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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
主人公は眠らない
108/108

ポストエピローグ 桜の季節 そしてこれからのプロローグ

 朝は魔法の時間。爽やかな鳥の声と涼やかに差しこむ朝日が心も体も綺麗にしてくれる。見るもの全てが新鮮で、聞くもの全てが心地良い。朝起きたらまずは愛しの彼にご挨拶。写真立の中に居る彼に私は微笑んでくれていて、

 ──その隣の置時計が目に入った。

「げ」

 清々しさは一瞬で消え去って、私は飛び起きて、慌てて着替え、用意もそこそこに部屋を飛び出した。

「きゃー、遅刻遅刻―」

 リビングでは既に弟が朝食を摂っていて、駆け込んできた私を見ると呆れた様子で呟いた。

「本当に遅刻遅刻なんて言う奴初めて見た」

「うるさいなぁ。て言うか、起きてたなら起こしてよ!」

 弟は食パンを齧りゆっくりとした調子で口をもごもごとさせて飲み下してから、ようやく口を開いた。

「だって先に行ってたと思ってたし」

「何で?」

「いや、だってさ、朝飯食いに出て来たら姉ちゃんも母さんも父さんも誰も居ないから、先に行ったと思うじゃん」

「お父さんとお母さんも?」

 その時、廊下から大きな音と共に叫び声が聞こえた。

「ああ! もうこんな時間! ちょっとあなた!」

 叫びと共にどすんばたんという音がして、すぐに鳴りやみ、しばらくしてまた叫び。

「寝ぼけた事言ってないで早く起きて! 遅刻するから!」

「何! ああ、本当だ!」

 そうしてどたんばたんという音が響いてくる。多分、慌てて用意をしているのだ。先程の私と同じ様に。弟はゆっくりとココアを飲み干して言った。

「似た者同士。俺以外ずぼらすぎ」

 反論したいが言い返せない。確かに余裕を持って起きたのは弟だけなのだ。

 と、そこでふと気が付く。

「そういえば、在校生って今日一時間早いんじゃなかった?」

「え? あ!」

「なんかもう時間過ぎてない?」

「やべ!」

 弟が慌てて立ち上がると、鞄を拾い上げた。

「やーい、結局あんたが一番ずぼらー」

「うっせぇ! 勘違いしただけだし!」

「でも、もう遅刻だよねぇ。私達はぎりぎり間に合いそうだし、遅刻するのはあんただけじゃん」

「まだ間に合う!」

 そう言って、弟は飛び出していった。

「もう完全に遅刻だよー」

 追い打ちを浴びせてみたが、聞こえているのかいないのか、玄関を開く猛烈な音がして、窓の外から激しい靴音が聞こえてくる。

 ちょっとすっきりしたのもつかの間、こちらも時間が迫っている事に気が付いて、私は急いで準備を終えて、家を出た。高校への道をひた走る。

 高校に着いて校舎に備え付けられた時計を見ると、まだ五分あった。間に合った。流石に卒業式に遅刻なんて恥ずかしすぎる。安堵した私は走るのを止めて、校舎に入り、階段を上って教室へ着いた。普段通りだ。最後の登校だっていうのに何も感じない。卒業するという実感が湧かない。それを残念に思いつつ、私は教室の扉を開けた。

 教室の中は卒業式だと言うのにいつもと変わらぬだらけた様子だった。たったそれだけ、いつも通りの光景のはずのに、何故だろう、私の中に瞬く間に寂しい気持ちが満ちた。今日で終わり。そう思うと、何だか教室に入り辛い。入り口でためらっていると、頭を叩かれた。

「おい、こんな所で立ち止まってないでさっさと入れ」

 担任に促されて私は慌てて席に着く。もうクラスの皆は整然と席に坐って、一瞬前の喧騒は消えていた。それもまた見慣れた光景で、いつもは何とも思わなかったはずなのに、再び悲しみが湧いた。

 面倒臭がりだった担任らしい小ざっぱりとした最後の言葉が終わると、体育館へと移り、卒業式が行われた。卒業生、在校生、教師、家族、沢山の人が居る。

 私の家族の姿も見える。両親と私の目が合った。すると両親は大きく手を振って、その行為が周囲に注目された事に気が付いて赤面し、以後は大人しくしていた。それでも時折目が合うと、恥ずかしそうに微笑み合った。弟は在校生一同が唱和する所で何だか周りから小突かれていた。多分、言葉を間違えたのだろう。別に遅刻が直接の原因ではないだろうが、私は思わずほら見た事かと呟いた。すると弟はまるでその呟きが聞こえたみたいにこちらを睨んできて、何か豪い剣幕で口をパクつかせていた。

 私は始めの内こそ悲しくはあったけれど、隣の子が泣き出した瞬間から徐々に覚めていき、終わる時にはほとんど何も感じなくなっていた。ああ、これで終わりかだとか、泣いている人は偉いなぁだとか、そんな淡白な思いを微かに抱いていた。

 卒業式が終わるとそのまま解散。けれど私達は校庭で最後の思い出づくりを始めた。

「へい! 法子!」

「痛!」

 お尻を叩かれた衝撃で前に飛びあがった。振り返ると親友の摩子がにやにやとした笑顔を浮かべていた。

「何すんの!」

「そんな事より良いの?」

 摩子が離れた場所を指差す。

「ボタン取られちゃうかもよ?」

 見れば女子の人だかりが出来ていた。その光景の意味を悟った私は一瞬で寒気だって、慌てて駆けた。人だかりに手を差しこみ、

「どいて!」

無理矢理その群れを押し退けて、中心に居る男子に手を伸ばす。

「将刀君!」

 私が声を掛けると、

「お、法子」

将刀君はすぐにこちらを向いてくれた。

「ボタン頂戴!」

 一斉に周りの女子に睨まれた。だがそんな事に構ってはいられない。むしろだからこそボタンを貰わなくてはならない。

 将刀君はブレザーを摘まんでみせて、

「良いよ。第二ボタンだっけ?」

 周囲の目がきらりと光る。ブレザーには二つボタンが付いている。残りのボタンを貰う算段をしているに違いない。事実、中学校の卒業式では学生服の第二ボタン以外の全てを他の女に持って行かれた。

 かつての失敗を繰り返すつもりは無い。私は恥も外聞も捨てて周りに聞こえる様に大きく叫んだ。

「ううん、両方共! それから袖のも」

 驚愕と敵意と嫉妬と殺意が私に突き刺さった。そんな中で私はじっと耐えて将刀君の反応を待った。しばらくブレザーを見下ろしていた将刀君はやがてあっさりと頷いてブレザーのボタンを引きちぎった。

「良いよ、どうせもう着ないし」

 あっという間に、ボタンは全部取れて、私の手に手渡された。私はそれをぎゅっと握りしめる。温かかった。

「高校も終わりだな」

「そうだね。離れ離れになっちゃうね」

 ちょっとしんみりとした状況だ。こちらを睨みつけてくる女子達が居なければ。

「ま、遠くに行く訳でも無いし、すぐに会えるけどな」

「浮気しちゃ駄目だよ?」

 信頼していない訳ではないけれど、私はそう言った。

 将刀君はこちらを力強く見つめて、

「安心しろよ。俺にはお前しか見えないから」

そう言ってふっと笑った。

 思わずぶっ倒れそうになったのを何とかこらえた。頭の中の私の嬉しい悲鳴と周囲のけたたましい悲鳴が奇妙に共鳴する。嬉しすぎる。変な風ににやけていないかと心配になった。周りから「私もあんな事言われてみてぇ」と言う声や「マジで、あの女殺す」という声が聞こえてくる。勝った。周囲の雑音全てを無視して、私は将刀君に笑いかけた。

「ありがとう。私も将刀君しか見られない」

 ありったけの思いを込めてそう言った。

 すると突然将刀君が笑い出した。何か変な事でも言っただろうか。私としては渾身の言葉だったのに。不安が一気に広がった。私がじっと将刀君を見つめると、すぐに笑いが止んで弁解する様な口調になる。

「悪い。ただなんか漫画みたいなやり取りだなって思ったら面白くて」

 確かにそうかもしれない。けれど幾らなんでもこの状況で笑うのは失礼だ。私が目と表情で思いっきり不快を告げると、将刀君は「悪い悪い」と半笑いの表情で、まるで反省した様子も無く、その上輪の外からの

「おーい、将刀! こっちで一緒に写真撮ろう!」

という言葉に、

「あ、晴信」

と言ってから、大きく手を振って

「分かった、今行く!」

と言ってのけた。

 私がますますしかめっ面を強くすると、将刀君はちょっと困った顔をしてからもう一度悪いと呟いて、それから私の耳元に口を近付けた。

「結構嬉しかった」

 そう言って、将刀君は私に手を振って、その場を離れていった。女子の群れもそれに釣られる様に付いていき、向こうの女子の集団と合わさって更に大きくなる。私は一人その場に取り残された。

 頭についた結構という言葉には不満が残るものの、私は一瞬前のやり取りに顔を火照らせて、その場で硬直して立ち尽くした。嬉しさと恥ずかしさが綯い交ぜになって、心の中は荒れ狂っていた。

「良かったじゃん。ボタン貰えて」

 背後から声を掛けられて振り返ると、摩子が笑っていた。

 私はしばらくそのなじみ深い顔を見つめた後、猛る心に任せてチョップした。

「ぐへ、何で?」

「いや、何となく。居ても立っても居られなくなって」

「相変わらず訳が分からない」

 親友への攻撃で心を静めた私は気になった事を尋ねた。

「摩子ももうボタン貰ったの?」

「私はそんな風習には興味ないから」

「風習って……でも、他の人にとられるの嫌じゃない?」

「そっちと違って、私の彼氏はそんなに人気じゃないからね」

 摩子は笑ってそう言ったが、その後ろでは何人かの見知らぬ女子に話しかけられている摩子の彼氏が居る。私はそれをそっと指差した。

「良いの?」

 摩子が振り返る。

 次の瞬間には彼氏へ向かって駆け出して行った。

 それを笑って見送っていると突然肩を叩かれた。

「よっす、法子」

 陽蜜が快活にまるで陽の光に煌めく様な笑顔を浮かべた。

「あ、陽蜜。陽蜜が大学行くなんて意外だなぁ」

「え? 何々? 何度目それ。最後の最後まで喧嘩売っちゃう訳?」

「いや、ホントに意外だったから。だってモデルなのに学校行くんだぁって」

「あのね、私はこの美貌とトークと知性と、後何かとにかく沢山引っさげて、頂点に立つの」

「そうなんだ。でも実際、事務所の意向なんでしょ?」

「う」

「大変だね。頑張って」

 何だか今までに何度もやってきたやり取りを卒業式にまで繰り返す必要は無い気がして、私は適当に切り上げ、陽蜜の隣の実里を見た。実里は優しげなふわふわとした笑顔を浮かべている。

「何、法子?」

「ううん、実里はいいや」

「え、酷い!」

「だって実里は一緒の大学だし」

「でも学部違うじゃん」

「まあね。でも一番意外なのは叶已だよね」

 そう言って実里の隣に立つ叶已を見る。

 実里もふわふわとした笑顔で隣の叶已を見下ろした。

「ねー。まさかマサチューシェッツ工科大学なんてね」

「今噛んだ」

「じゃあ、法子言ってみてよ」

「マサチューチェッツ工科大学」

「マサシューシェッチュ工科大学」

「陽蜜は良いよ。まあ、そのマサ何とか大学ね。まさか外国の大学に入るなんて」

「そうですか?」

 叶已が眼鏡を直しつつ、如何にも見下していますという涼しい笑顔を向けてきた。

「マサチュースッツ工科大学なんて、私にとっては法子の家の鍵を開けるよりも簡単でしたけど」

「止めて」

「でも会いにくくなるよなぁ」

「大丈夫です。今は繋がる方法なんて幾らでもあります」

「でも時差とかあるじゃん。あんまり直では話せないよな」

「あ。そういえばそうでした」

「まあ、最悪魔界通って行けばすぐだよ」

「でもそれも許可が必要じゃん」

「大丈夫。内緒でやれば」

「いや、普通に不法入国ですからね、それ」

「ルーマなら許してくれるよ」

「いえ、アメリカの方の」

 陽蜜達と喋っていると、次第にクラスのみんなが集まって来て、摩子も戻って来て、全員が集まったところで集合写真を撮った。それでお終い。後は校門を出たらクラスは離れ離れになる。みんなで何か食べに行こうという提案もあったけれど、結局用事のある人が多くて立ち消えになった。私も家族と食事に行く。もう会えないというのに、こんな事で良いのだろうかという思いも心の端にはあるけれど、でもこんなものかなという思いが強かった。誰かが「うちのクラスらしいな」と言った。みんな笑って同意した。私もそうだと思った。行き先の違うクラスメイト達は校門までのとても短な最後の旅路を楽しんだ。

 親友だった摩子達ともお別れ。摩子は陽蜜達と何処かへ食べに行くらしい。私は誘われたけど辞退した。校門を出たら二人の道は違う。隣に並ぶ摩子が何だか黄昏た様子で遠くを見ながらぼんやりと呟いた。

「ねえ、約束憶えてるよね?」

「勿論」

 私もぼんやりとそれに応えた。何だか心がごちゃごちゃとしていて、しっかりと思いを抱けない。

「一緒に国際のAランクに合格だからね」

「分かってるって」

「修行さぼっちゃ駄目だよ」

「そっちこそ」

 校門を抜けた。

「じゃあね、法子」

「うん。じゃあね、摩子」

 私達は分かれる。約束だけを結び付けて。いずれ約束の糸を辿って出会うのだろう。細い糸に引き合わされた未来の自分と親友を思い描きながら、私はそんな事を思って、校門の外で待っていた家族と合流した。

 卒業祝いの食事を終えて帰って来た、高校生でなくなった私は、布団に転がりながら明日からの日々に思い悩んだ。

 小説をぼんやりと眺めながら、ようやく私は決心する。

 明日は摩子達と大学に着て行く為の服を買いに行こう。将刀君と遊びに行くのは明後日だ。


 大学というのは不思議な所で、種々雑多な人々が過去と現在と未来を交差させて、驚く程多様な物語を織り成している。それらの物語は余りにもあっさりと余りにも無造作に、そこら中で語られ消えていく。

 授業の無い教室でまた一つの物語が語り終えられた。

 皆が拍手を送る。

 ただ一人、片腕が無く拍手の出来ない聞き手が楽しげに微笑んで言った。

「良いじゃないか。とても珍しい話だと思うよ」

 語り手は恥ずかしそうに首を横に振る。

「そんな」

「まさか君があのヒーローだったなんてね」

 片腕の無い聞き手は辺りを見渡した。

「ほら、みんなだって君に質問したそうにうずうずしてる」

 それを合図に皆が語り手に向けて質問し始めた。語り手は恥ずかしそうにしながらも丁寧に一つ一つ答えていく。

 やがて質問が終わり、それを以って、新入生達の過去語りは終わりとなった。

 皆が満足そうに立ち上がり、この後のお店を選び始める中、語り手の横で、片腕の無い聞き手が小さく笑い声を漏らした。

「どうしたんですか?」

「ん? いいや、私事だよ」

 聞き手は目を細めてそれを否定したが、尚も問いたげな語り手の顔を見て楽しそうに言った。

「ただみんな同じ役割なんだと思っただけだよ」

 語り手は不思議そうに首を傾げた。

「つまり誰もが主人公でありながら、同時に脇役だという事さ。逆も言えるね。誰もが脇役であり、同時に主人公なんだ」

 やっぱり語り手には分からない。確かに語る中でたった一人の為だけの主人公になりたいとは言ったけれど、その事とは違う気がした。

 聞き手は語り手に優しげな流し目を送る。

「つまりは物語というのは誰もがその全容を知っていて、同時に誰もがその全容を知らないんだなって思ったんだ。一つの物語の中には視点によって沢山の物語があって、私の語った物語は私の視点に押し込められているし、君の語った物語も同じ。君は伝聞や想像を様々に使ったけれどそれも結局君を通したものだ」

「つまり目に見て、耳に聞いた事しか語れないって事ですか?」

「んー? まあ、そうかな」

 語り手には聞き手の言いたい事が分からない。

「それが何だって言うんですか?」

「特に君にとって有用な意見はないよ。最初に言っただろ? 私事だって。ただもしも今の戯言から普遍な結論を導こうとするなら、誰かにとっての真実なんて存在しないといったところかな。私にとっての結論は、私の知らない幸せがあってくれたら良いのになと言ったところだ」

 今回の物語りの中で聞き手が家族を失った話を語っていたんだと、語り手は思い出した。その時丁度お店が決まった様で声がかかり、皆が移動し始める。移動の中で、語り手は聞き手を見失って、謝る機会を逸してしまった。

 何となく重たい気持ちの中で、語り手は思う。

 もしも自分の語ったあの事件を本物の主人公の視点で語るとするならば、一体自分はどの役割なんだろうと。

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