第5話「歌」
波音が静かに揺れている。
夜の海は穏やかだった。
凪は岩場へ腰を下ろし、
ギターを抱える。
隣では、
ノアが波打ち際へ腕を乗せながら、
じっとこちらを見ていた。
最近、
こうして一緒にいるのが当たり前になってきている。
夜になると海へ来て。
ノアと話して。
ギターを弾く。
それだけなのに、
不思議なくらい心が落ち着いた。
凪は弦へ触れる。
ぽろん、と音が鳴る。
ノアが嬉しそうに目を細めた。
「今日の音、
優しいね」
「そんな違い分かんの?」
「分かるよ」
即答だった。
ノアは波間で尾ひれを揺らす。
「ナギの音、
毎日違う」
凪は少し黙る。
そんなふうに、
ちゃんと聞いてくれている人なんて、
今までいなかった。
少し照れくさくなって、
誤魔化すようにコードを鳴らす。
夜の海へ、
旋律が溶けていく。
ノアは静かに耳を傾けていた。
それから不意に、
小さく口を開く。
歌声だった。
透き通るような、
柔らかい声。
波へ溶けるみたいに、
凪のギターへ重なっていく。
凪の指が止まりそうになる。
でも。
止めたくなかった。
もっと聞きたい、
と思った。
凪はゆっくり弦を鳴らす。
ノアが歌う。
ギターと歌声が、
静かな夜へ溶けていく。
波音が混ざる。
潮風が揺れる。
月明かりが海面へ散っていた。
まるで、
世界に二人しかいないみたいだった。
ノアは歌いながら、
嬉しそうに笑っている。
その顔を見た瞬間。
凪の胸が、
ぎゅう、と苦しくなる。
綺麗だ。
あまりにも。
海も。
歌も。
ノアも。
全部。
凪は夢中でギターを弾いた。
もっとこの声を聞いていたかった。
もっと、
重ねていたかった。
ノアの歌声が、
自分の音へ寄り添うたび。
胸の奥の、
ずっと冷えていた場所が、
少しずつ溶けていく気がした。
――ああ。
こんな気持ち、
知らない。
気付けば、
凪の目元が少し熱くなっていた。
「……ナギ?」
歌が止まる。
ノアが心配そうにこちらを見る。
凪は慌てて顔を逸らした。
「いや……
なんでもない」
「でも」
「ちょっと、
びっくりしただけ」
声がうまく出ない。
ノアはしばらく凪を見ていたが、
やがて静かに笑った。
「ナギの音、
好き」
真っ直ぐな声。
凪はまた胸が熱くなる。
「……ノアの歌も」
思わず零れる。
ノアが目を見開いた。
「ほんと?」
「……うん」
「嬉しい」
その笑顔が、
月明かりより眩しく見えた。
波音が揺れる。
ギターの余韻が、
静かな海へ溶けていく。
凪はふと思う。
もし祖母が言っていた通り、
人魚が人を海へ誘う存在なのだとしたら。
自分はもう、
とっくに連れて行かれているのかもしれない。
ノアという歌声に。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




