第1話「花火のあと」
夜空に咲いた最後の花火が、
ゆっくりと消えていく。
ぱらぱらと光の欠片が落ちて。
やがて。
祭りの音も静かになった。
港の灯りはまだ残っている。
けれど。
さっきまでの賑わいは少しずつ遠ざかっていた。
波音だけが響く。
ノアは海面から顔を出したまま、
消えていく夜空を見上げていた。
綺麗だった。
花火。
本当に花みたいだった。
夜空に咲いて。
光って。
消えていく。
ナギが見せたかった理由も、
少し分かった気がする。
「どうだった?」
隣から声がする。
凪だった。
ノアはすぐに笑う。
「綺麗だった」
「だろ」
凪も少し笑った。
その笑顔を見るだけで、
胸の奥が温かくなる。
好きだな、と。
最近は自然に思う。
ナギの音が好き。
ナギの声が好き。
ナギの笑う顔も好き。
それが何なのか。
まだよく分からないけれど。
一緒にいると嬉しい。
それだけは確かだった。
「来年も見ような」
凪が何気なく言う。
ノアは嬉しくなって頷く。
「うん」
来年。
その言葉が少しだけ眩しかった。
人魚にとって一年は短い。
けれど。
ナギと約束する一年は、
特別に感じた。
しばらく二人で花火の余韻を眺める。
夜風が吹く。
潮の香りがする。
遠くで人々の笑い声が聞こえた。
祭りは終わった。
みんな帰っていく。
家族と。
友人と。
大切な人と。
その光景を見ていた時だった。
凪がぽつりと呟く。
「一緒に祭り行けたらいいのにな」
何気ない声だった。
深い意味なんてない。
凪自身も、
もう忘れてしまいそうなほど自然な一言。
けれど。
ノアの胸の奥へ、
静かに沈んでいく。
一緒に。
祭りへ行く。
隣で。
花火を見る。
屋台を回る。
笑う。
そんな光景が、
ふと浮かんだ。
その中の自分は。
海の中にはいなかった。
凪の隣にいた。
同じ景色を見ていた。
どくり。
胸が鳴る。
ノアは小さく目を伏せた。
どうしてだろう。
苦しい。
今まで感じたことのない感覚だった。
会えないわけじゃない。
今日も会えた。
明日もきっと会える。
なのに。
胸が苦しい。
「ノア?」
凪が不思議そうに呼ぶ。
ノアは慌てて顔を上げた。
「なに?」
「いや」
凪は少し首を傾げる。
「疲れたか?」
「ううん」
ノアは笑った。
上手く笑えたと思う。
でも。
胸の奥だけが騒がしい。
凪は気付かないまま、
立ち上がった。
「じゃあ俺帰るな」
「うん」
「また明日」
「また明日」
いつもの約束。
いつもの言葉。
凪は手を振りながら、
砂浜を歩いていく。
ノアはその背中を見送った。
遠くなる。
少しずつ。
少しずつ。
やがて見えなくなる。
ざあ、と波が寄せた。
ノアは静かに海へ沈む。
深い青。
慣れ親しんだ世界。
いつもと同じ海。
なのに。
今日は少しだけ違った。
祭りの灯りを思い出す。
花火を思い出す。
凪の笑顔を思い出す。
そして。
「一緒に祭り行けたらいいのにな」
その言葉が離れない。
胸が苦しい。
会いたい。
もっと一緒にいたい。
もっと近くにいたい。
どうしてだろう。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
ノアはゆっくり目を閉じた。
深海の闇が広がる。
けれど。
心だけは。
まだあの夜の砂浜に残っている気がした。
月の光が、
遠い海面で揺れていた。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




