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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第3章:「海の底の世界」
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第4話「海の掟」


深海の神殿には、

古い歌が残っている。


人魚がまだ幼い頃から聞かされる、

海の掟の歌。


静かで、

冷たい旋律。


“海を忘れるな”


“深海へ還れ”


“伴侶は一生に一人”


“選んだ相手を、

決して手放すな”


ノアは白い石柱へ背を預けながら、

ぼんやりその歌を聞いていた。


幼い人魚たちが、

年長の人魚から教えられている。


歌うたび、

青い海流が静かに揺れる。


「伴侶って、

そんなに大事なの?」


ノアがぽつりと聞く。


すると近くにいた年上の人魚が、

少し驚いた顔をした。


「もちろん」


「人魚にとって、

伴侶は“半身”だから」


「半身……」


ノアは小さく繰り返す。


「一度選んだら、

海へ還るまで一緒」


別の人魚が静かに歌を重ねる。


「だから、

人間との恋は禁忌なの」


ノアは目を瞬く。


「どうして?」


「寿命が違うから」


「人間は、

すぐ死んでしまう」


「それに」


人魚は少しだけ目を伏せた。


「人魚は、

愛した相手を手放せない」


静かな声だった。


けれど、

その言葉だけ妙に重かった。


ノアは少し考える。


愛した相手。


手放せない。


よく分からない。


ナギといると嬉しい。


名前を呼ばれると、

胸が温かくなる。


また会いたいと思う。


でもそれが、

そんな重いものだとは思えなかった。


その時だった。


「ノア」


低い声が響く。


振り返ると、

レヴィがいた。


深海色の瞳が、

静かにこちらを見る。


周囲の人魚たちは、

そっと距離を空けた。


ノアは尾ひれを揺らす。


「お兄様」


レヴィはゆっくり近付いてくる。


その視線は、

どこか疲れて見えた。


「掟の話をしていたのか」


「うん」


ノアは素直に頷く。


「でも、

よく分からない」


レヴィが僅かに眉を寄せる。


ノアは続けた。


「好きなら、

会いたいって思うの、

普通じゃない?」


その瞬間。


レヴィの表情が、

ほんの少しだけ揺れた。


痛みみたいに。


けれどノアは気付かない。


「歌いたいし、

名前呼んでほしいし」


ノアは小さく笑う。


「ナギといると、

嬉しいんだよ」


静かな沈黙が落ちる。


海流だけが、

ゆっくり揺れていた。


やがてレヴィは、

低い声で言う。


「……それが、

人魚にとって一番危うい」


ノアはきょとんとした。


「?」


レヴィは少し目を伏せる。


まるで、

遠い何かを思い出すみたいに。


「人魚は、

一度愛した相手を忘れられない」


その声は静かだった。


でも、

深海よりずっと重い。


「だから、

人間へ惹かれるな」


ノアは少し不満そうに唇を尖らせた。


「でも、

ナギは怖くないよ」


「ノア」


「優しいし、

音も綺麗だし」


ノアは楽しそうに続ける。


「一緒にいると、

胸が温かくなるの」


その言葉に、

レヴィは何も返さなかった。


ただ静かに、

ノアを見る。


その瞳だけが、

ひどく暗かった。


けれどノアはまだ、

知らない。


人魚にとって、

“愛する”

ということが。


どれほど逃れられないものなのかを。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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