が刻まれていた。


執務室の窓際。エルキアは、大樹の枝葉の間から覗く青空を見つめていた。そこにあるのは、二億年前から変わらぬはずの『青』だ。


「不思議なものね……『世界の真実』を見た後は、全ての景色が別物のように見えてくる」


「当たり前の風景が、誰かの意図によって作り出されたのではないかと勘ぐってしまいます。私たちが浴びているこの日光さえ、彼らにとってはただの管理条件の一つに過ぎないのかと」

退院直後と言うのにもう包帯を巻いていないヒョーバルが頷く。


不安を押し殺し凛と立つリーンネェム、そしてどこか悟ったような静けさを纏うスイ。その中心で、エルキアは窓の外に広がる大樹の枝葉から覗く青空を見つめていた。



その時、執務室の重厚な扉が開いた。

入ってきたのは、憔悴の色を隠しきれないものの、眼光だけは鋭さを増したマクシミリアンだった。


「すまないね。長老会との会議が長引いてしまって……彼らは相変わらず、目の前の平穏を維持することにしか興味がないようだ」

議長は深く椅子に腰を下ろすと、机の上に並んだ面々を見渡した。


「……あれから、ユーリたち警備隊には火災の再調査を命じた。だが、やはりと言うべきか、犯人の痕跡は一切掴めておらん。あまりにも手際が良すぎる」

マクシミリアンの苦渋に満ちた報告に、エルキアは驚きを見せなかった。


「当然ね。相手はこの世界の『システム』の根幹にいるものか、あるいはそれに連なる、里の中枢にまで深く入り込んだ存在でしょうから。私たちの動きを監視し、都合の悪い真実に触れようとする指先を焼き切る。そんな存在が、目に見える足跡を残すはずがないわ」

エルキアの瞳には、絶望ではなく、獲物を定める狩人のような鋭い光が宿っていた。


エルキアは懐から、あの古びた手紙を取り出した。

「おじ様。あの手紙に書かれていた通り、この真実を独りで抱えるのはあまりにも残酷だわ。でも、私は両親が遺した言葉の真意を、ようやく理解した」


「お父さんは言ったわ。『独りなら燃やせ』と。それは、真実の重みが精神を壊すからだけじゃない。この巨大な虚構を維持しようとする『システム』に対して、個人という存在があまりに無力だからよ。独りで立ち向かえば、痕跡も残さず消されるだけ。だから、戦う手段がないのなら知らぬまま死ね……それが両親なりの、最後の慈悲だったのね」

エルキアはゆっくりと顔を上げ、病室で絶望を分かち合った仲間たちを一人ずつ、射抜くような視線で見据えた。


「ヒョーバル、リーンネェム、スイ……そして、今はここにいないアルトたち。彼らがいたから、私はこの絶望を直視できた。独りなら、私も狂っていたか、あるいは恐怖に負けて全てを焼き捨てていたかもしれない」


「マスター……」

ヒョーバルが、忠誠心以上の熱い眼差しでエルキアを見つめる。


「ならば、我々の成すべきことは一つですな。この偽りの檻を壊し、マスターの両親を追い詰めた『犯人』を引きずり出す。そうでありますか?」


「手始めに行うことはそれね」

エルキアの声は氷のように冷たく、しかし揺るぎなかった。


「これは単なる私的な仇討ちじゃないわ。私たちが『世界の真実』を知った上で、私たちが望む未来を、私たちが願う世界を築こうとする時、彼らは必ず邪魔をしてくる。その障壁を排除しなきゃ、私たちは一生『家畜』のままよ」


「……私たちの敵」

リーンネェムが重く、決意を込めて呟く。


「そうですね、おっしゃる通りです」


「ええ。でも、まともに正面衝突するのはまだ早いわ。敵は私たちの位置も数も把握しているけれど、私たちは敵の正体も、潜んでいる次元さえ掴めていない。だから、情報を集めるのよ。あの地下室にある、六百万年前以降の歴史から……。人類が漂着し、エルフ族がどのように世界を管理していったのか、その記録の中に必ず彼らの正体に繋がる手がかりがあるはずよ」


エルキアはここで一度言葉を切り、マクシミリアンに問いかけた。


「情報の解析を加速させるために、クロウの力も借りたいわ。おじ様、彼は信頼に値する人物かしら?」


「勿論じゃ。彼は私の腹心であり、若いが正義感も強い」

「口も堅いと思います」と、ヒョーバルが続く。

「信頼できる隊長です。彼は真実に耐えられる強さを持っています」と、スイが断言した。


「決まりね。地下室の調査と解析は、クロウとスイを中心に進めてもらうわ」


方針が決まると、エルキアはふいに向き直り、不満げに鼻を鳴らしているヒョーバルを見た。


「ヒョーバル、アンタは少しこの件から外れなさい」


「……っ! マスター! た、確かに放火犯の気配に気付かず、不覚を取ったことは認めますが! 隻眼となってもセレスティアル・サーヴァントの筆頭としての戦闘力に些かの衰えもありませんぞ!」


「落ち着きなさい、脳筋。あの時の条件、覚えている?」


ヒョーバルが、気まずそうに目を逸らす。

「……お願いを一つ聞く、という契約やつですか」


「そうよ。アンタは五日後、ここを離れてアルブール王国に行きなさい。そこでオルダ様に会って、現在の状況を説明してほしいの」


「しかし、アルブール王国は広大です。雲を掴むような話では……」


「問題ないわ。ヤプールの北集落にある『オルダ商会』に行けば、すぐにあの人は捕まえられる」

エルキアは少しだけ視線を泳がせ、付け加えるように言った。

「……それと! アルトの様子も見てきてもちょうだい」


(やれやれ……おまけの方が、声に熱が入っているようですがな)

ヒョーバルは、主の不器用な配慮に内心で苦笑し、深々と頭を下げた。

「……承知いたしました。アルト殿の安全、そしてオルダ様への連絡、完遂してご覧に入れます」


「後は、オルダ様とともに、アルブール王国のサーガイル王子に面談し、クリスタル・レコードを接収してきなさい」


その言葉に、室内の空気が一変した。

「なんですと!? なぜサーガイル王子がクリスタル・レコードを所持し、しかもそのことをマスターがご存知なのですか?」


「あぁ、アンタいたわよね? 以前の石板の祝賀会」

エルキアは平然と答える。

「あのタイミングで、クリスタル・レコードを実は見つけていたのよ」


「はぁ!?」

ヒョーバルが絶句する。警護役である自分ですら、全く気づいていなかったのだ。


「いい? アンタ達が血気盛んにサーガイル王子を暗殺でもしたら困るから、表向きは『石板を見つけました』ってことにしたのよ。あの場でクリスタル・レコードの発見を公表すれば、それこそ月の支配者たちの暗殺部隊が即座に押し寄せていたでしょうからね」


「……なるほど。確かに外界でそんな情報を公表すれば、世界はひっくり返ります。それをあの瞬間に判断し、ダミーの発表にすり替えたのですか……」

ヒョーバルは、主の慧眼に改めて感服するしかなかった。


「ヒョーバルが戻ってくるまでにクリスタル・レコードの解読方法もわかっていればいいけど……それはこちらの仕事ね」


「……クロウ隊長とともに、死に物狂いで解読方法を見つけます! 次にアルトさんやオルダさんに会う時、私たちが『武器』を持っていられるように!」

スイの決意に、エルキアは満足そうに微笑んだ。


「こんな感じでどうかしら? おじ様」


マクシミリアンは、若き彼らの瞳に宿る、宿命に抗おうとする不屈の炎を見つめていた。

自分が守りたかった里の安寧。それが、偽りの土壌の上に咲いた徒花あだばなだったとしても、今、目の前で芽吹こうとしている意志だけは本物だと確信した。


「よかろう。我々は今日、数百万年の安寧を捨て、茨の道へと進む」


議長はゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。その視線は、青空を突き抜け、二億年の闇が支配する月の裏側までを見据えているかのようだった。


「リニュイェル、ソレムナ……見ておれ。お主たちの娘とその仲間は、お主たちが恐れた絶望すらも、自らの翼に変えてみせたぞ。この世界を作り直した者たちが何を企もうと、エルフの誇りと人間の知恵が、決して屈せぬことを証明してやろう」


沈みゆく太陽が、執務室を深い琥珀色に染め上げる。

それはかつての「火災」を思い出させる不吉な赤ではなく、新たな夜明けを前に燃え上がる、闘志の色であった。


百三十九章読んでいただきありがとうございます。


ついにエルキアたちは、世界の管理者たちへの明確な反撃を開始しました。

「考古学」という、本来過去を振り返る学問が、未来を勝ち取るための「解体道具」へと変貌する。エルキアのアイデンティティが、絶望を経てより強固なものへと進化した瞬間でした。


また、ヒョーバルをアルトの元へ送るという采配には、彼女なりの照れ隠しと、最も信頼する者に「希望アルト」の守護を任せるという深い信頼が込められています。


第九章でサーガイル王子が見つけたクリスタル・レコード…どんな情報が刻まれているのかきになりますね。(回収できて作者は一安心しました。)


一方、里に残るスイとクロウ。

彼らが地下室からどのような「六百万年前以降の歴史」とクリスタル・レコードの解読方法を見つけ出すことができるのか…気になります。


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