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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第7章:「名前を呼ぶ」
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第2話「秘密」

その日から。


凪は一つの秘密を抱えることになった。


波音が響く。


窓の外には夜の海が広がっている。


部屋の明かりは消えていた。


けれど。


凪は眠れなかった。


天井を見上げる。


何度考えても。


答えは同じだった。


(ウミ)はノアだ。


間違いない。


あの歌。


あの声。


あの言葉。


全部同じだった。


忘れるはずがない。


忘れたことなんて一度もない。


凪は小さく息を吐く。


ノアはいた。


ちゃんといた。


夢じゃなかった。


幻でもなかった。


本当に。


また会えた。


それなのに。


胸は少しも軽くならない。


凪は目を閉じた。


(ウミ)は覚えていない。


名前も。


夜の海も。


歌ったことも。


凪と出会ったことも。


何も。


全部。


失くしてしまったみたいに。


波音が聞こえる。


海の向こうから。


静かに。


絶え間なく。


凪はふと思う。


なぜ。


人間になったのだろう。


ノアは人魚だった。


月明かりの海を泳ぐ。


綺麗な人魚だった。


それが今は。


人間になっている。


しかも男だ。


意味が分からない。


考えれば考えるほど。


現実味がなくなる。


凪は苦笑した。


「人魚が人間になるなんて」


ぽつりと呟く。


誰も聞いていない。


「御伽話かよ」


返事はない。


波音だけが響いていた。


翌日。


(ウミ)はいつも通りだった。


朝から庭を歩き回り。


猫を見つけて追いかけ。


花を見つけて立ち止まる。


楽しそうだった。


記憶喪失とは思えないくらい。


よく笑う。


「ナギ」


呼ばれる。


凪は振り返る。


(ウミ)は手を振っていた。


「見て」


小さな貝殻を見せてくる。


子供みたいな顔だった。


「綺麗」


嬉しそうに笑う。


凪は思わず目を細める。


そして。


胸が少し痛くなる。


ノアだ。


間違いなく。


そう思うほど。


昔と同じだった。


けれど。


(ウミ)は何も知らない。


だから。


凪も言わない。


言えなかった。


「ノアなんだろ」


そう聞いたところで。


(ウミ)は困るだけだ。


「人魚だったんだろ」


そう言ったところで。


信じられるわけがない。


凪は全部飲み込む。


(ウミ)を見る。


白金色の髪が風に揺れていた。


夏の光が落ちる。


波音が聞こえる。


(ウミ)は笑う。


何も知らないまま。


何も覚えていないまま。


凪だけが知っている。


それが少しだけ寂しかった。


潮風が吹く。


(ウミ)は貝殻を空へかざした。


光が透ける。


嬉しそうだった。


凪はその横顔を見る。


そして。


小さく目を伏せた。


この秘密は。


もう少しだけ。


自分の中へしまっておこうと思った。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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