表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第3章:海の底の世界
PR
21/22

第7話「レヴィの歌」


ノアは昔、

一度だけ。


レヴィの歌を聞いたことがある。


まだ幼かった頃だ。


今よりずっと小さくて。


兄の後ばかり追いかけていた頃。


その日も、

ノアは神殿の中を泳いでいた。


誰かを探していたわけではない。


ただ、

白い回廊を通り抜けて。


海藻の揺れる庭を抜けて。


気付けば、

神殿の奥まで来ていた。


そこで。


歌が聞こえた。


ノアは足を止める。


静かな声だった。


深海の水へ溶けていくような、

低く美しい旋律。


人魚たちの歌は、

もっと明るいことが多い。


でもその歌は違った。


深く。


遠く。


どこまでも優しい。


ノアは思わず息を呑む。


歌声の先。


崩れた石柱の向こう。


そこに、

レヴィがいた。


ひとりで。


誰にも聞かせるつもりなどないように。


静かに歌っていた。


長い青銀の髪が揺れる。


深海色の尾ひれが、

ゆっくり海流を切る。


ノアは隠れることも忘れて、

ただ聞き入っていた。


綺麗だった。


海の中で聞いたどんな歌より。


胸がぎゅうっと苦しくなるくらい。


綺麗だった。


けれど。


今思えば。


あの歌は、

少し寂しかった。


歌が終わる。


静寂が戻る。


その時。


レヴィが振り返った。


深海色の瞳が、

真っ直ぐノアを捉える。


「……ノア」


見つかった。


ノアは慌てて姿を現す。


「ご、ごめんなさい」


怒られると思った。


でも。


レヴィは何も言わなかった。


少し困ったように目を伏せて。


それから、

小さく頭を撫でただけだった。


「誰にも言うな」


静かな声だった。


ノアは素直に頷く。


「うん」


そして。


その次の日からだった。


レヴィが歌わなくなったのは。


神殿でも。


回廊でも。


深海でも。


あの日の歌は、

二度と聞けなかった。


今では、

本当にたまに口ずさむ程度。


それも数秒で終わる。


ノアはずっと、

深海側だからだと思っていた。


お兄様は、

あまり歌わない人なのだと。


けれど。


最近になって、

少しだけ不思議に思う。


人魚にとって歌は特別だ。


感情。


祈り。


呼び声。


そして、

求愛。


歌は心そのもの。


なのに。


どうしてお兄様は、

あんな綺麗な歌を歌えるのに。


歌わなくなってしまったのだろう。


その理由を、

ノアは知らない。


知らなくていいとも思っていた。


今のノアの頭の中は、

別のことでいっぱいだから。


夜の海。


月の光。


ギターの音。


そして。


「ナギ」


小さく名前を呼ぶ。


その響きだけで、

胸が温かくなる。


ノアは知らない。


昔、

レヴィが歌っていた理由も。


歌わなくなった理由も。


だから今日も。


何も知らないまま、

嬉しそうに歌を口ずさむ。


遠い昔、

兄が失ったものと同じものを。


少しずつ、

その胸に育てながら。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ