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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第5章:「海の魔女」
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第1話「花火のあと」

夜空に咲いた最後の花火が、

ゆっくりと消えていく。


ぱらぱらと光の欠片が落ちて。


やがて。


祭りの音も静かになった。


港の灯りはまだ残っている。


けれど。


さっきまでの賑わいは少しずつ遠ざかっていた。


波音だけが響く。


ノアは海面から顔を出したまま、

消えていく夜空を見上げていた。


綺麗だった。


花火。


本当に花みたいだった。


夜空に咲いて。


光って。


消えていく。


ナギが見せたかった理由も、

少し分かった気がする。


「どうだった?」


隣から声がする。


凪だった。


ノアはすぐに笑う。


「綺麗だった」


「だろ」


凪も少し笑った。


その笑顔を見るだけで、

胸の奥が温かくなる。


好きだな、と。


最近は自然に思う。


ナギの音が好き。


ナギの声が好き。


ナギの笑う顔も好き。


それが何なのか。


まだよく分からないけれど。


一緒にいると嬉しい。


それだけは確かだった。


「来年も見ような」


凪が何気なく言う。


ノアは嬉しくなって頷く。


「うん」


来年。


その言葉が少しだけ眩しかった。


人魚にとって一年は短い。


けれど。


ナギと約束する一年は、

特別に感じた。


しばらく二人で花火の余韻を眺める。


夜風が吹く。


潮の香りがする。


遠くで人々の笑い声が聞こえた。


祭りは終わった。


みんな帰っていく。


家族と。


友人と。


大切な人と。


その光景を見ていた時だった。


凪がぽつりと呟く。


「一緒に祭り行けたらいいのにな」


何気ない声だった。


深い意味なんてない。


凪自身も、

もう忘れてしまいそうなほど自然な一言。


けれど。


ノアの胸の奥へ、

静かに沈んでいく。


一緒に。


祭りへ行く。


隣で。


花火を見る。


屋台を回る。


笑う。


そんな光景が、

ふと浮かんだ。


その中の自分は。


海の中にはいなかった。


凪の隣にいた。


同じ景色を見ていた。


どくり。


胸が鳴る。


ノアは小さく目を伏せた。


どうしてだろう。


苦しい。


今まで感じたことのない感覚だった。


会えないわけじゃない。


今日も会えた。


明日もきっと会える。


なのに。


胸が苦しい。


「ノア?」


凪が不思議そうに呼ぶ。


ノアは慌てて顔を上げた。


「なに?」


「いや」


凪は少し首を傾げる。


「疲れたか?」


「ううん」


ノアは笑った。


上手く笑えたと思う。


でも。


胸の奥だけが騒がしい。


凪は気付かないまま、

立ち上がった。


「じゃあ俺帰るな」


「うん」


「また明日」


「また明日」


いつもの約束。


いつもの言葉。


凪は手を振りながら、

砂浜を歩いていく。


ノアはその背中を見送った。


遠くなる。


少しずつ。


少しずつ。


やがて見えなくなる。


ざあ、と波が寄せた。


ノアは静かに海へ沈む。


深い青。


慣れ親しんだ世界。


いつもと同じ海。


なのに。


今日は少しだけ違った。


祭りの灯りを思い出す。


花火を思い出す。


凪の笑顔を思い出す。


そして。


「一緒に祭り行けたらいいのにな」


その言葉が離れない。


胸が苦しい。


会いたい。


もっと一緒にいたい。


もっと近くにいたい。


どうしてだろう。


どうしてこんな気持ちになるのだろう。


ノアはゆっくり目を閉じた。


深海の闇が広がる。


けれど。


心だけは。


まだあの夜の砂浜に残っている気がした。


月の光が、

遠い海面で揺れていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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