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ep.4 「理想の悪役令嬢」

 うえーん うえーん……


 遠くで誰かが泣いてる声が聞こえます。あれは、幼い頃の私でしょうか?


 クラスの男子に公園で遊んでるところを見付かって、たった1人で築き上げた小さな砂山を無惨にも踏みつけられて、幼い私が泥だらけの手で泣いています。


 産まれた頃から発育が悪くて、身長も体重も全然増えなくて、整列すれば常に先頭だった私は、いつか真っ直ぐ手を伸ばして、誰かの後ろで「前ならえ」をしてみたいなぁってのが夢でした。


 チビでヒョロガリで、オマケに根暗なもんだから友達なんて出来る訳もなくて、休み時間はいっつも図書室に籠る日々でした。

 友達と呼べるのは本棚に並んだ静かな彼等だけでした。


 うえーん うえーん


 泣いてる私は恐らく小学二年生ぐらいの自分です。

 一年経っても誰も話す人が出来なかった私は、放課後ひとりぼっちで帰る途中、たまにこうして公園で、ランドセルを背負ったまま砂山を築くのを趣味としていた記憶があります。


 描くのは「お城の頂上(てっぺん)に立ちたい」とかそうゆうんじゃなくて、その中の片隅で、隣にいる侍女仲間とコソコソと「今日もあの方はお綺麗ね」なんて、微笑みながら会話している自分です。


 ええ、既にこの頃からラノベに手を出していた私は、(よわい)7歳にして既に悪役令嬢の虜でした。


 切っ掛けは何気無く手に取った絵の綺麗なマンガ本でした。

 追放だとか断罪だとか、はたまた婚約破棄とか復讐とか、冤罪やスローライフ等々、私は小学二年生にして、大人のドロドロさを知るとともに、そんな逆境に立ち向かう悪役令嬢に物凄く心惹かれ、だけど自分にはなれないからソッと陰で見守りたいと、小さな小さな夢を描いていました。


『お前ら、なにやってんだよ』


 そんな時です。将来私の書く主人公の見本が颯爽と現れたのは、黒いランドセルを背負って、この頃から既に学校で悪名を轟かせていた兄が忽然と姿を現したのは、まさしくこの時でした。


 ドカ バキ ボコ


 三人いた悪ガキ共を瞬時に拳で黙らせ、息ひとつ乱さず、そのヒーローは小さな背中で次のように語ったのです。


『俺の可愛い妹に手ぇ出してんじゃねえよ、コイツは引っ込み思案でバカだけど、俺の大切な、大切な妹なんだからよー……』


 ────と、倒れる少年達に向かって言ってくれたのです。


 トゥクン…


 はい正直申しますと、この時私は兄にときめいてしまいました。()()()()()()って思ってしまいました。

 こんな悪役令嬢書きてえなぁって、思ってしまいました。


 ブシャアアアアー……


『────おい、真冬? 真冬!? なんで鼻血流しながら笑顔で倒れてんだ? おい!?』


 思えばこの時からです。私の噴射癖が付いたのは…


 ……それから私は小さな背中に背負われて、自分の服の襟首と兄の背中を血で汚しながら帰宅しました。

 そんな私達を見て、お母さんはとても驚いていて、助けてくれた兄が何故か責められていた記憶がボンヤリとあります。


 ベッドで目覚めた私が下に降りて事の経緯を説明するまで、刑事に取り調べを受ける被疑者のように、リビングで『俺じゃない』を繰り返してた兄の姿は、いま思い出しても少し笑ってしまいます。


 私を助けてくれた人はヒーローでした。どんな物語の英雄にも負けないキザな台詞を吐くヒーローでした。


 ……だから、だから私は決意したんです。

 次の日、原稿用紙を買いに行って、ついでに辞書も買いに行って、難しい漢字と睨めっこしながら、こんな悪役令嬢(ヒーロー)を書いてやるって。


 ……残念ながらそれは夢半ばで破れて、今はそのヒーローは「ヒロイン」として名を馳せている訳ですが…


 ★ ☆ ★ ☆ ★


 ユッサ ユッサ ユッサ……


「う、ううんー……」


「お、ようやく目覚めたかバカ妹」


 懐かしいリズムに心地好く揺られ、ゆっくりと静かに目覚めた私は、あの頃より大きく、だけど(しな)やかになった兄の背中で、自分が過去の夢を見ていた事に気付きました。


「……お兄ちゃん…宮原さんは?」

「誠司ならとっくに帰ったよ。途中までは一緒だったんだけどな? お前のこと結構心配しててさ、気ぃ使って代わりに背負おうとしてくれたりしたんだけど、そこはやんわり断っといた」

「それって、私の心配なのかなー……?」

「当たり前だろう? 鼻血吹いたまま起きないお前の事スゲー心配してたぞアイツ…『おい、血が止まんねえよ…妹さん何かの病気なのか!?』とか言ってさ…はははっ」

「んー……?」


 ちょっと前に起こった出来事を、思い出して話すお兄ちゃんは何処か嬉しそうです。

 私が友達がいなかったのと同様に、兄も友人がいなかった訳ですから、理由はそれぞれ違うとはいえ、見た目も性格も全然違うとはいえ、変なとこ似た者同士な私達はやっぱり血の繋がった兄妹なのでしょう。


「ねぇー…お兄ちゃんさぁー……」

「んだよ?」

「…………ゴメンね」


 過去を思い出したからか、私は急にあのヒーローが恋しくなって、ついついヒロインに謝ってしまいました。


「……なあ、お前さ…好きだったよな悪役令嬢…」

「え?」

「あれからずっと考えてたんだけどさ、授業中だって飯喰ってる時だって…真冬はどうして俺をこんな姿にしたんだろう?ってずっと考えてたんだけどさ…そういやお前は確かに言ってたなって、帰り道とか家族で出掛けた時でもずっと『理想の悪役令嬢』はこうでこうでこうじゃなきゃって、ずーっとなんか隣でブツブツ言ってたなって、思い出した」


 私を背中に背負いながらお兄ちゃんは、あの頃と少し違う姿のお兄ちゃんは、何だか良い香りがするお兄ちゃんは、優しい口調で語り続けます。


「だからまあ、仕方ねえかなって。暫くはお前の気が済むまでこの姿に付き合ってやるかなって、もう薬は作れないとか言ってたけど、出来るんだろ? どうせ? 真冬は昔っから見通しの立たない未来は嫌いだったもんな…」

「……たぶん。材料さえ揃えばだけど…」

「───だと思った。ははっ」

「う、ううぅ…ごべん、ごべんお兄ちゃん……」

「泣くなよ、また母さんに変な疑惑かけられるだろ?」

「ごべんねえ~…でも、もう少しそのままでいて~……」

「はいはい、分かったよバカ真冬…」


 ……もちろん、私は自分のした事に後悔はしていません。

 私は理想の悪役令嬢がどうしても描きたくて、だけど描けないから作りたくて、そんな願望の捌け口に兄を使ってしまった事を悪いとは思いつつも微塵も後悔はしていません。

 だって今の兄は、本当に理想通りの悪役令嬢なのですから……


 ────ですが、ですが少しだけ…その懐かしい背中に罪悪感というものが刺激されて、そんな兄の言葉に涙腺が緩んで、ついつい良い匂いのする制服に顔を埋めてしまったのです。


「泣くなよ、頼むから……」

「ううぅー……ズビー……!」

「きったねえな、おい!?」


 悪役令嬢から戻れないなんて嘘です。

 二度とお兄ちゃんは男に戻れないなんて嘘です。

 だって、そうでも言わないと、そうでも思ってないと自分が壊れてしまう気がしたから、「男に戻しては、また悪役令嬢に変えて」の繰り返しになってしまう気がしたから……


 だから私は研究道具も沢山あった黒魔術の本も全て、全て廃棄したのです。


 ユッサ ユッサ ユッサ……


 あの頃と同じリズムで家路を歩きます。

 あの頃より少し大きな歩幅で、川沿いの道を歩きます。


「まったく本当に、アホな妹を持ったもんだ……」

「どうぜ、アボだもん…ううぅー…一年、中学卒業するまで一年間だけ我慢してぇー…」

「はいはい…一年だけな」


 沈む夕陽はさっきよりも断然輝きを増していて、遠くでカラスがそんな私に『アホー』とか言って、便乗して鳴いてる気がして少しだけ腹が立ちました。


 ……だけどそんな聞きなれた言葉を吐く人が、今は背負って歩いてくれてる訳ですから、一年は我慢すると言ってくれた訳ですから、そんな兄を見習って、今日の所はそんなカラスに言い返すのを、偉い私は止めといて上げたのです。

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