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ンードラロギア  作者: ああああ


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第百三十四章:真実の鍵

百三十四章です。

重厚な封印が施された禁書庫の扉を抜けた先、一行が予期していたのは、埃にまみれ、呪詛じゅそや狂気が染み付いた書物が乱雑に積み上がる、不気味な地下空間だった。


しかし、目に飛び込んできた光景は、その想像を鮮やかに裏切るものだった。


「……意外だわ。もっと、こう……得体の知れない不気味さが溢れているような場所かと思っていたけれど」


リーンネェムが驚きを隠せずに呟く。

そこに広まっていたのは、外界の書庫よりもさらに完璧に管理され、塵ひとつ落ちていない、冷徹なまでに整然とした空間だった。


壁面には白銀の魔導金属で補強された棚が並び、収められた書物は、静かに青白い魔導の防護光を放っている。空気は不自然なほど澄み渡り、まるで時間が凍りついたかのような錯覚を抱かせた。


「すごい……色んな本がありますね。見たこともない装丁ばかりです……」


スイが吸い寄せられるように、一冊の本の前で足を止めた。


「これは……『星の運行とマナの減衰理論』? こっちには『異界言語における概念の固定化について』……。エルキア様、ここに並んでいるのは、ただの古い本じゃありません。この世界の『仕組み』そのものを記述した、設計図のようなものばかりです!」


スイの指が震えている。考古学者として、そして技術者として、彼女は直感していた。ここに並ぶ一冊一冊が、現代の魔法体系を根底から覆し、あるいは再構築しうる「危険な叡智」であることを。


「……なるほど。整然としているからこそ、余計に恐ろしいな」

ヒョーバルが眉間に皺を寄せる。

「雑然としていれば、それはただの『遺物』だ。だが、ここまで完璧に管理されているということは、誰かが――あるいは世界そのものが、これらを『いつでも使える状態』で維持してきたということだ」


「ただ、厄介なのはここに保管された書物に書かれた内容全てが真実であると限らないということよ」

エルキアは興味なさげに、近くの棚から二冊の本をポンポンと空中に放り投げ、受け取ると机の上に無造作に放り出した。その所作には、知の最高峰に対する敬意よりも、どこか深い懐疑心が滲んでいる。




「なになに…『転生極道お嬢が世界を救う』、『異世界知識による無双生活入門』……わぁ、面白そうね」

リーンネェムがパラパラとページをめくる。禁書庫という厳粛な場所に似つかわしくないタイトルに、彼女は首を傾げた。


「なんでこんな内容のものが禁書庫に?」


「判定基準が明確ではないからわからないけど、エルフの常識から逸脱している……とかじゃないかしら? 他種族との混血を助長したり、既存の宗教観をぶち壊すような思考そのものが、この里にとっては『毒』なのよ。行きましょ」


エルキアは迷いのない足取りで、歴史書のインデックスが振られた最深部の書棚へ向かう。棚に並ぶ背表紙を一冊ずつ、逃さぬように目で追っていく。そして、その指がピタリと止まった。

「これだわ。お父さんの……の筆跡。これが『ロギア・レコード』の原本」


エルキアの手が、使い込まれた革装本に伸びる。世界から隔離された空間で、たった一冊、その時を待ちかねていたかのように佇んでいた本。それが今、エルキアの手によって現実の世界へと引き戻された。


「マスターエルキアもお読みになったことがあるのですか?」


「あるわよ、ティアズ国に流れたロギア・レコードの写本を回収する任務を受けたことがあるわ。原本は初めて触るわ」


「スイ、ロギア・レコードを読んだことがあるのよね?読んだ感想は?」


「はい!エルフの悠久の歴史を詳細に書き綴られて、月の女神様を称える素晴らしいものでした!」


スイの純粋な称賛を聞き、エルキアは「ふっ……」と、自嘲気味な、どこか冷めた笑みを漏らした。

「お父さんはね……極度の宗教嫌いで、神の存在なんて欠片も信じていなかったわ」


「え…!?そんなことがあるのですか!?」


「私はそんなお父さんを知っているから、この本に書かれている内容が本当にお父さんが書きたかったものなのか疑問に思っているの」


エルキアは無造作に頁をめくる。指先が刻む紙の音だけが静寂に響く。

「……内容は写本と変わらなそうね。相変わらず、綺麗事で塗り固められた里の歴史ばかり」


エルキアは目を細め、革装丁の隅々、紙の綴じ合わせに至るまでを、獲物を狙う鷹のような鋭さで調べ上げた。そして、ふっと肩の力を抜いたかと思うと、その瞳から光が消え、深い陰が落ちた。


「これはお父さんが書きたかったものじゃない……」


エルキアは項垂れ、垂れ下がった銀髪でその表情が隠れる。失望か、それとも深い悲しみか。その沈黙に、リーンネェムが心配そうに声をかけた。


「エルキア……」


その瞬間、エルキアは豹変した。

「――ああ、もう、やっぱりね!!」

不意に、エルキアは本の表紙だけを力任せに掴むと、周囲が息を呑むほどの速度で、それをベリリと引きちぎった。


「マスターエルキアッ!なにも本に癇癪かんしゃくをぶつけなくても……!」

スイが半泣きで叫び、ヒョーバルも仰天して身を乗り出す。だが、エルキアは冷然としたまま、剥がした表紙の「裏」を彼らに突きつけた。


「よく見なさいよ……背表紙の裏を」


「これは……鍵!?」


引き裂かれた背表紙の裏側の空洞に、黄金色の鍵が隠されるように固定されていた。持ち手部分であるヘッドには、繊細な花の刻印――リニュイェルが愛した、エルフの里には自生しない異国の花のデザインが施されていた。


「本そのものはダミーよ。検閲を通すためのね。真実は、この鍵の先にある……お父さんは、私にこれを見つけてほしかったのよ」


黄金の鍵を手に、一行は禁書庫を後にした。数万の叡智に囲まれた整然たる空間は、今やエルキアにとって「偽りの皮」を剥ぎ取った後の抜け殻に過ぎなかった。


「しかし、鍵だけ見つけても、どこで使うものかわからないのであれば意味がありませんね……。禁書庫のどこかに、これに合う鍵穴でもあるのでしょうか」


スイが不安げに呟く。黄金の鍵は美しく、だが沈黙を守ったままだ。


「そうね……。少なくとも、この禁書庫にはもう用は無くなってしまったわ。ここにあるのは、誰かに『見せても良い』と判断された、選別済みの歴史だけよ」


エルキアは迷わず出口へと歩き出した。その背中には、リニュイェルが遺した本当の意図を掴み取ろうとする、焦燥と確信が入り混じった熱が宿っていた。


大樹の書庫を後にし、一行は再び地上へと戻った。


「……振り出しに戻ってしまいましたね。原本がダミーで、中身が鍵一本だったなんて。マクシミリアン様に相談すべきでしょうか」


肩を落とすスイに、エルキアは足を止めずに答えた。


「落ち込む必要はないわ、スイ。お父さんが鍵を『本』の中に隠したのなら、その先は『家』にあるはずよ。……私の生家に行きましょ」


里の中心部から離れ、鬱蒼うっそうとした木々に囲まれた里の最果て。

そこには、長い間主あるじを失い、自然に飲み込まれつつある一軒の家があった。


「ここがエルキア様の生家……。リニュイェル先生も、ここで暮らしていたのですね」


スイが感極まった様子で、荒れ果てた外壁を見つめる。手入れのされていない庭には、膝の高さまで雑草が生い茂り、かつての花壇は枯れ果てたつるに覆われていた。エルキアにとっては、幼少期の記憶が詰まった宝箱であり、同時に父を失った喪失の象徴でもある。


エルキアは母屋には入らず、脇にある古びた納屋の扉を蹴るようにして開けた。

中から埃まみれのスコップと鎌を取り出すが、鎌の金属部分は赤錆に侵され、少し力を込めただけでボロボロと崩れ落ちた。


「……使い物にならないわね。年月を感じるわ」

エルキアは錆びた鎌を投げ捨てると、背後に控えていた大男に視線を投げた。


「はい、ヒョーバル。力仕事は任せたわよ。あんたのその鍛え上げられた筋肉、こういう時に使わなきゃ宝の持ち腐れでしょ?」


「り、了解です。マスター。軍人として、土木作業もまた嗜みのひとつですからな」

ヒョーバルはスコップを受け取ると、軍服の袖を捲り上げた。


エルキアは荒れ放題の庭に足を踏み入れると、指先から細かな風の刃を放つ魔法を展開した。風の刃が不快な雑草を根こそぎ刈り取り、道を作っていく。彼女が進む先、庭の奥にある一段高くなった石組みの前で足が止まった。


「ヒョーバル、この花壇の跡を掘ってみて。お父さんが一番大切にしていた、異国の花を植えていた場所よ」


「御意」


ヒョーバルが力強くスコップを地面に突き立てる。湿った土が跳ね、沈黙していた庭に作業音が響き渡る。リーンネェムとスイが固唾を呑んで見守る中、数分が経過した。


――ガキッ。


鈍く、重い金属音が静寂を破った。


「……当たりだ」


ヒョーバルの顔つきが変わる。彼は慎重に、しかし素早く周囲の土を掻き出していった。そこから現れたのは、土の色に擬態するように塗装された、重厚な魔導合金製のハッチ――隠し通路の扉だった。


扉の中央には、先ほど禁書庫で見つけた黄金の鍵と同じ「花の刻印」が、誇らしげに刻まれている。


「恐らくこの鍵で、扉が開くはずよ。……お父さんの、研究室ね」


エルキアは黄金の鍵を取り出し、震える指先で鍵穴へと差し込んだ。


ゆっくりと確実に鍵を捻る。


カチャ…


その音を聞き、スイとリーンネェムは目を見合わせて喜びを表現する。


数千年の歴史の裏側、そして一人の考古学者が命を懸けて守り抜いた「真実」が、今、錆びついた音を立てて動き出そうとしていた。


百三十四章読んでいただきありがとうございます。



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