第百三十八章:二億年の記録
百三十八章です。
窓の外、里を包む空はすっかり赤く染まっていた。
燃え上がるような夕闇は、まるで先ほどまでの生家の火災を再現しているかのようで、不気味な静寂を病室に落としている。
エルキアは、膝の上に広げた『世界の真実』の本の最後の一ページをゆっくりと閉じた。
駆け足でその本のあらましを共有した室内には、重苦しい沈黙が澱みのように溜まっている。誰もが呼吸を忘れ、ただ自分たちが今知ってしまった『禁忌』の重さに、魂を削られていた。
リニュイェルとソレムナが解読したクリスタル・レコードには言わば二億年の悠久の人類の歴史が刻まれていた。
【クリスタル・レコードの書:二億年の真実】
1. 人類の栄枯盛衰(二億年前)
・文明の発達と崩壊: 人間は機械と科学文明によって栄えたが、その繁栄は内側から崩壊していった。
・分断: 一握りの支配階級のエゴが加速し、世界は修復不能なまでに分断。
・民族浄化と大戦: 人口爆発と環境破壊を解決するため「口減らし」の戦争が勃発。結果、皮肉にも星はさらに汚染され、生存領域を大きく失った。
・ディストピアの誕生: 意思を持った「機械」が民衆を徹底管理する、息の詰まる世界が完成した。
2. マナの発見と星からの脱出(二億年前)
・シジョウ・マナ博士: 新エネルギー「生体エネルギー(マナ)」を発見。平和利用を夢見たが、実用化を待たず事故死。暗殺の可能性がある。
・月の前線基地: エリート階級は母なるこの星を捨て、銀河へ旅立つことを決意。星の重力を振り切るために、月の前線基地と小惑星を建造する。母艦建造のため、この星の残り少ない資源をすべて使い果たした。
3. 星の浄化と悪魔のマナ変換計画(二億年前)
・支配階級の月移住: 星に残った支配階級は月へ避難し、ナノマシンによる星の浄化を開始する。
・霊体化の代償: 支配階級は当初は意識をデータ化することを想定したが、星の浄化完了まで一億年以上かかるため、支配階級は肉体を捨て「霊体」として生き永らえる道を選ぶ。
・マナへの変換: 霊体の維持には膨大なマナが必要。支配階級は星に残った労働階級・貧困層の人間すべてを、生きたままマナへと変換・搾取され、星に残った人類は絶滅する。
・この陰謀を察知したエリート階級は、辛くも銀河へと旅立った。
4.星の浄化完了(約千年前)
・星の浄化が完了するも、月のターミナルシステムと霊体化した支配階級はなんらかの理由で分断され、霊体のまま閉じ込められることとなる。
・霊体を肉体に戻すためには膨大なエネルギーが必要となる。
・機械の意思は地球に永く新たな人類を繁栄させ、星の生命から放出されるマナエネルギーを月で収集することを決める。
5.機械の意思と「魔王」の創造(約七百万年前)
・禁忌の実験: 月に取り残された「機械の意思」は、支配階級の霊体を肉体に戻す実験を開始。
・魔王とはじまりのエルフ: 膨大な魔力を持つ被検体「魔王」が誕生。機械はこれを危険視し、霊体を二分した。
魔王: 外敵や増えすぎた人類を間引く「星の抗体」としての役割を与える。
はじまりのエルフ: 人類を導く「祖」としての役割。植物に「はじまりのエルフ」の生殖機能を付与し「大樹」を生み出してエルフ族を産生した。
・亜人種の誕生: ナノマシンにより、極地適応種としてドワーフ等が生み出された。
6. 時空震と「人種」の漂着(約六百万年前)
・十八母艦の帰還: かつて銀河へ旅立った人類が、マナエネルギーによって時空間跳躍を行った際の事故により次元の狭間に閉じ込められる。月近くに時空震が発生し、そこから脱出する。この影響によって月とこの星にあった全ナノマシンと機械知能が停止。
・科学の終焉: 星に漂着した十八母艦の二千人の「人種」は、過酷な地上を生き抜くためにエルフ族と友好関係を結び、科学を捨てて魔法を教わった。
・警告の刻印: 一部の人種が、旧人類の罪と支配階級の正体を後世に伝えるべく、クリスタルに情報を刻んだ。これが「クリスタル・レコード」の正体である。
「これがクリスタル・レコードに刻まれた『世界の真実』……この他にも六百万年以降の歴史を著した本もお父さん達は遺していると書かれてあるわ」
「……まさかな。まさかこの世界が、一度終わりを迎え、そこから何者かの手によって都合よく作り直されていたとはな……」
マクシミリアン議長が力なく呟いた。為政者として、里とこの世界のために尽くしてきたものが、『基盤』そのものがまやかしであり、偽りである事実は、あまりに受け入れがたいものだった。
「私は……クリスタル・レコードはエルフよりも高次の存在……神に近い何かが造り、遺したものだと考えていました。それが、まさか、我々が下等だと見下していた『人種』だったなんて……」
スイは魔導端末を割れんばかりに強く握りしめる。
「我々の気高き矜持さえも、神を名乗る支配者によって都合よく書き換えられたプログラムの一部だったというのか!」
ヒョーバルは包帯から血が滲むくらいに火傷の拳を強く固め、絞り出すような声で吠えた。彼が一生をかけて守り続けてきたエルフの尊厳。それが、機械による手遊び感覚で捏造された「設定」に過ぎなかったという真実は、彼の人生そのものを否定しかねない猛毒だった。
「月の女神……。慈愛の象徴だと思っていた彼女の印象が、180度変わりました」
リーンネェムが、虚空を見つめながら力なく呟く。
「彼女は世界の平穏を願った救世主なんかじゃない。ただの独善的で身勝手な独裁者だったなんて……。私たちが捧げてきた祈りは、一体どこへ届いていたの……?」
「大抵の歴史を紐解くと、人間の醜さや愚かさを痛感させられるけど……」
エルキアが、乾いた声で言葉を継ぐ。
「こんな星規模の裏切りを知らされると、確かに希望を失うわね。私たちが誇ってきた純血も、魔導の英知も、すべては『管理』のためのツールに過ぎなかったんだから」
(私の霊体が……魔王から生み出されたなんて……)
エルキアは、己の内に眠る根源的な力に怯えるように肩を震わせた。かつて『世界の敵』と認識していた化物のような存在が、自分の半身であるという事実は、彼女のアイデンティティを内側から崩壊させていく。
(アルト……助けて…私、どうしたらいいの……?)
ついこの間まで、アルトを愛し、子を産む覚悟を決めていた彼女だったが、自分が化物の半身だったという事実がわかり、人並の幸せを望むことに恐怖を覚える。
百三十八章読んでいただきありがとうございます。
二億年前の科学文明、月の支配者、そしてエルフ族の誕生秘話。ファンタジーの皮を被ったディストピアSFの断片が、ついにその全貌を現しました。自分たちが尊い神の子ではなく、人工的に作られた、一部の人間にとって都合の良い存在であるという事実は、彼らの魂を深く傷つけました。
しかし、知らされた絶望は「変えられる未来」への第一歩でもあります。
非情な歴史を突きつけられたマクシミリアン、そしてエルキアたちは、これからどのような選択をするのでしょうか……。




