ep.3 「真紅に染まる河川敷」
「それで、どうゆう事よ? 結構噂になってるけど、真冬のお兄ちゃんが爆美女になって学校に現れたって」
「爆美女ではないです、悪役令嬢ですよ琥紺ちゃん」
お昼時、私と対面で食事を取るのは後ろの席の狐井琥紺ちゃんといって、私が中学で出会った数少ない友人の一人です。
元々人見知りで、小学生時代からあまり友人の多くなかった私ですが、卒業アルバムの写真にさえ端っこで映ってる私ですが、そんな弱々しいピースしか出来なかった私に、こんなコミュ力つよつよの友人が出来るのですから、人生とは分からないものです。
「悪役令嬢、何よそれ?」
切れ長の目の眉根を寄せて、非常に整ったフェイスラインをした琥紺ちゃんは、センター分けした長い金色の髪の下から訝しげに私を覗いてきます。
黙ってればとっても美人さんで、舌打ちしたり、今みたいに強い目で皆を睨んだりしなければ、きっとクラスにいる男子諸君は今頃、彼女を高嶺の花として崇め奉っていた事でしょう。
「強く気高く美しく、国を追い出されても決して心折れることなく崇高な精神を持ち続ける。例えどんな酷い環境や苦境に立たされても、最後まで折れずこれが私だと威風堂々と立ち振る舞う。それが、私の大好きな悪役令嬢の姿であって、私がお兄ちゃんに託した夢の形なのです」
ズズズ、ズココー……
「……言ってること、全然分かんないんだけど」
お弁当をつつき終わり、最後に紙パックに入ったマンゴージュースを無作法に啜りながら、琥紺ちゃんは更に私に説明を求めてきます。
「つまり、お兄ちゃんは私が調合した薬を飲んで悪役令嬢になったって事です。私が憧れた姿を有らん限り呪詛で込めて、理想を追求して追求して寸分違わぬ姿になるよう毎晩薬と魔方陣と睨めっこして作った最強の『悪役令嬢になる薬』を飲んで、最高の悪役令嬢になったって事です」
「待って、いま呪詛って言った?」
「琥紺ちゃん、マンゴージュースでは胸は大きくならないと思いますよ?」
「……はっ倒すよ?」
「止めて下さい、そんな強い言葉を使うの。ほら、またクラスの男子がビビって目を逸らしてるじゃないですか? ほらほら?」
───等と、会話した琥紺ちゃんは煽りすぎたのか、最後に飲み掛けだったマンゴージュースをメキョッと握り潰してしまいました。
幸いにも中身は少なくて、被害は手の平だけで済んだみたいですが、少し嫌そうに、そんなベトベトになった手を彼女は綺麗なハンカチを出して拭いておりました。
根は優しいんです。根はとっても良い子なんです。
目付きと口調は少し強いですが其処はかとなく育ちの良さが感じられますし、私が鼻血を拭いて仰向けに倒れた時も、返り血を浴びながらも逸早く駆け寄って、一番心配してくれてたのは彼女でした。
案外どうして、私は結構周りの人に恵まれてるなぁって思います。
悪役令嬢になったお兄ちゃんだって、ブツクサ文句言いながら一緒に登校してくれたし、お父さんもお母さんも、マダムな雰囲気のある読み専の校長先生だって、意外とスンナリ状況を受け入れてくれましたから…
「……まあ、なんていうか…あんまり変な事しないでよね。夏広先輩はこの際どうでも良いとして、呪詛だなんだに手を出して、真冬が危険な目に合うのは見たくないからさ」
「うん、ありがとう琥紺ちゃん」
ほらね?私の優しい友人も意外とスンナリ受け入れてくれたでしょう?
だからね、心配する事無いんですよお兄ちゃん。今日1日ずーっと窓辺でガラスに映る自分を見て溜め息吐いてたお兄ちゃん、世界はね、結構能天気に回っているのですから。
「それで? 真冬が今日1日ずーっと寝たふりしてた理由は何なの?」
「し、してないですよ。本当に眠くて寝てただけです。こ、琥紺ちゃんの気のせいじゃないですか?」
「時たま肩を震わせて、ブフッとかグフッとか言って、足をバタつかせて寝る人間がどこの世界にいるってわけ?」
「そ、それはー……あ、あはははは…ごめん、トイレ!!」
「あ、逃げんな! コラ!」
冷や汗ダラダラの私は、それ以上琥紺ちゃんの鋭い視線に耐えられなくて、思わず席を立って教室から逃げ出してしまいました。
だって言えるわけ無いじゃないですか、私がコッソリ兄の姿を覗き見してたなんて、琥紺ちゃんに変態だと思われちゃうじゃないですか!?
「う、ううう~、ごめんなさいお兄ちゃん、私は苦境の前に逃げ出した臆病者ですうぅ…」
バタバタバター…… バタン!
走る私はそんな事を呟きながら個室へと逃げ込み、そのまま落ち着いた環境でゆっくりと、閉じた便座の上に座り今の兄の動向を探りました…
(意外…お兄ちゃんって友達いなかったんだ…)
たった一人でお母さんの作ってくれたお弁当を食べる兄はどこか寂しそうで、だけどその憂いを帯びた表情はとても美しくて、そんな兄の姿を見ながら私は…そっとトイレットペーパーを巻き取り熱くなった鼻頭を押さえたのです。
「ふがが…最高です…やっぱり私の目に狂いはなかったでふ…ふふふふふ……」
……潜血に染まったトイレットペーパーを流したのは、それから30分後のちょうど昼休みが終わる頃でした。
☆ ★ ☆ ★ ☆
キーン、コーン、カーン、コーンー……
「ごめん琥紺ちゃん、今日は先帰る!」
「あ、ちょっと! 真冬!? 待ちなさい!」
終礼のチャイムと共にダッシュで教室を後にする私を琥紺ちゃんは必死に手を伸ばして追いかけて来ますが、残念ながら彼女は私に追い付けません。
勉強も料理も見た目も、何ひとつ彼女には敵いませんが、それでも学年最下位の運動能力である琥紺ちゃんは、そこだけが唯一の弱点である彼女は、絶対に私に追い付けないのです。
「ぜっ、ぜえっ…んもー…どこ行くのよー……」
過ぎ去りし廊下の奥から、そんな彼女の息も絶え絶えな声が聞こえてきますが、私は振り返ったりしません。
何故なら、そう何故なら、今日の放課後はビッグイベントが私の悪役令嬢の身に起きるからです。
(ごめん琥紺ちゃん、明日たっぷり怒られるから今日だけは見逃して!)
生憎ですが、お兄ちゃんの心配をしてる訳ではありません。あんな智力を全て筋力に奪い取られたような筋肉ゴリラの心配なんか、私がする訳ないじゃないですか?
私が走るのは決闘が見たいからです。熱き決闘が見たいからです。
私の作り出した悪役令嬢が、二人以外誰もいない河川敷で、時たま通る電車の音をBGMに、夕陽を背景にしながら膝に手を付いて『なかなかやるじゃない…』なんて台詞を口にしながら、手の甲で汗を拭うシーンが、とっても、とーっても見たいからです!
キキキキキッー……!!!
───そんな親友の手を払いのけて無我夢中で走り続けていた私は、いつの間にか到着していた河川敷の上で慌てて急ブレーキをかけました。
「お、おおう…ナイスタイミングだ私…」
なぜなら、学校からそんなに離れていない河川敷の下で、少し早めの放課後をズルして手に入れていた二人を見つけたからです。
そう、ちょうど想像していた通りの姿勢で……
「……ふん、女になったとしても相変わらず力馬鹿だな」
「そっちこそ、いつも通り遠慮なく来てくれて嬉しいよ…」
向かい合った二人は互いに満身創痍で膝に手を付いていて、格好付けてそんな台詞を言い合っています。
お誂え向きにちょうど太陽が夕陽へと変わってくれて、二人の奥にある水面がキラキラ輝き出して、長く伸びる影が土手の上にいる私の方まで届きそうな程、世界は目映いばかりのオレンジ色に染まり始めました。
「……日も沈んで来たことだし、次で終わりにしようじゃねえか」
「構わねえぜ?互いにもう限界だしな…」
挑戦者である宮原さんという方が、そんな提案を内股で膝に手を付く兄にしてきました。
───ええ、私は拘りましたから。がに股で男臭く振る舞う悪役令嬢の姿は見たくなかったので、気品を保ちつつ女性らしさも忘れない、だけど荒々しさも残した最強の悪役令嬢を産み出そうと血反吐を吐いて研究しましたから。
呪文の呟き過ぎで声帯がおかしくなるほど願いを込めましたから。
「……あのよ、すげえ言いにくいんだけどよ」
「……んだよ?」
「夏広のそのポーズは狙ってやってんのか?」
「ポーズ?」
「───っさっきからよお!? 何なんだよオマエよお!? 何でいちいち倒れる格好が女臭かったり、妙にしなつくって起き上がったり、蹴った後にスカートが捲れてねえか気にしたりするんだよ? 誰も見ねえよお前の下着なんかさあああ、興味ねえんだよおお!? なあああ!?」
……えーとはい、もちろん兄用の女性下着も準備バッチリ購入済みです。
その点は抜かりないのですが、嫌がる兄に無理矢理履かせたし、全くもって抜かりないのですが、ですがしかしー……
「……す、好きで…やってんじゃねえし」
「───照れんなよおおお!? 恥じらって頬染めんなよおおお!? しなつくんなよ気色悪いいなあああ!?」
「気色ー……悪いか、やっぱ…」
「あっいや、ちがっー……」
「っはは、ゴメンな…お前との約束果たす前にこんな姿になっちまって……」
────ドバドバドバドバドバドバドバドバドバッ!
どうしましょう、鼻血が止まりません。どうしましょう、私は今日死ぬかも知れません。
何ですかアレは?何ですかあのモンスターは?確かに「恥じらい」という要素も多少は加味して調合しましたが、あそこまでとは予想していませんでした。
あそこまでギャップ萌えな姿は想像していませんでした!
私はどうやらとんでもないモンスターを作り出してしまったみたいです。
「うわっ、何だこの血は!?」
「土手の上から? ───って、あれは真冬!?」
……意識が遠退き、朝と同じく再び後ろに倒れそうになる中、お兄ちゃんと宮原さんが勝負を中断して駆け寄ってくる姿が見えます。
夕陽を背景に、二人で肩を並べ合って、一生懸命土手を駆け上がってくる姿が見えます。
「あ、あのさー……」
「ん? ああー……」
そんな中、何かを言いたそうにした宮原さんに、お兄ちゃんが何かを察し笑って答えました。
「……ははっ、勝負はお預けだな。またいつか、何なら明日にでも挑戦は受けるからよ? それで良いだろ誠司?」
バチンッ──☆
「───くっ、ああもう! 気安く下の名前で呼ぶんじゃねえ! 暫くナシだナシ! お前との勝負はお前が男に戻ってからだ!!」
「……やっぱ気色悪いか…」
「そうじゃねえええんだよ! クソッタレエー……!!」
……等と、ウインクをしながら宣言した兄を見て、私は少しだけ宮原さんに同情してしまいました。
(ごめんなさい…宮原さん、まさか兄がここまでの逸材だとは思っていなかったの…更にごめんなさい、男に戻れる薬なんてもう造れないのですー……)
同時に謝罪をする事も忘れずに、先程のお兄ちゃん以上に顔を真っ赤にする宮原さんを見ながら、何だかお兄ちゃんにも友達が出来そうだなぁ…と思いながら、全てが赤く染まる河川敷で私はそっと意識を手放したのでした。
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