第4話「深海の兄弟」
島の港は、
朝から騒がしかった。
普段なら静かな商店街にも、
人が集まっている。
『祝・全国優勝』
大きな横断幕が、
風に揺れていた。
中学一年生の凪は、
母親の隣に立ちながら
ぼんやりその文字を見上げる。
「すごいわねぇ、碧くん!」
「島の誇りだな!」
「やっぱり深海の子は違う!」
大人たちは口々に言う。
テレビ局の人まで来ていた。
マイク。
カメラ。
知らない大人。
その中心にいるのは、
兄だった。
まだ中学生なのに、
碧はもう、
島中の視線を集めていた。
「碧ー!」
誰かが呼ぶ。
碧は少し困った顔をしながら、
それでもちゃんと頭を下げる。
凪は少し離れた場所から、
その背中を見ていた。
兄は何も変わっていない。
昨日までと同じ兄だ。
朝早く起きて、
海へ行って、
帰ってきたら眠そうに牛乳を飲む。
たまに凪の頭を雑に撫でてくる。
それだけだ。
でも。
周りだけが、
急に変わってしまった。
「弟くんも泳いでるんだろ?」
知らない大人が、
凪へ笑いかける。
「やっぱり速いのか?」
「将来楽しみだなぁ」
凪は少し困って、
曖昧に笑った。
「……普通です」
「何言ってんだ、
深海の子だぞ!」
大人たちは勝手に期待する。
その視線が、
少しだけ苦しかった。
帰り道。
母親は嬉しそうに言う。
「碧、本当にすごいわねぇ」
父親も珍しく機嫌が良い。
「島の新聞にも載るらしい」
凪は後部座席で、
窓の外を見ていた。
夕方の海。
オレンジ色の波。
綺麗だと思う。
けれど胸の奥が、
少しだけざわついていた。
家へ帰ると、
碧はもう自室へ引っ込んでいた。
騒がれるのが苦手なのか、
少し疲れた顔をしていた気がする。
凪はそっと部屋を覗く。
「……にいちゃん」
碧はベッドへ寝転がったまま、
片目だけ開けた。
「ん?」
「全国優勝、
すごい」
その瞬間だけ、
碧は少し笑った。
「ありがと」
いつもの兄だった。
なのに。
次の日からも。
その次の日からも。
周囲はずっと、
碧の話をした。
『弟も期待だな』
『やっぱり血筋だ』
『兄ちゃんみたいになれるぞ』
凪はその度、
うまく笑えなくなる。
期待されるたび、
息が苦しくなる。
兄が悪いわけじゃない。
それくらい、
分かっていた。
分かっているのに。
海へ入るたび、
誰かに見られている気がした。
兄と比べられている気がした。
そして凪は、
少しずつ気付いてしまう。
自分は、
兄にはなれないのだと。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




