表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第6章:「波の向こうから」
PR
42/53

第7話「ギター」


(ウミ)が家へ来てから、

しばらく経った。


季節は少しずつ夏へ近付いている。


(ウミ)は相変わらずだった。


記憶は戻らない。


自分のことも。


家族のことも。


何も思い出せない。


けれど。


少しずつ言葉は増えていた。


テレビを見る。


本を読む。


看板を読む。


知らないものを見つけるたびに、

凪へ聞く。


「これなに?」


それが最近の日常だった。


その日も。


夕方。


凪の部屋へ遊びに来た海は、

部屋の隅で足を止めた。


じっと見ている。


凪は机へ向かったまま振り返る。


「どうした?」


(ウミ)は指を差した。


「それ」


そこにはギターケースがあった。


凪は少し目を瞬く。


「ああ」


ケースを持ち上げる。


(ウミ)の視線が追いかけてくる。


「これ?」


「うん」


「ギター」


(ウミ)が復唱する。


「ぎたー」


どこか嬉しそうだった。


凪は少し笑う。


「そんな珍しいか?」


「珍しい」


(ウミ)は頷いた。


そして。


少しだけ身を乗り出す。


「何するの?」


子供みたいな顔だった。


凪はケースを開く。


木の香りがする。


久しぶりだった。


弦へ指を置く。


軽く鳴らす。


音が部屋へ響いた。


(ウミ)が目を見開く。


凪は少し驚く。


そこまで反応するとは思わなかった。


「弾いてみるか」


指を動かす。


柔らかな音。


窓の外から潮風が入る。


遠くで波音が聞こえる。


夏の前の夕暮れ。


光が部屋へ差し込んでいた。


(ウミ)は黙って聞いていた。


一言も喋らない。


ただ。


じっと見ている。


まるで。


大切な何かを探しているみたいに。


凪は少し気になった。


(ウミ)?」


呼ぶ。


返事がない。


視線はギターへ向いたまま。


凪は弾くのを止めた。


すると。


(ウミ)がはっと顔を上げる。


「なんでやめたの?」


少し残念そうだった。


凪は思わず笑う。


「聞いてたのか」


「聞いてた」


即答だった。


そして。


少しだけ目を細める。


「綺麗」


その言葉に。


凪の指が止まる。


どこかで聞いた気がした。


いつだっただろう。


思い出せない。


けれど。


胸の奥が少しだけ揺れる。


(ウミ)は窓の外を見る。


夕陽が海を照らしていた。


波が光る。


風が吹く。


そして。


ぽつりと呟く。


「好き」


凪は顔を上げる。


(ウミ)は笑っていた。


「その音」


真っ直ぐな声だった。


照れもなく。


迷いもなく。


ただ思ったことを言っただけ。


それなのに。


凪は少しだけ困る。


胸の奥が落ち着かない。


「そうか」


それだけ返す。


(ウミ)は満足そうに頷いた。


そして再び言う。


「もっと聞きたい」


潮風が吹く。


窓の向こうで海が揺れる。


凪はギターを抱え直した。


不思議だった。


誰かにそう言われたのは、

初めてじゃない。


それなのに。


どうしてだろう。


(ウミ)に言われると。


少しだけ嬉しかった。


波音が響く。


夕暮れの光の中。


(ウミ)は楽しそうに笑っていた。


まるで。


ずっとその音を探していたみたいに。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ