表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第6章:「波の向こうから」
PR
41/56

第6話「名前」


翌朝。


海は青かった。


窓の外から波音が聞こえる。


凪は病院の待合室にいた。


隣には青年が座っている。


白金色の髪。


整った横顔。


初めて見るはずなのに。


時々どこか懐かしく見える。


不思議だった。


診察はすぐに終わった。


身体に異常はないらしい。


怪我もない。


ただ。


「体温が低いですね」


医者は首を傾げた。


「冷えやすい体質なのかもしれません」


「なるべく温かくしてあげてください」


凪は頷いた。


青年も素直に頷いている。


本当に分かっているのかは怪しかったけれど。


病院を出る。


潮風が吹いた。


青年は空を見上げる。


雲。


鳥。


光。


何もかもが珍しいみたいだった。


「眩しいね」


ぽつりと言う。


凪は少し笑った。


「昨日も同じこと言ってたぞ」


「そうなの?」


青年は目を丸くする。


そして。


少し困ったように笑った。


「覚えてない」


記憶は相変わらず曖昧だった。


名前も。


家も。


どこから来たのかも。


何も分からない。


ただ。


言葉だけは分かる。


それが不思議だった。


家へ戻る途中。


青年が看板を見上げる。


「スーパー」


ゆっくり読む。


「そう」


「すーぱー」


復唱する。


どこか楽しそうだった。


凪は思わず目を細める。


昔。


似たようなやり取りをした気がした。


『ぴっく』


『ぴっく?』


『そう』


そんな声が頭をよぎる。


けれど。


すぐに消えた。


家へ着く。


縁側では母が待っていた。


事情を聞いた父も来る。


青年は少し緊張した顔をした。


けれど。


母は笑った。


「しばらくここにいなさい」


父も頷く。


「身元が分かるまでな」


青年は少し安心したようだった。


その夜。


夕飯を食べ終わったあと。


縁側に二人で座る。


夏の前の風。


遠くで波音が聞こえる。


青年は月を見上げていた。


「名前」


ふいに凪が言った。


青年が振り向く。


「呼び名がないと不便だろ」


「うん」


素直に頷く。


凪は少し考える。


そして。


海を見る。


月明かりが揺れていた。


「……海」


青年が瞬きをする。


「うみ?」


「海で見つけたし」


凪は少し笑った。


「単純だけどな」


青年は黙る。


嫌だっただろうか。


そう思った時。


(ウミ)


青年が呟いた。


「うみ」


もう一度。


大切そうに。


「好き」


凪は少し目を見開く。


青年は笑った。


柔らかく。


嬉しそうに。


(ウミ)


「それが僕?」


「仮だけどな」


「うん」


青年は頷く。


そして。


宝物を抱くみたいに言った。


(ウミ)


胸の奥が少しだけ温かくなる。


どうしてだろう。


凪は答えを知らなかった。


その時。


縁側へ父が顔を出した。


「そうだ」


「裏の平屋、使えばいい」


凪は振り返る。


祖父母が住んでいた家だった。


今は誰も住んでいない。


父は続ける。


「しばらく住む場所も必要だろ」


母も頷く。


「その方が気楽だしね」


(ウミ)はきょとんとしていた。


たぶん。


まだよく分かっていない。


けれど。


凪は少し安心した。


これでしばらくは大丈夫だ。


波音が響く。


(ウミ)は空を見上げる。


月が綺麗だった。


その横顔を見ていると。


なぜだろう。


少しだけ目が離せなかった。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ