滝沢馬琴に転生した件
滝沢馬琴に転生した件
転生というのはあれだ。生まれながらにして過去の記憶を持っていたりとかスキルがあったりとかする、羨ましいものだろう?
でも、この転生はちーと違う。ある日今まで普通の人間だった若者が突如として江戸時代の作家、滝沢馬琴になっちまっただけ、というだけの、ただそれだけのお話さ。
興邦は生前しがないネット小説家であった。ただ、己の思うままに作品を残し、それゆえにあまり評価されなかったのだ。
「二度目の人生、評価なく終わるのは辛いぞ」
正当に評価されないと嘆くのは小説だけではなかった。もとより小説家志望であった興邦は小説家になることなく一般的な企業に就職した。そこでも頑張りが認められず、そして、死んだ覚えもないのに転生して、江戸時代の有名な作家である曲亭馬琴、またの名を、滝沢興邦に転生していた。
転生していたのだが、その先は、馬琴が失明したとされる70代の頃であった。
「老人に転生して、先は長くないけれど、でも、俺は二度目の人生を楽しもう」
そう思い、作りかけの小説である『南総里見八犬伝』を書こうと興邦は思ったのだが――
「いかんせん、文字が読めず、また、書くことも能わぬなり」
興邦には江戸時代の墨で書かれたミミズのような字は書けず、また、読めもしなかったのだ。だから、執筆には協力者が必要だったのだ。
「路。お路や」
「はい」
襖を静かに開けて、色白の美しい娘が顔を出す。
「八犬伝を完成させたい。だが、どうもわしは頭が悪くなってしまった。病んでしまったので、文字が読めない。だが、口で話すことはできよう。だから、路に代筆を頼みたい」
「ええ。構いません」
齢三十を過ぎても衰えぬ若さがお路にはあった。興邦は一人息子の嫁であるお路を天女の生まれ変わりと思っていた。
「って、わし、結婚しちゃってるんだな」
「何をおっしゃっているんですか?それとも、八犬伝の書き出しですか?」
「え?」
興邦は目を丸くする。
「小説はまだ書けていないのか」
「はい」
一体馬琴は何をしていたのかと興邦は責めるが、今の馬琴は興邦である。
「お父様は書く、書くといって一度も読み本をお書きになったことはございません。全て夫の興継が書きました。医者ながら文学の才能もありました」
「林太郎先生みたいだな」
「どなたです?それよりも書きはしないのですか?」
「書こうともさ!わしは昨日今日のわしとは違うんじゃ!」
「毎日そうおっしゃって」
だが、ここで興邦は前世での失敗を思い出す。己の好き勝手に書いた自慰小説では売れないと考えたのだ。だが――
「きっと世の中は転生とかチートがいいんだな。あと異世界と。別に江戸時代にそんな作品があってもおかしくはない!」
ということで、興邦はお路に小説を書かせ始めた。
「主人公は犬に転生したけど、姫に恋して守って命を落とすんだ。そこで、また転生すんだが、世の中には魔王が現れて人々を苦しめていた――」
「魔王を倒すためにはエンブレムを持った仲間を集めなければならず――」
「それぞれ転生してるから、チートなスキルがあって――」
「主人公の剣からは水流カッターが出るのがいいな」
そんな老人の譫言をお路は紙に書き記していく。
だが、興邦の申したことをそのまま書いたのではない。興邦が言っていることはお路にも分かりえなかった。なので、大まかに言っている内容を整理して、また分かりやすく、時代に合わせた作品へと作り替えていった。
それがお路が才女と呼ばれるゆえんである。さらに補足するなら、興邦の息子、興継が書いたとされる作品も、才女お路が興継名義で書いたものであった。
曲亭馬琴の代表作『南総里見八犬伝』が発表されてから、興邦は微妙に内容が異なっていることに気がついた。だが――
「時代に合わせた改変となってるんだろう」
と気にも留めなかった。
「お路!次は悪徳令嬢だぞ!」
なおも譫言のようにわけのわからないことを言っている興邦の言葉を片耳にしながら、世の中は心中ものだな、とお路は次回作の内容を考えていた。




