第一章 二人の日々
結婚してから、二人は村の南側にある古い家で暮らし始めた。
家は広くなかった。
入ってすぐのところに木の机があり、その横に二つの棚が置いてある。ベッドは壁際に寄せてあり、脚の一本が少し緩んでいた。夜、寝返りを打つと、ときどき小さな音がした。
窓も小さかった。
冬になると、隙間から風が入ってきた。
結婚したとき、新しく買いそろえたものは多くなかった。
新しい布団が一組。
茶碗と箸が二人分。
それから何着かの新しい服。
あとは、それぞれの家から持ってきたものをそのまま使った。
二人とも分かっていた。
暮らしは、いきなり良くなるものではない。
男は周といった。
女は劉といった。
二人は結婚する前にも何度か会っていた。
けれど、相手のことをよく知っていたわけではない。
当時、村で縁談があると、まず聞かれるのは家族が何人いるのか、仕事はあるのか、ちゃんと働けるのか、といったことだった。
周の家は兄弟姉妹が多かった。
子どもの頃は貧しかった。
だから、周はかなり早い頃から、金というものがどういうものなのかを知っていた。
欲しいか、欲しくないかという話ではない。
そもそも、手元にあるのかどうか。
それだけだった。
劉の家にも、金はあまりなかった。
彼女はあまり学校へ行かなかった。
十代の頃から家の仕事を手伝っていた。
畑仕事もできた。
料理もできた。
人付き合いも苦ではなかった。
村で誰かの家に何かあれば、たいてい彼女の耳に入ってきた。
ある日、周が外から帰ってきて、椅子に腰を下ろすと、劉が言った。
「東のほうの家、知ってる?」
周は靴を脱ぎながら答えた。
「知らない。」
「ほら、あそこの家。」
「どこ?」
「門のところに木が二本植えてある家。」
周は少し考えた。
「ああ。」
「そこの息子、昨日帰ってきたんだって。」
「帰ってきたなら、それでいいだろ。」
劉は周を見た。
「あなた、本当に何にも興味ないんだね。」
周は笑った。
「一日中働いて疲れてるんだ。人の家のことなんか気にしてられないよ。」
劉はそれ以上言わなかった。
けれど、しばらくすると、また別の話を始めた。
周は黙って聞いていた。
最初の頃は、それだけのことだった。
結婚して二人で暮らし始めると、本当に向き合わなければならないのは、むしろそんな小さなことだった。
朝、何時に起きるのか。
誰が買い物に行くのか。
家の金をどこに置いておくのか。
正月には、先にどちらの家へ行くのか。
それぞれの親に、どれくらいのものを渡すのか。
親戚から金を貸してほしいと言われたら、貸すのか。
どれも、わざわざ記憶に残すほどの出来事ではない。
けれど、一日一日と暮らしていくうちに、二人は気づき始めた。
どんな小さなことでも、もう自分一人のことではない。
ある日、劉がいつもより遅く帰ってきた。
周は机の前に座って、しばらく待っていた。
「まだ飯できないのか?」
劉は手にしていたものを置いた。
「畑に少し残ってたの。」
「だったら、先に言えばいいだろ。」
「言ったけど、聞いてなかったじゃない。」
周は何も言わなかった。
劉は台所へ行き、鍋の蓋を開けた。
飯はもう冷めていた。
彼女は薪を足し、もう一度火を起こした。
しばらくして、料理を食卓に並べた。
周は二口ほど食べた。
「塩、少ないな。」
劉が顔を上げた。
「そう?」
「ああ。」
「じゃあ、自分で入れれば。」
周は劉を見たが、何も言わなかった。
箸を置き、塩の入った瓶を取った。
自分で少し足した。
それで終わった。
その夜、二人は背中を向けて寝た。
しばらくして、周が聞いた。
「明日も畑に行くのか?」
「行く。」
「どこの畑?」
「南のほう。」
「俺も明日そっちに行く。」
「明日、町に行くんじゃなかった?」
「別の日にする。」
劉は答えなかった。
しばらくして、彼女が聞いた。
「怒ってる?」
「怒ってない。」
「じゃあ、なんで黙ってるの?」
「別に、話すことないから。」
部屋が静かになった。
少しして、劉が言った。
「明日、帰りに塩買ってきて。」
「分かった。」
「忘れないでよ。」
「忘れない。」
二人はそのまま眠った。
翌朝、昨日のことを話す者はいなかった。
二人は少しずつ分かっていった。
夫婦の間にある揉め事というのは、たいてい、こんなところから始まる。
出来事そのものは小さい。
一言だって、小さい。
それでも、二人にはそれぞれの考えがある。
そして、自分のほうがおかしいとは、なかなか思わない。
あるとき、二人は金のことで言い争った。
劉は新しい布団を買いたかった。
冬が近づいていた。
今使っている布団は何年も使っていて、中の綿はところどころ固くなっていた。
「新しいのに替えようよ。」
周は手元の金を数えていた。
「まだ使える。」
「こんなに硬くなってるのに。」
「干せばいい。」
「毎年干してるじゃない。」
「じゃあ、もう一年使えばいい。」
劉はその場に立ったまま、何も言わなかった。
しばらくして、言った。
「あなたは、本当に何でも節約するんだね。」
周は金をもう一度きれいにそろえた。
「今は、そんなに余裕がない。」
「布団一枚くらい、いくらすると思ってるの?」
「少しでも使えば、金は減る。」
「じゃあ、何なら使っていいの?」
周は顔を上げた。
「必要なものなら、使う。」
「必要って、何?」
周はすぐには答えられなかった。
自分でも、うまく説明できなかった。
ただ、子どもの頃から、そういう暮らしをしてきた。
金は、人を喜ばせるために使うものではない。
何か起きたとき、それを解決するために取っておくものだった。
子どもの頃、家に食べ物が足りなくても、誰も何が食べたいかなど聞かなかった。
誰かが病気になったとき、初めて金を借りることを考えた。
誰かが学校へ行くことになれば、どうやって学費を工面するかを考えた。
それ以外のものは、使わずに済むなら使わない。
だから周にとって、古い布団がまだ使えるなら、買い替える必要はなかった。
劉はそうは思わなかった。
結婚したのだから、家のものも少しずつ新しくしていきたい。
それだけだった。
二人とも相手を納得させることはできなかった。
最後に周が言った。
「もう少ししてから考えよう。」
劉は何も言わず、部屋を出ていった。
その布団は、結局その年には買い替えなかった。
夜になって、周は布団の中で寝返りを打った。
確かに、少し硬かった。
彼は布団の端を手で触った。
しばらくして、小さな声で言った。
「来年、買おう。」
劉は答えなかった。
眠っているのかどうか、周には分からなかった。
二人は、その後も似たようなことで何度も言い争った。
金のこともあった。
親のこともあった。
親戚のこともあった。
周は、自分の親が自分たち兄弟を育てるのに苦労したことを知っていた。
だから、正月くらいは少し多めに何か持って帰るべきだと思っていた。
劉も、自分の親が苦労したことは知っている。
けれど、家にある金は限られている。
ある日、周が親のところへ持っていく金を用意していると、劉が聞いた。
「いくら持っていくの?」
「五十。」
「五十は多くない?」
周の手が止まった。
「俺をここまで育ててくれたんだ。」
「持っていくなって言ってるんじゃないよ。」
「じゃあ、何が言いたいんだ?」
「家にも買わなきゃいけないものがあるって言ってるだけ。」
「分かってる。」
「分かってるならいいけど。」
「いつもそうやって言うよな。」
「私が何?」
「……何でもない。」
周は金をポケットに入れた。
劉はその場に立ったままだった。
二人とも、それ以上は何も言わなかった。
しばらくして、周は外へ出た。
夜になって帰ってくると、手には野菜の入った袋があった。
劉は料理をしていた。
袋を見ると、一瞬だけ周の顔を見た。
けれど、金のことは聞かなかった。
周も説明しなかった。
食事の途中で、周が料理を一口食べた。
「塩、ちょうどいい。」
劉は周を見た。
「そう。」
二人とも、少しだけ笑った。
生活というのは、そういうふうに続いていった。
二人は、結婚したからといって、急に夫婦としてうまく暮らせるようになったわけではない。
周には、劉は人のことを気にしすぎるように見えることがあった。
劉には、周は何でも節約しすぎるように見えた。
周は、家には誰か一人、決める人が必要だと思っていた。
劉は、だからといって何でも周の言うとおりにするつもりはなかった。
ときどき、二人はそんなことで言い争った。
声が大きくなることもあった。
ほんの数言で終わることもあった。
それでも、喧嘩が終われば、翌日はまた畑へ行かなければならない。
飯も作らなければならない。
仕事もしなければならない。
一度の喧嘩で、どちらかが家を出ていくことはなかった。
一度仲直りしたからといって、すべての問題が解決したわけでもなかった。
ただ、二人は暮らし続けた。
しばらくして、周は外へ働きに出ることを考え始めた。
村でできる仕事には限りがあった。
家の金にも、いつも余裕がなかった。
外へ行けば、もう少し稼げるらしい。
ある晩、周は劉に言った。
「外へ出てみようと思う。」
劉は針を動かしながら聞いた。
「どこへ?」
「上海。」
針が止まった。
「そんな遠いところ?」
「あっちは仕事が多いらしい。」
「いつ帰ってくるの?」
「分からない。」
「じゃあ、私はどうするの?」
周は少し黙った。
「毎月、金を送る。」
劉はうつむいたまま、また針を動かした。
「金のことを言ってるんじゃない。」
周には、その意味が分からなかった。
「じゃあ、何?」
劉は答えなかった。
ただ、針に糸を通し直した。
部屋が静かになった。
しばらくして、劉が言った。
「向こうでは気をつけて。」
「うん。」
「人と喧嘩したりしないでよ。」
「子どもじゃないんだから。」
「外の人なんて、誰も知らないでしょう。」
「分かってる。」
「何かあったら、家に電話して。」
「分かってる。」
劉はまた下を向いた。
周も何も言わなかった。
二人とも分かっていた。
今回、周が外へ出れば、これまでとは少し違う生活になる。
けれど、どう違うのかまでは分からなかった。
周が考えていたのは、少しでも多く金を稼ぐことだった。
劉が考えていたのは、彼が無事に帰ってくることだった。
二人は、金が増えたらどんな家に住みたいのか、どんな生活をしたいのか、そんな話をしたこともなかった。
二人にとって、「これから」はまだ遠すぎた。
まずは、目の前の生活をどうにかする。
それだけで精一杯だった。
翌朝、周は古い鞄を背負って家を出た。
劉は村の入り口まで見送りに来た。
しばらく歩いてから、周が振り返った。
劉はまだそこに立っていた。
周は手を少し上げた。
劉も手を上げた。
そして、周はまた歩き始めた。
あの頃、二人は結婚してまだ間もなかった。
まだ子どもはいなかった。
その後に起こることも、何も知らなかった。
ただ、これから一緒に暮らしていく二人だった。
これから何度喧嘩をするのかも知らなかった。
いつか、子どものことや金のこと、親のこと、そして暮らしの中のさまざまなことで、また向き合うことになるのも知らなかった。
何十年か経ったあと、自分たちが今の自分には理解できないような人間になっているかもしれないことも、知らなかった。
その頃の二人は、何も知らなかった。
ただ、これから先は長いと思っていた。
だから、少しずつ暮らしていけばいい。
そう思っていた。




