第3話「昼の海」
「昼の海って、
どんな色なの?」
不意に。
ノアがそんなことを聞いた。
波打ち際へ腕を乗せながら、
月明かりの海を見ている。
凪は少し考えた。
「青」
「海はいつも青だよ」
「違う違う」
凪は笑う。
「昼はもっと明るい」
ノアが首を傾げる。
「明るい青?」
「空が映るんだよ」
その言葉に、
ノアの瞳が輝いた。
「空」
人魚にとって空は遠い。
海面から見上げることはできても、
昼間に長く留まることはほとんどない。
ましてや陸から見る景色なんて、
知らない。
「雲もある」
「くも?」
「白いやつ」
「白い海藻みたいな?」
「たぶん違う」
凪は吹き出した。
ノアもつられて笑う。
静かな夜だった。
波音が揺れる。
凪は海を見つめる。
本当なら。
見せてやりたかった。
昼の海。
夏の空。
太陽の光。
きらきら光る水平線。
ノアならきっと、
目を輝かせる。
そんな気がした。
「今度さ」
凪は何気なく言う。
「昼の海も見せたいな」
ノアが顔を上げる。
一瞬だけ。
本当に嬉しそうな顔をした。
けれど。
その笑顔はすぐ消える。
「……見てみたい」
小さな声だった。
凪も黙る。
人魚は昼、
海面近くへ長くはいられない。
人間に見つかる危険もある。
何より。
ノアは海から出られない。
当たり前のことだ。
分かっている。
それでも。
「残念だな」
ぽつりと凪が言う。
ノアは少し笑った。
「ナギは変だね」
「なんで」
「私に色んなもの見せたがる」
凪は返事に困った。
どうしてだろう。
祭りも。
花火も。
昼の海も。
気付けば、
ノアに見せたいものばかり増えている。
「……綺麗だと思うから」
結局。
それしか言えなかった。
ノアは少し目を丸くする。
それから。
ふわりと笑った。
月明かりの下で見るその笑顔は、
やっぱり綺麗だった。
「ありがとう」
静かな声。
凪の胸が少しだけ苦しくなる。
その時。
遠くの水平線の向こうで、
小さな光が瞬いた。
漁船の灯りだろう。
ノアは海面を見つめる。
その瞳には、
昼の海への憧れが映っていた。
「いつか」
ぽつりと呟く。
「見てみたいな」
昼の海。
青空。
白い雲。
ナギが見ている世界。
凪は何も言えなかった。
見せたい。
でも見せられない。
海と陸。
人魚と人間。
今まで考えないようにしていた境界が、
少しだけ目の前に現れた気がした。
波音が響く。
月の光が揺れる。
二人は並んで海を見つめる。
同じ海を見ているはずなのに。
見えている景色は、
少しだけ違っていた。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




