第6話「また明日」
気付けば。
凪の日常は、
少しずつ変わっていた。
朝、
大学へ行く。
講義を受ける。
適当に昼を済ませる。
家へ帰る。
それだけだった毎日。
でも最近は。
夕方になると、
無意識に空を見るようになった。
夜を待っている。
自覚した瞬間、
凪は少しだけ困った顔をする。
「……重症だろ」
小さく呟きながら、
ギターケースを背負う。
向かう場所は、
もう決まっていた。
夜の海。
岩場。
ノアのいる場所。
「ナギ」
波打ち際から、
嬉しそうな声が聞こえる。
凪は少し笑う。
「いた」
「今日も来たね」
ノアは本当に嬉しそうだった。
まるで、
凪が来ることを疑っていなかったみたいに。
その顔を見るたび、
胸の奥が少し熱くなる。
波音が揺れる。
凪は岩場へ座り、
ギターを抱えた。
ノアはすぐ近くまで寄ってくる。
最近、
距離が近い。
本人に自覚はないのだろうけど。
「今日、
港の近く光ってた」
「あー、祭りの準備じゃない」
「まつり?」
「夏祭り」
ノアの瞳がぱっと輝く。
「それ、
楽しいの?」
「まぁ……
人多いけど」
「行ってみたい」
即答だった。
凪は少し笑う。
「お前、
ほんと人間の世界好きだな」
「好き」
ノアは頷く。
それから、
少しだけ目を細めた。
「ナギがいるから」
どくり、と胸が鳴る。
凪は思わず顔を逸らした。
「……そういうの、
普通に言うな」
「?」
ノアは本気で分かっていない顔をする。
「ほんとのことだよ」
だから困る。
凪は片手で顔を覆った。
ノアはそんな凪を不思議そうに見つめる。
潮風が白金の髪を揺らした。
凪は最近、
気付いてしまっている。
ノアが笑うと嬉しい。
ノアが来ると安心する。
ノアの声を聞くと、
胸の奥が温かくなる。
それが何なのか。
もう、
分かり始めていた。
ギターを鳴らす。
ぽろん、と夜へ音が溶ける。
ノアは静かに聞いていた。
時々、
小さく鼻歌みたいに歌を重ねる。
波音と、
ギターと、
歌声。
全部が自然に混ざっていく。
凪はふと思う。
こんな時間が、
ずっと続けばいいのに。
するとノアが、
不意にこちらを見る。
「ナギ」
「ん?」
「明日も来る?」
その問いに、
凪は少し笑った。
「……来るよ」
ノアの表情が、
ぱっと明るくなる。
その顔を見るだけで、
また胸がうるさくなる。
「じゃあ、
また明日だね」
“また明日”
その言葉が、
妙に嬉しかった。
凪は静かに海を見る。
夜の波が揺れている。
昔は、
夜なんてただ静かなだけだった。
でも今は違う。
夜になるのが待ち遠しい。
海へ行きたいと思う。
ノアに会いたいと思う。
それが、
こんなにも自然になってしまっていた。
月明かりの下。
ノアが笑っている。
凪はその姿を見つめながら、
小さく目を細めた。
夜の海は、
今日も静かだった。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




