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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第7章:「名前を呼ぶ」
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第4話「海」

夕暮れだった。


夏の光が少しずつ柔らかくなっていく。


潮風が吹く。


縁側から海が見えた。


遠くで波音が響いている。


(ウミ)は庭にいた。


しゃがみ込みながら何かを眺めている。


凪は縁側へ腰を下ろした。


「何見てるんだ」


(ウミ)が振り返る。


手の中には小さな貝殻があった。


「見つけた」


少し嬉しそうだった。


凪は笑う。


最近の(ウミ)はそんな顔ばかりしている。


何でも楽しそうだ。


何でも嬉しそうだ。


風が吹く。


白金色の髪が揺れる。


(ウミ)は貝殻を空へかざした。


夕陽が透ける。


綺麗だった。


思わず見入る。


その横顔に。


そして。


凪は目を逸らした。


だめだ。


最近よくこうなる。


(ウミ)を見るたび。


胸が落ち着かない。


(ウミ)は何も気付いていない。


今日も平和そうだった。


「ナギ」


呼ばれる。


「ん?」


(ウミ)って好き」


凪は瞬きをした。


「は?」


(ウミ)は真面目な顔だった。


「名前」


少し笑う。


「ああ」


その海か。


(ウミ)は嬉しそうに頷いた。


「好き」


また言った。


凪はため息を吐く。


本当に。


好きという言葉を使うのに躊躇がない。


(ウミ)は貝殻を握る。


そして言った。


「ナギが付けてくれた名前だから」


凪は黙る。


波音が響く。


その言葉が胸に残った。


(ウミ)


その名前を付けたのは自分だ。


名前が必要だった。


呼ぶために。


だから付けただけ。


そのはずだった。


けれど。


凪は知っている。


本当の名前を。


ノア。


夜の海で出会った人魚。


何度も呼んだ名前。


忘れたことなんて一度もない。


(ウミ)は知らない。


自分がノアだったことも。


その名前も。


全部。


失くしてしまった。


「ナギ?」


(ウミ)が首を傾げる。


凪は我に返った。


「どうしたの?」


「いや」


首を振る。


言えない。


本当はノアなんだ。


そう言ったところで。


(ウミ)は困るだけだ。


波音が響く。


(ウミ)は再び笑った。


(ウミ)


自分の名前を口にする。


少し照れたように。


けれど嬉しそうに。


「好きだな」


その顔を見ていると。


胸の奥が少しだけ温かくなる。


どうしてだろう。


凪は目を細めた。


ノアは大切だ。


今でも。


ずっと。


会いたかった人だ。


けれど。


目の前にいるのは(ウミ)だった。


ノアで。


(ウミ)で。


そのどちらも本物だった。


潮風が吹く。


(ウミ)は空を見上げる。


夏の青が広がっていた。


「ナギ」


「ん?」


「ありがとう」


突然だった。


凪は少し驚く。


(ウミ)は笑う。


柔らかく。


幸せそうに。


「名前くれて」


波音が響く。


凪は何も言えなかった。


ただ。


少しだけ目を細める。


胸の奥が温かかった。


(ウミ)は嬉しそうに笑っている。


その顔を見ながら。


凪は思った。


ノアも大切だ。


でも。


(ウミ)も。


きっと大切になっている。


夏の風が静かに吹いていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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