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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第6章:「波の向こうから」
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第5話「おんぶ」


波音が響く。


青年は岩へ腰を下ろしたまま、

ぼんやりと海を見ていた。


月明かりが海へ落ちる。


静かな夜だった。


凪は腕時計を見る。


病院はもう閉まっている時間だった。


このまま朝までここにいるわけにもいかない。


「立てるか?」


青年は凪を見る。


そして素直に頷いた。


「やってみる」


ゆっくり身体を動かす。


岩へ手をつく。


立ち上がる。


けれど。


すぐによろけた。


「おっと」


凪が慌てて肩を支える。


青年は不思議そうな顔をした。


「難しいね」


「難しいって……」


凪は思わず言葉を止める。


歩くのが苦手な人なんているだろうか。


怪我をしているようには見えない。


それなのに。


足の動かし方を忘れているみたいだった。


青年はもう一度歩こうとする。


一歩。


二歩。


そして止まる。


「だめ?」


少し困ったような声。


凪は首を振った。


「だめじゃない」


ただ。


どう見てもまともに歩けそうにない。


潮風が吹く。


青年の白金色の髪が揺れる。


月明かりの中で見ると、

本当に綺麗だった。


凪は視線を逸らす。


変なところを見ている気がした。


「家、来るか」


青年が瞬きをする。


「家?」


「病院は明日だ」


「うん」


「親にも話すから」


「うん」


素直だった。


警戒心がない。


少し心配になるくらいに。


凪はしゃがみ込む。


「乗れ」


青年が首を傾げた。


「?」


「おんぶ」


「おんぶ」


復唱する。


少し楽しそうだった。


凪は苦笑する。


「ほら」


青年はしばらく考えていた。


やがて。


恐る恐る背中へ身体を預ける。


軽かった。


驚くほど。


ちゃんと食べている人間とは思えないくらいに。


「行くぞ」


凪は立ち上がる。


青年が小さく声を上げた。


「おお」


少しだけ嬉しそうだった。


夜道を歩く。


波音が遠ざかる。


青年は背中の上で静かだった。


けれど。


しばらくしてぽつりと言う。


「温かいね」


凪は少しだけ目を瞬く。


「そうか?」


「うん」


青年は素直に答える。


「さっきまで寒かったから」


凪は何も言わなかった。


ただ。


少しだけ歩く速度を落とす。


潮風が吹く。


月が海を照らしている。


青年はしばらく空を見ていた。


やがて。


小さな声で聞いた。


「君の名前は?」


凪は前を向いたまま答える。


「凪」


「ナギ」


青年が繰り返す。


その響きが妙に優しかった。


「ナギ」


もう一度。


大事なものを確かめるみたいに。


凪は少しだけ照れる。


「一回で覚えろよ」


「覚えたよ」


青年は笑った。


月明かりの下。


その声はどこか楽しそうだった。


波音が響く。


海は静かに揺れている。


その夜。


凪は見知らぬ青年を背負って帰った。


まるで。


海が誰かを託したみたいに。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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