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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第7章:「名前を呼ぶ」
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第3話「好き」

夏の陽射しが庭へ落ちていた。


潮風が吹く。


遠くで波音が聞こえる。


(ウミ)は縁側へ座っていた。


手には麦茶。


冷たいグラスを両手で持ちながら、

庭を眺めている。


猫が歩いていく。


(ウミ)は目を輝かせた。


「ナギ」


呼ばれる。


凪は振り返る。


「見て」


「見てる」


「猫」


「猫だな」


(ウミ)は満足そうに頷いた。


最近こんな会話ばかりだった。


くだらない。


本当にくだらない。


けれど。


不思議と嫌じゃない。


(ウミ)は何でも楽しそうだった。


空も。


花も。


猫も。


風も。


全部。


「ナギ」


また呼ばれる。


「今度は何だよ」


(ウミ)は少し考えていた。


そして。


当たり前みたいに言った。


「好き」


凪は固まった。


「は?」


(ウミ)は首を傾げる。


何が問題なのか分かっていない顔だった。


「好き」


もう一度言う。


凪の心臓が跳ねた。


「な、何が」


声が少し裏返る。


(ウミ)は素直に答えた。


「ナギ」


沈黙。


波音だけが聞こえる。


凪は(ウミ)を見る。


(ウミ)も見ている。


真っ直ぐ。


本当に真っ直ぐ。


誤魔化しも。


照れも。


何もない。


だから困る。


「お前な……」


凪は額を押さえた。


(ウミ)は不思議そうだった。


「だめ?」


「だめじゃない」


「ならいいよね」


よくない。


全然よくない。


凪は深く息を吐く。


(ウミ)は嬉しそうに笑った。


その笑顔が余計によくない。


「好き」


また言った。


「だから軽々しく言うなって」


「軽くないよ」


即答だった。


凪は言葉に詰まる。


(ウミ)は首を傾げる。


「ナギといるの好き」


波音が響く。


「話すの好き」


凪は黙る。


「ご飯食べるのも好き」


(ウミ)は楽しそうだった。


「ギターも好き」


少し笑う。


「一緒にいるの好き」


凪は空を見上げた。


だめだ。


心臓がおかしい。


(ウミ)何も知らない。


恋も。


好意の重さも。


言葉の意味も。


ただ思ったことを言っているだけ。


分かっている。


分かっているのに。


胸の奥が落ち着かない。


(ウミ)は麦茶を飲む。


そして。


ふいに言った。


「ナギといると楽しい」


凪は目を閉じる。


だめだ。


本当にだめだ。


(ウミ)は何も覚えていない。


ノアだった頃のことも。


夜の海も。


全部。


それなのに。


同じ顔で。


同じ声で。


同じことを言う。


反則だろ。


凪は小さく息を吐いた。


(ウミ)は笑う。


夏の光の中で。


とても嬉しそうに。


その笑顔を見ていると。


胸の奥が少しだけ温かくなる。


どうしてだろう。


答えはまだ分からない。


波音が響く。


(ウミ)は再び凪を見た。


そして。


当たり前みたいに言う。


「ナギ」


「ん?」


「好き」


凪は顔を覆った。


(ウミ)は首を傾げていた。


何が問題なのか。


本当に分かっていないみたいだった。


夏の風が吹く。


波が揺れる。


その日。


(ウミ)は何度も好きと言った。


そして。


凪はその度に困った。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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