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ンードラロギア  作者: ああああ


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第百三十六話:地下室に差し込む光、崩れ落ちる剣

百三十六話です。

枢密院議長の執務室、ヒョーバルはマクシミリアンに報告する。


「なんと!? エルキアの生家に、リニュイェル達の研究結果が眠っているというのか!」

マクシミリアン議長は、驚愕のあまり椅子から立ち上がった。ヒョーバルは真っ直ぐに議長を見据え、力強く頷く。


「はい。議長もその歴史的瞬間の証人として、ぜひ立ち会っていただきたいのです」


「わかった! すぐに行こう。これは里の、いや世界の運命を変えるかもしれん……!」


二人が急ぎ足で外へ出た瞬間、冷ややかな風と共に、不吉な黒煙が視界を遮った。エルキアの生家がある方向、里のはずれから、天を衝くような黒々とした煙が立ち昇っている。


「……嫌な予感がします。一足先に行きます!」


ヒョーバルの瞳が鋭く据わった。彼は議長の返事を待たず、地面を爆ぜるような勢いで全速力の疾走を開始した。


(マスター、リーンネェム様……無事でいてください!)


生家に辿り着いたとき、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。野次馬が集まり、警備隊が必死に叫んでいる。


「ゴォォォォーーーーーッ!!」


不気味な重低音を響かせ、巨大な火柱がのたうっていた。周囲の酸素を狂ったように吸い込み、凄まじい上昇気流を生じさせた炎の渦――「火災旋風」だ。


「ええい!! 消火活動はどうなっているのか!?」


ヒョーバルの怒号に、警備隊員が震えながら答える。


「わずかな放水では、熱を奪うどころか蒸気となって弾かれるのです! 大型放水機を要請しましたが、この区画の細い道を通るのに時間がかかっていて……!」


「待っていられるか! いいか、今すぐ周囲の者を全員避難させろ。半径五十メートル以内には誰も入れるな!」


「何をするおつもりですか!?」


「あの火柱を……旋風うずの根元で魔力を爆発させて、内側から霧散させる!」

ヒョーバルは防火用の井戸へと猛進した。


「そんな! 無茶言わんでください! 爆心地の熱量は数千度を超えます、ただでは済みませんぞ!」


必死に止めようとする隊員たちの腕を、ヒョーバルは人外の剛力で振りほどいた。桶の水を頭から被り、全身を濡らす。そこへ、遅れてマクシミリアン議長が駆けつけた。


「ヒョーバル! 落ち着くのじゃ! その特攻は自殺行為に等しい!」


「議長! マスターとリーンネェム様はあの地下室に居るのです!」

ヒョーバルは濡れた軍服から早くも蒸気を立ち昇らせながら、叫んだ。

「魔力による『爆風消火』……これなら、衝撃波は横に広がり、地下への熱影響もありません! 地下の酸素が尽きる前に、これしか道はない!」


「そうではない! お主の身体が持たんと言っておるのじゃ!」


「我がマスターと、里の未来であるリーンネェム様が、あの下で私を待っているのです。軍人の誇りに賭けて――この道、私がこじ開けるッ!!」


議長の静止を断ち切り、ヒョーバルは猛り狂う火柱へと突入した。


ヒョーバルの身体は放水されているものの、水分は瞬時に蒸発し、視界が白く染まる。髪が焼ける異臭がし、筋肉が熱で悲鳴を上げる。だが、彼は止まらない。旋風の最も激しい吸気口、その「核」となる地点へと到達した。


「おおおおおおおぉぉぉぉッ!!!」


ヒョーバルは全身の魔力回路を逆流させ、一気に外部へと解き放った。


――魔力、指向性爆砕!!


瞬間。

生家の跡地を中心に、世界が真っ白に塗りつぶされた。巨大な衝撃波が同心円状に走り、火災旋風の構成要素である「炎」と「熱気」を文字通り物理的に吹き飛ばす。旋風の足元から酸素が力技で奪い去られ、数瞬、そこには静寂と「空白の空間」が生まれた。


爆風が収まった後。

黒焦げた大地の中央、立ち込める白煙の中から現れたのは、ボロボロになった軍服を纏い、全身から凄まじい熱気を放ちながらも――力強く立ち、地下へ続く扉を乱暴に手をかける一人の「剣」の姿だった。


地上で吹き荒れた紅蓮の嵐が、一人の男の命懸けの咆哮によって霧散したその頃。

地下十二畳の閉鎖空間は、静まり返った絶望に支配されようとしていた。


ガァァァァァンッ!!


頭上から響いた、鼓膜を劈くような不吉な金属音。それは地下室の入り口を守っていた重厚なハッチが、外からの熱に焼き切られ、あるいは衝撃によって外れ落ちた音だった。


「……地下へ続く扉が、外れた……?」


スイの指が、持っていた空の薬品瓶から力なく離れた。前髪の隙間からのぞく瞳は、恐怖と酸欠による混濁に揺れている。彼女にとって、それは自分たちが唯一世界と繋がっていた絆が、物理的に断たれた音に聞こえていた。


「くっ……ジリ貧ね。リーンネェム、酸素の備蓄は……?」


エルキアが酸素を生成するフラスコを覗き込むが、反応は既に衰え、わずかな気泡が寂しく弾けるのみだった。


「これが最後の一滴よ……。インクも、漂白剤も、もう何もない」


リーンネェムの声は、かつてないほど掠れていた。巫女として、この地下室を包み込む「内圧」を必死に維持し続けてきた彼女の魔力も、底を突きかけている。薄れゆく視界の中で、彼女は祈るように手を組んでいた。


「悔しいわ……! ようやく、ようやくお父さんたちの想いに……世界の真実に辿り着けると思ったのに。こんな暗闇で終わるなんて……!」


両親が命を懸けて遺した真実。それを誰にも告げられぬまま、自分もまた灰になる。その屈辱と、両親に対する申し訳なさが、彼女の喉を熱く焼き、涙を堪えるために唇を噛む。


だが、その時だった。


ギィィィ……ッ、バキィッ!!


歪んだ金属の扉が、外側から凄まじい力でこじ開けられた。隙間から流れ込んできたのは、煙の混じった、しかし紛れもない「外界の空気」だった。


「――マスター! リーンネェム様! ご無事ですかっ!?」


逆光の中で、その男は立っていた。

いや、立っているのが不思議なほどだった。かつての美しい軍服は焼け焦げてボロ布のようになり、肌は煤と血で汚れ、髪からはまだ消火に使った水蒸気が白く立ち昇っている。


「ヒョーバル……様……?」


その姿を見た瞬間、リーンネェムの心の中で張り詰めていた糸が、音を立てて切れた。彼女は両手で口を覆い、溢れ出す涙を止めることができなかった。


「ヒョーバル様!! ああ、ヒョーバル様……!!」


駆け寄ることもできず、その場に崩れ落ちるようにして泣きじゃくる巫女。スイもまた、震える声でその名を呼んでいた。


エルキアだけが、一歩、また一歩と、煤まみれの元部下へと歩み寄る。その瞳には、彼を信じていたという誇りと、それ以上に、彼をここまで追い詰めた事態への激しい動揺が滲んでいた。


「アンタ……その体……。バカね、どれだけ無茶をしたのよ……」


エルキアの手が、ヒョーバルの焼け焦げた肩に触れようとして、止まる。あまりにも酷いその姿に、どこを触ればいいのかすら分からなかった。


ヒョーバルは、主の無事な姿をその瞳に焼き付けると、強張っていた表情をようやく、わずかに緩めた。煤に汚れた顔の中に、白く輝く歯が覗く。


「……なんの……これしき。軍人が、主を守るのに、理由など……。……ご無事で、よかっ……た……で……す……」


「ヒョーバル!?」


言葉が途切れると同時に、大樹のような彼の身体が、支えを失ったように崩れ落ちた。

エルキアは反射的にその身体を抱きとめようとするが、大男の質量を支えきれず、共に床に膝をつく。


「ヒョーバル! 目を開けなさい! 命令よ! 私達はまだこんなところで終われないって言ってるでしょ!!」


エルキアの叫びが、かび臭い地下室に虚しく響く。

地上の火は消え、真実は守られた。しかし、その代償はあまりにも大きく、彼女たちの手元に重く横たわっていた。


百三十六話読んでいただきありがとうございます。


ついに……ついにやってくれました、ヒョーバル!「むっつり助平な筆頭軍人」に成り下がっていた彼が、今回は文句なしの「真の英雄」でした。


ううむ…かっこ良すぎるぞ、ヒョーバル!安堵の笑みを浮かべて倒れ込む姿には、執筆しながら思わず目頭が熱くなりました。


さて、命懸けで守り抜かれた「リニュイェルの遺言」には、一体何が記されているのか。そして、ヒョーバルが命を削って繋いだこの一歩が、エルフの里にどのような激震をもたらすのか。


物語はいよいよ、世界の核心へと突き進みます。

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