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夜凪に溶ける  作者: 深幸-みさき-
第3章:「海の底の世界」
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第1話「深海」


海の底は静かだった。


深く。


どこまでも青い世界。


海面の光は、

ここまではほとんど届かない。


代わりに、

遺跡の隙間を漂う小さな発光魚たちが、

淡く海を照らしている。


白い石柱。


崩れた神殿。


海藻に覆われた巨大な門。


遥か昔に沈んだ古代遺跡は、

今では人魚たちの“還る場所”になっていた。


その中を、

一人の人魚がゆっくり泳ぐ。


白金の髪が水中へ広がる。


深い青の尾ひれが、

静かな海流を揺らした。


ノアだった。


海面から戻ったばかりの身体には、

まだ少しだけ月の匂いが残っている。


ノアはゆっくり遺跡の回廊を抜ける。


途中、

浅瀬側の人魚たちがこちらを見た。


小さく歌を交わす者。


静かに眠る者。


深海魚と遊ぶ幼い人魚たち。


海の底では、

歌が会話だった。


言葉より柔らかく、

感情を伝えるもの。


けれど今のノアの頭には、

別の音ばかり浮かんでいた。


ぽろん、と。


静かな弦の音。


夜の波へ溶ける旋律。


凪のギターだった。


ノアは少し目を閉じる。


思い出すだけで、

胸の奥が温かくなる。


不思議だった。


人間の音なのに。


どうしてあんなに、

安心するのだろう。


「……ノア」


不意に声がした。


ノアが振り返る。


遺跡の柱の影。


そこに、

長い青銀の髪を揺らした人魚が立っていた。


深海色の瞳。


静かな圧を纏うその姿は、

周囲の人魚たちとは明らかに違う。


レヴィだった。


ノアは少しだけ目を瞬く。


「お兄様」


レヴィはゆっくり近付いてくる。


尾ひれが水を裂く音さえ、

静かだった。


その視線が、

ノアの髪先を捉える。


「……また海面へ行っていたのか」


低い声。


責めるようではない。


けれど、

深海の冷たさみたいな響きがある。


ノアは少し視線を逸らした。


「……行った」


「ノア」


「でも」


ノアはふわりと尾ひれを揺らす。


「綺麗なんだよ」


レヴィが黙る。


ノアはゆっくり海面を見上げた。


遥か上。


ほとんど見えない場所。


けれどその向こうに、

凪がいる。


夜の海がある。


ギターの音がある。


「人間の世界、

思ってたよりずっと綺麗だった」


その言葉に、

レヴィの表情がわずかに曇る。


けれどノアは気付かない。


今の胸の中は、

凪のことでいっぱいだった。


“また明日”


人間の言葉なのに。


どうしてあんなに、

胸が温かくなるのだろう。


ノアは静かに目を閉じる。


波の代わりに、

ギターの音を思い出す。


名前を呼ぶ声を思い出す。


ナギ。


その響きだけで、

少し嬉しくなる。


海の底は静かだった。


なのにノアの心だけが、

月の光が届く海面へ向かっていた。


早く、

夜になればいいのに。

ご覧いただきありがとうございます。

『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『深海に溺れる』

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