第2話「夏の前」
季節は巡る。
夏が終わり。
秋が過ぎ。
冬が来た。
冷たい風が吹き。
海の色も変わる。
春になれば。
島にはまた花が咲いた。
凪は大学へ通い。
家へ帰り。
いつも通りの日々を過ごした。
何も変わらない。
そう思っていた。
けれど。
本当は違う。
少しずつ。
いろいろなものが変わっていた。
波音が響く。
窓の外には海が広がっている。
凪はぼんやりと眺めた。
もうすぐ夏だった。
去年の今頃。
ノアと出会った。
夜の海。
月明かり。
歌声。
今でも覚えている。
忘れられない。
それなのに。
もうずっと会えていない。
胸の奥が少しだけ痛む。
凪は視線を落とした。
そして。
もうひとりのことを思い出す。
兄だった。
兄は海へ行った。
あの日。
最後に二人で話した。
誰にも言えなかった話を。
兄は全部話してくれた。
人魚のこと。
レヴィのこと。
苦しかったこと。
選んだ未来のこと。
凪は最後まで聞いた。
否定もしなかった。
止めもしなかった。
兄が初めて見せた顔だったから。
あんなに穏やかな顔を。
凪は知らなかった。
だから。
送り出した。
海へ。
兄の幸せを願って。
波音が響く。
あの日から。
兄はいない。
寂しくないと言えば嘘になる。
でも。
不思議と後悔はなかった。
兄はきっと。
今なら自由に泳いでいる。
そんな気がした。
ふっと笑う。
昔。
兄に言ったことがある。
魚みたいだと。
あの頃はただの冗談だった。
けれど。
今なら本当にそう思う。
兄はきっと。
海の方が似合う。
潮風が吹く。
カーテンが揺れる。
凪は窓の外を見る。
青い海。
遠い水平線。
その向こうに。
兄がいるのかもしれない。
そして。
ノアも。
会えなくなった人たちは。
みんな海の向こう側にいる。
そう思った。
胸の奥が少しだけ苦しくなる。
凪は立ち上がった。
部屋の隅にはギターケースがある。
長い間触っていない。
視線が止まる。
しばらく考える。
そして。
ゆっくり手を伸ばした。
たまには。
弾いてみようか。
そんな気分だった。
窓の外では。
夏の匂いを含んだ風が吹いている。
もうすぐ。
また夏が来る。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




