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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第3章:「海の底の世界」
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第2話「兄妹」


深海の回廊へ、

小さな歌が響いていた。


柔らかく、

楽しそうな旋律。


白い遺跡の柱の間を、

ノアが機嫌良さそうに泳いでいく。


尾ひれが揺れるたび、

青と銀の鱗が淡く光った。


その様子を、

近くにいた人魚たちが不思議そうに見ている。


「……珍しい」


浅瀬側の人魚が、

小さく囁く。


「ノアがあんなに歌ってる」


「最近ずっとだよね」


けれどノア本人は、

そんな視線に気付いていなかった。


今の頭の中は、

凪のことでいっぱいだ。


今日のギターも綺麗だった。


波の音と混ざる旋律。


名前を呼ぶ声。


思い出すだけで、

胸の奥が温かくなる。


その時。


「……随分楽しそうだな」


低い声が、

静かな海へ落ちた。


ノアが振り返る。


白い石柱の影。


そこに、

レヴィが立っていた。


長い青銀の髪。


深海色の瞳。


静かな海そのものみたいな、

冷たい美しさ。


ノアは少し笑う。


「お兄様」


レヴィはゆっくり近付いてくる。


その視線が、

ノアを真っ直ぐ捉えた。


「最近、

海面へ行っているな」


ノアは隠す気もなく頷く。


「行ってるよ」


「……何をしている」


「歌を聞いてるの」


レヴィの眉がわずかに動く。


ノアは嬉しそうに続けた。


「人間の音、

すごく綺麗なんだよ」


「ノア」


「ギターっていうの。

波の音と混ざると、

もっと綺麗で――」


「ノア」


二度目は、

少し低かった。


ノアはむっと唇を尖らせる。


「どうしてそんな顔するの?」


「人間へ近付きすぎるな」


「でも」


ノアは尾ひれを揺らした。


「ナギは怖くないよ」


その名前を聞いた瞬間、

レヴィの表情が僅かに変わる。


ほんの少し。


けれど、

ノアには分かった。


「……人間か」


「うん」


ノアは嬉しそうに頷く。


「優しいし、

音も綺麗で――」


「ノア」


レヴィの声が、

静かに落ちる。


「人間へ執着するな」


その言葉に、

ノアは目を瞬いた。


執着。


どうしてそんな重い言い方をするのだろう。


ただ、

また会いたいだけなのに。


また歌を聞きたいだけなのに。


ノアは少し不満そうに兄を見る。


「お兄様もでしょ」


ぴたり、と空気が止まった。


レヴィの視線が細くなる。


「……何の話だ」


「最近、

浅瀬側ばっかり行ってる」


ノアはじっと兄を見つめた。


「人間に会ってるんでしょ」


レヴィが黙る。


その沈黙だけで十分だった。


ノアは少し得意そうに笑う。


「同じなのに、

どうして私だけだめなの?」


レヴィはしばらく何も言わなかった。


周囲の海流だけが、

静かに揺れている。


やがて。


レヴィは低い声で呟く。


「……お前はまだ、

何も知らない」


ノアは首を傾げる。


「?」


けれどレヴィは、

それ以上説明しなかった。


ただ静かに背を向ける。


長い尾ひれが、

深海の青へ溶けていく。


その背中を見送りながら、

ノアは少しだけ眉を寄せた。


「変なお兄様……」


小さく呟く。


でも次の瞬間には、

もう別のことを考えていた。


今夜、

ナギはどんな音を鳴らすだろう。


名前を呼んでくれるだろうか。


“また明日”


人間の言葉なのに、

どうしてこんなに嬉しいのだろう。


ノアはゆっくり海面を見上げた。


遥か遠く。


月の光が、

薄く揺れていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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