閑話2 同行、……者?(神?)
神様でもなんでもいいです。俺に会話のキャッチボールが出来る相手をください。
デッドボールでもいい、せめて正面にボールを投げてくれる相手が欲しいのです。この、自称神様の暴投ぶりは酷い。酷すぎます。大暴投なんてもんじゃありません。
開幕と同時、一回表ノーヒット・ノーランなのにバッター無視していきなりサードに送球するようなもんです。サードもビビります。突拍子がなさ過ぎて、投げる方向すら予想出来ません。
贅沢は言いません。こいつが神様なら、それはそれでもういいです。天に回収してください。そして俺にまともな会話が出来る相手をください。
ダメ元にもほどがあるが、俺は隣の自称神様を拝んでみた。
腹ただしいことではあったが、それだけ切羽詰っていたのである。
そうしたらば、分かっているのだか、いないのだか、エレの奴がドヤ顔でふんぞり返ってきた。
腹が立ったのでスリッパで頭をはたいた。いつもの如く「何それ」だとか「理不尽だ!」とか叫んでいる。
スリッパを手に、今更ながら、これこいつが見た目通り中東圏、ムスリムの人間だったらアウトだなぁ、と思う。
ムスリムでなくても本当はアウトなのだろうが、際限なくボケ続ける相手に対応する手段が、他に思いつかない。
何よりちょうど殴りやすい位置にこいつの頭が……、いや、なんでもない。
このような荒くたい方法が好ましいとは、決して思ってはいないのだが、スリッパで叩くことにより話のオチがつき、方向転換する、という流れが定着してしまったがために、他の手段を取り難くなってしまったのだ。
これでも唯一の日本語要員である。仲良くしていきたいし、互いに建設的な関係を築きたい。
そう思い、そっと、懐にスリッパをしまった。
「どうした? 黙って。そうか、ついに俺という素晴らしい神の存在に感謝の念を抱いたのだな!」
エレが踏んぞりかえって言った。
俺は無言で懐からスリッパを取り出し、こいつの頭をはたいた。
雨が降ってきたので、「雨宿りをしたい」と言ったら、こいつの家に連れて行かれた。
こいつは自分の家だと言い張るが、どう見てもこれは堂とか祠である。一番近いのは関帝廟。中華街にある、あれである。
あの真ん中にある煌びやかなお堂だ。普通は、あれを家とは言わない。
あそこまで綺羅綺羅しくはなく、全体的に木目を生かした地味な色味で作られていたが、形はそっくりだ。どう考えても住居じゃない。段下にある少しばかりの板の間と、本来神像などがあるスペースにせいぜい二人寝転がれる程度の広さである。
他に部屋もなさそうだ。人が住むには狭すぎる。
しかも、祠の正面には、額に入った巨大な看板が張り出してあった。
そしてそこには漢字で『影麗社』と、でかでかと書かれていた。
……なんで漢字なんだ? それに「女神エイレイシア」って「えいれいしゃ」?
闇の神だというから「影」は良いとしよう。「麗」も、まぁエレ曰く、女神らしいから、ここは良いとしておこう。だが、この「社」は何だ?
これは名前じゃねえよな? 名前の一部じゃなくて、どう考えても会社とかお社の「社」だよな? 「影麗」の「社」って意味で使われているよな?
建物の外観がまさしく祠やお社といった態なのだから、これは正しく「社」なんじゃないのか?
何というか……、これは本当に神の名前なのだろうか? そこからして怪しくなってきた。
ここは本当に、エレのいう女神とやらと関係があるのか? そもそも「エイレイシア」という神は存在するのか?
だいたい、「エイレイシア」の愛称が、何故、「エレ」なのだろう?
ここはせいぜい「エイ」か「シア」、はたまた「レイシア」といったところではないのか? どこで「イ」が消えた? それともこいつの場合、最初の一文字だけでも合っていることを良しとするべきか?
……何か、短いつきあいなのに、こいつへのハードルがすごく下がっている気がする。
この足下から覚束なくなるような意味不明さ。それでこそエレ。流石だぜ。
雨上がりの空にリョコウバトが飛んでいるように思ったが、何かを見間違えたか、気のせいだったのだろう。
リョコウバトとは1914年に絶滅した、昔のアニメ映画にも出てくる有名な鳩で、ドードーやジャイアントモアと共に絶滅動物の代表的存在である。
世界で最も数が多いといわれていた鳥で、20世紀初頭にはおよそ50億羽いるといわれていたのに、北米大陸に西洋人が移住してから乱獲されて、たった数十年で絶滅へと追いやられてしまった。人間の手によって種の根絶が成されてしまった象徴のような鳥なのである。
その生き残りがマダガスカルで生息していったとなれば、大発見である。ニュースや新聞のトップを飾ること間違いない。
確認しようとエレを呼び止めているうちに見失ってしまったが、いくら何でも本物のリョコウバトということはないだろう。きっとオビオバトか何かと見間違ったのだ。オビオバトがマダガスカルにいるかは定かではないが。
その後、カロライナインコに似た鳥も見たが、きっと別の鳥だったのだろう。ここはマダガスカル、独自の生態系で有名だ。知られていないだけで、そういったよく似た鳥も生息しているのに違いない。
エレはしきりに泊まってゆくよう勧めてきたが、朝になったら不法侵入で逮捕されていた、などという落ちはイヤだったので、丁重に断って、先ほどの草原に戻ることにした。
毛布とシーツを渡されたので、それはありがたく受け取った。
そのうちに迎えは来るだろうが、もしも遅くなるようなら、暖をとれるものがあるのは助かる。
きっと何らかのトラブルで予定が押しているのだとは思うのだが、そろそろ夕方だし、すぐにでも迎えは来るだろう。その時に、俺の所在が分からなかったりしたら困ると思うのだ。
おそらくエレは、俺をここに送り込んだヤツの手先だと思うので、大丈夫だろうとは思うのだが、万が一ということもある。
実は、俺をここに送り込めるだろう人物に、一人だけ心当たりがあるのだ。
俺と同じ学校に、腕装着型携帯情報端末、通称We-aの開発者であり、カード型端末と水溶性プログラムを国内に初めて導入し、独占販売権を持つ男の唯一の血縁者がいるのだ。本人は隠しているようだが、そんなものちょっと調べればすぐ分かる。
血縁とはいえ、家の金を自由に動かせるとは思えないが、自家用セスナを持ち、遠足のバスの中から国外に、人間一人を本人の意思に関係なく連れ出せる者などそうそういないだろう。普通は有り得ない。そんな融通を利かせられそうな身内がいる時点で、あいつが関わっていることは間違いない。
彼の企業の創設者は、会社と血縁は別だと公言し、身内を会社に関わらせることも、それを後継にすることもないと断言してはいるものの、あの世界的企業の令嬢が、私立であり、この近隣ではセキュリティが高いとはいえ、わざわざ地方都市の高校に通い続けているのは、もしかして、もしかするのかもしれない。
――俺はどこかで、彼女に見初められてしまっていたのか。
そうでもなければ説明がつかない。あの特別扱いが嫌いな、いつも自身の実力を誇示したいようなあの女が、家の力を使ってまで俺をマダガスカルまで運ばせるだなんて、よほど強い思いがなければしないだろう。何だ、あいつ、俺に惚れてたのか。
気の強い女だと思っていたが、俺の誕生日のサプライズをしたいだなんて、可愛いところもあるじゃないか。
あれか。あの乱暴な扱いも、どうでもよさ気な口調も、男顔負けの行動力で持って何やかんやと巻き込んでくれたのも、俺に惚れていたからなのか。全てが照れ隠しから来ていた言動だったのか。
こんな手のこんだサプライズをするとは、あいつ、よほど俺に惚れているんだな。
今まで、そういう対象として考えたことはなかったのだが、よく考えてみたら結構いいかもしれない。
あの性格は元より、顔立ちも好き嫌いが分かれるタイプではあるが、不細工ではないし、あいつスタイルいいしな。
足とか腰とか手首とかは引き締まっているのに、胸は結構でかい。足も細いだけでなくて、こう、ほどよく肉がついて弾力がある感じ。
制服から綺麗に鎖骨が覗いていて、くびれもあるけど、必要なところに必要な肉はきっちりついてて、何というか……。うん。
あいつがやってきたなら、いきなり怒ったりはせず、たまには優しくしてやろう。
今まで男友達みたいな扱いだったからな。きちんと女性として扱ってやろう。
そうか、ついに俺も彼女持ちか。意外な相手ではあったけれど、あのじゃじゃ馬と付き合えるのは俺くらいかもしれないな。器のでかい男だからな、俺は。暴走しがちなあいつを、俺が受け止めてやろう。
あいつ、感激するだろうな。感動のあまり飛びついてきたりしてな。あいつジャンプ力があるから、結構上の方までジャンプして、俺の顔ら辺まで、あの胸が届いくかもしれない。あいつのことだから俺が放せと言っても構わずギュウギュウ押し付けてきたりして。何回言っても聞かないから俺は仕方なくあいつがやりたいよう、そのままでいてやるわけだが、興奮したあいつは押し付けた胸を右に左にと……。まぁ、俺は仕方ないから……。そうして欲しそうだから、あいつが強請るから仕方なく、だな……。
そうして、付き合ってからのあれこれを思いつつ、吟味しながら、日が沈み、夜が更け、朝焼けが見えるまで、俺は待ち続けた。
……あれ?
結局、朝まで待っても迎えは来なかった。
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