意識を手放しますわ
メグが最後の一本の矢を番えたまま、驚く。
「エンキドゥ!? なに、コイツ、急に苦しみだして、どうしたの!?」
「奴は、ナトリウムを飲み込みましたわ」
「う、うん」
「30分後、わたくしの生成したナトリウムが消えます」
「そ、そうだよね? それが・・・?」
「爆発の時、ナトリウムが奴の腹の中で水分と結合することで、水酸化ナトリウムができた。――そして今、ナトリウムだけが姿を消した。残るのは、水素と酸素の化合物だけ。――あれは非常に不安定な物質ですの。だから安定しようと、辺りの水素と手当たり次第に結合する――奴の腹は暴れまわる超強力な塩基によって体内を攻撃され――」
「う、うん」
「――内臓が溶けた」
「塩基・・・・学校の実験室で扱ったかも」
「今回、奴の腹の中に生成された物の溶解力は、通常ではありえないほど強力です。――いくら内臓が爆発に耐えれても、溶解には耐えられない。モンスターと言っても、しょせん生き物ですわ。メグ」
焔爪と凍牙が、震えながら膝をつく。
だが――焔爪と凍牙はこれで終わらなかった。
それはヤツの誇りだろうか? 恨みだろうか? 本能だろうか?
気持ちはわからない。
最後の力を振り絞り、その凶暴性を私に向けた。
「な―――っ!?」
立ち上がった焔爪と凍牙が満月に照らされ、私に陰が覆い被さる。
背骨に冷水を注ぎ込まれたような感覚を覚えた私は。咄嗟に、焔爪と凍牙に指を突きつけながら、背後を向き、詠唱を開始した。
私の背後には、白い巨大な崖。
脳内と口で、同時に詠唱。
「〖金属生成〗――74 ヴォルフラム―――ッ!!」
(〖金属生成〗――74 ヴォルフラム!!)
2つのタングステン塊が空中に出現。
超重の塊が、焔爪と凍牙の残る頭に炸裂した!
私は、焔爪と凍牙に向き直る。
「ひ、必殺の多重詠唱ですわ! ・・・・どう、ですの・・・?」
しかし私は、タングステンの多重生成で体力を一気に失い、たちくらみがして膝を突いた。
まずい、足が震えて、立ち上がれない。
「グ・・・グルォォォオオオォォォオオオッ!!」
血みどろになっている焔爪と凍牙は、それでもタングステン塊から這い出し、まだ私に向かって爪を伸ばそうとして、くる。
「アリシアさん――危ないッ!!」
メグが私に向かって走ってくる。
だ、駄目・・・来ちゃ、駄目。これで駄目だったら、逃げ・・・て。
私の霞む視界で、焔爪と凍牙の頭上に、タングステンの塊が〝もう一つ〟出現した。
私は、最後の魔法に体力を奪われ、意識を手放した。
「――さん、アリシアさん!! お願い目を覚まして、アリシアさん―――!!」
千切れそうな悲痛な泣き声に、ゆっくりまぶたを開くと、メグの泣き顔があった。
「・・・・メ、グ?」
何滴もの涙が、私の頬に降ってくる。あったかい。
私が、メグの涙を指で拭うと、メグが私に抱きついてきた。
「よかった、よかった、よかった!」
「焔爪と・・・凍牙は?」
メグが体をもたげ、背後に視線を移す。
そこには地に伏し、頭が潰れた狼の王がいた。
「か・・・・勝ちましたわね」
「う・・・うん! うん! でも、アリシアさん、無茶しないでぇ・・・・」
メグがまた抱きついてきた。
「ご、ごめんなさい。だけど・・・今日はもう、帰りましょう」
私がメグの包容から出て、立ち上がろうとすると、足がもつれて転びそうになった。それをメグが支えてくれる。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫ですわ。ただ単に、体力が無くなっただけです」
「じゃ、じゃあ、メグちゃんがおんぶする!」
「た・・・助かりますわ」
私は、メグの背中に体を預けて、帰路に着いた。
「メグ、勝てたのは、貴女のお陰ですわよ」
メグが首を振る。
「アリシアさんのお陰だよ――というか、なんか多重詠唱とか言ってたけど、なんで3つ目が出たの? 口と脳って言ってたけど、――あとなに?」
「山彦ですわ」
「山彦ぉ!?」
メグが私を振り向いた。目を剥いている。
以前、魔法の練習をしながら言った〝アレ〟とは山彦のこと。
「ええ。あの白い崖に、声を反射させたんですの」
「いやいや――えっ!? 山彦って山じゃなくても起こるの!?」
「起こりますわよ、なんなら条件を整えれば、ビルでだって。――学校の校舎で、やったこと無いかしら?」
「ないない、あるわけ無い」
「ふふっ、今度どこかでやってみなさいな・・・・だけど、もう一度言いますわ。勝てたのは、メグのお陰ですわ。焔爪と凍牙に勝った決定的一撃を与えたのは、貴女の一射ですわよ」
「ち、ちがうよぉ」
「いえ。貴女の矢の腕が正確だったからこそ、焔爪と凍牙はナトリウムを飲み込んだ――正直、一酸化炭素の毒で倒せると思ってましたし、――最悪でもマグネシウムの粉塵爆発で倒せるなんて、高を括ってましたの。・・・・ありがとう、わたくしの計算違いを逆転劇に変えてくださって」
「うー。じゃあ、・・・ウチ、ちょっとは役に立った?」
「貴女がいなかったら、わたくしは死んでましたわ」
私はメグに、手のひらを見せる。
彼女はそこに手の平を合わせ、タッチ。
すこし小気味いい音が響いた。
「えへへ。にししっ」
メグが頭を掻いて、恥ずかしそうにした。
「アリシアさん」
「ん?」
「ウチ、銃を手に入れたら頑張るよ。――最強のガンマンになってみせる」
「ありがとう、その意気でよろしくお願いしますわ」




