第5話「人気者」
蝉の声が響いていた。
強い陽射しが港を照らす。
潮風が吹く。
凪と海は並んで歩いていた。
海は楽しそうだった。
島へ来てから少し経つ。
今ではすっかり馴染んでいた。
魚屋のおじさんに声をかけられる。
近所のおばあちゃんに野菜をもらう。
子供たちと話す。
猫を追いかける。
誰とでも仲良くなる。
それが海だった。
「海くん!」
声が飛ぶ。
海が振り返る。
制服姿の女子高生が二人いた。
「あ!」
海が手を振る。
嬉しそうだった。
凪は少し離れた場所で立ち止まる。
女子高生たちは駆け寄ってきた。
「また会った!」
「海くん今日もかっこいい!」
海は瞬きをする。
「そうなの?」
真顔だった。
女子高生たちは笑う。
「そうだよ!」
「めちゃくちゃかっこいい!」
海は少し考える。
そして。
「ありがとう」
素直だった。
女子高生たちはさらに盛り上がる。
凪は遠くを見る。
青空だった。
雲が流れている。
潮風が吹く。
海は楽しそうだった。
女子高生たちも楽しそうだった。
別に。
何もおかしくない。
海は綺麗だ。
目立つ。
白金色の髪。
整った顔立ち。
誰が見ても目を引く。
だから声をかけられる。
当然だ。
何も変じゃない。
なのに。
胸の奥が少しざわつく。
どうしてだろう。
凪は眉をひそめた。
「ナギ!」
海が呼ぶ。
凪は顔を上げる。
海が手招きしていた。
「来て」
「なんで」
「来て」
女子高生たちも凪を見る。
凪は仕方なく近付いた。
海は嬉しそうに笑う。
「ナギ」
「ん?」
「この人たち面白い」
女子高生たちが吹き出した。
「海くんひどい!」
「面白いって何!」
海は首を傾げる。
「面白いは褒め言葉じゃないの?」
「まあ褒め言葉だけど!」
また笑い声が上がる。
海も笑う。
楽しそうだった。
その顔を見ていると。
胸の奥が少しだけ重くなる。
波が揺れるみたいに。
落ち着かない。
どうしてだろう。
海は誰と話していても楽しそうだ。
それは良いことのはずなのに。
「海くんまたね!」
女子高生たちが手を振る。
海も振り返す。
「またね」
風が吹いた。
二人が去っていく。
海はしばらく見送っていた。
そして。
ぽつりと言う。
「いい人たちだったね」
凪は頷く。
「そうだな」
海は笑う。
本当に嬉しそうに。
凪は少し目を逸らした。
面白くない。
何が。
自分でも分からない。
海は気付いていない。
当然だ。
だって。
海は何も悪くない。
むしろいつも通りだった。
波音が聞こえる。
港の向こう。
陽射しに照らされた海が揺れている。
海は凪を見た。
「ナギ」
「ん?」
「帰ろう」
自然にそう言った。
当たり前みたいに。
凪と帰ることを。
凪は少しだけ目を瞬く。
そして。
小さく頷いた。
「……ああ」
海は嬉しそうに笑う。
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥のざわつきが少しだけ静かになった。
どうしてだろう。
その理由はまだ分からない。
ただ。
帰り道。
海はずっと凪の隣を歩いていた。
夏の風が静かに吹いていた。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




