ep.2 「ペンはフラスコより強し」
「まあまあまあ、そうだったの…うん、良いんじゃない? 実は私も女の子がもう1人欲しくて、お父さんに相談してた所だったし」
「いやあ、僕は男の子が減ったのは少し寂しいけど、この歳でまた1人増えるのもなぁって少し悩んじゃってたから、夏広みたいな長女がいるのも悪くないんじゃないかなぁ?」
「あら、そうだったの?」
「実を言うとね? 養えるかなぁって少し不安だった。ア、アハハハハハ…」
「その時は私も出稼ぎに行くから心配する事ないのに、うふふふふふ…」
季節風家の朝の団欒時に、ぽかーんとした顔で、お兄ちゃんを見つめる秋広お父さんと春香お母さんに、事の顛末を説明しました。
一言一句、嘘偽りなく丁寧に説明しました。そうしたら不思議と納得してくれました。
───これはそんな私が死力を尽くし熱意を持って、悪役令嬢がなんたるかを両親に必死に説明した後の、和やかな季節風家の会話なのです。
「な、なんだ…コイツら、俺が女になったってのに、その妙に嬉しそうなリアクションは…」
絶句するお兄ちゃんは、目を見開いたまま何やらブツブツと、朝食を取る私の隣で両親に向かって「コイツら」なんていう酷い暴言を吐いております。
「お兄ちゃん…あ、ごめん。お姉さま、幾らなんでも実の親に向かってその言葉は無いんじゃないかと思います」
「お兄ちゃんだ。俺はお兄ちゃんだ。何うっかり『あ、間違えました』みたいな顔して、しれっと言い直してやがる。事の元凶を作った張本人の癖に、俺に道徳を説こうとするんじゃねえ! ぜ・ん・ぶ、真冬が悪いんだからな!!」
制服姿で静かに朝食を頂く私の横で、兄は私が用意した制服を着るのを拒んで、未だにパジャマ姿で熱り散らかしております。
父と母の大家族育成計画には少々ビックリですが、私も兄もいい加減大きくなってきていて、息苦しさを感じていたこの空間に、これ以上人数を増やそうと画策していたのは驚きですが、何はともあれ、そんな能天気な両親達で良かったなぁ…と、容易く洗脳出来る両親達で良かったなぁ…と、胸を撫で下ろす現状です。
「全然、上手く行ってねえかんな!? なに全部シナリオ通りみてえな勝ち誇った面して玉子焼きを喰ってやがる!? 最大の犠牲者である俺は、ハッキリ言って全然納得してねえかんな!?」
「……ち、近いですよ。お姉さまあぁ…そ、そんなに見詰められると、恥ずかしいじゃないですかあぁぁ…」
超至近距離で怒り散らかす兄の御尊顔はとても美しくて、私の目には眩しすぎて、ついつい顔を背けてしまいます。
「おい、マジでふざけんな。顔を真っ赤にして背ける前に、言うことがあるだろう?」
「はい、ありがとうございます」
「……違えよバカ真冬。てか、この身体を元に戻す薬はねえのかよ?」
「ございません! 綺麗さっぱり研究道具は捨て去りました。黒魔術の本も昨日の燃えるゴミの日に全て廃却済みです!」
ゴチン!!
「いっ、いったあぁぁあー……あ、握力は変わって無いのですね…くうぅ、そこだけが懸念点ですが…ですが、悪役令嬢たるもの強く気高く美しく、何者にも屈しない強靭な精神と体力を持っていなければなりませんので、そこを省く訳にはいかなかったというか…」
───等と、兄に叩かれ涙目でブツブツ呟いてた私に、能天気な両親のうちの1人、栗色でロングヘアーでおっとりした雰囲気の母親から1つの質問が投げ掛けられました。
「……ねえ真冬、あなたそんなに立派な脳味噌があるなら、小説なんて簡単に書けるんじゃないの?」
バン!!
多少、聞き捨てならない質問を投げ掛けられました。
「うお、なんだ急に!?」
「ま、真冬どうした? 落ち着きなさい」
悪役令嬢となった超美人の兄と、黒髪短髪の眼鏡を掛けた極平凡なモブキャラっぽいお父さんが、急に立ち上がった私を見て驚いています。
「───お母さん、それは世に蔓延る大勢の物書きさん達に失礼ですよ。小説は…小説はそんな簡単なもんじゃねえんです!!」
シーン……
父も母も兄も全員が目を白黒させて私を見て、賑やかだった食卓は一気に静まり返りました。
和やかだった雰囲気をぶち壊してしまった私に、責任の一端は大きくありますが、ですがこれだけは声を大にして言いたいのです。
『小説家はそんな甘いもんじゃねえ』って、私は口調の悪い兄の真似事をして、この世の中全てに叫び散らかしたいのです!
★ ☆ ★ ☆ ★
「あらあら、まあまあ、そうですか『悪役令嬢』ですか…ふむふむうんうん、真冬さん…あなたとってもよく分かってるじゃないですか。素晴らしい。事情は分かりましたので、夏広くんのセーラー服での登校を許可しましょう」
「ちょっ…校長先生! 良いんですか!?」
「何ですか教頭先生、あなた真冬さんがどれだけ凄い偉業を成し遂げたか、よく分かってないようですね? 悪役令嬢ですよ悪役令嬢。あの小説の中にしか存在しなかった人物が今こうして目の前にいるんですよ? …私達読者が想像を掻き立てて止まなかった夢の中の人物が、まさしく理想通りの姿を持って同じ空気を吸っているんですよ…これを素晴らしいと言わずして何と言いましょうか?」
───どうやら校長先生は読み専だったらしいです。
男子用の制服を必死に無理矢理着ようとしてたお兄ちゃんは、その胸の大きさに負けて、泣く泣く白のセーラー服で登校して、そのまま真っ直ぐ私と一緒に職員室へ向かいました。
「狂ってる…この世界は狂ってる…」
等とブツブツ呟きながら職員室を後にしたお兄ちゃんは、そのまま項垂れながら三階にある自分の教室へと、ウキウキルンルン♪な女性担任と共に向かって行きました。
何やら彼女も校長先生と同じ匂いを放っていたように感じたのですが、それも仕方ないですね。だって、web小説は面白いですから。
「……着いて行けなかったのは残念ですが、しかし私には奥の手があるという事をお兄ちゃんは知らなかったようですね。ふふふふふ…」
本来ならば、ここから兄がどんな風にクラスメイト達に迎え入れられるかが、物語の醍醐味です。
『えーっ』っていうクラスメイト達に囲まれて、少し気恥ずかしそうに挨拶をする兄の姿は、そっち系の話が好きな人達にとっては、そりゃあたまらんですよね。
ですが、これは私の物語です。
悪役令嬢を作り出した私の物語です。
私視点の物語ですから、そんな兄の姿を覗く事は出来ません。
そりゃあ私だって見たいですよ、出来るなら私だって見たいですよ。
自分が作り出した悪役令嬢が、今は何をして誰とどんな会話をしているか、この朝のHRをすっ飛ばして覗きに行きたいですよ。
「ふふふ……秘技『俯瞰の目』発動」
ですから私は考えました。
小説で使われる一人称と三人称から着想を得て、神視点から兄を覗けないかと考えました。
キイィィー……ン
それがこの『俯瞰の目』の能力です。
様々な薬品を調合して爆発させまくって、危うく科学室が吹き飛ぶんじゃないかというぐらい危険な実験を繰り返し、夜な夜な魔方陣の上で怪しげな呪文を注ぎこみ、『悪役令嬢になる薬』と共に完成させた私の最強の切り札の1つです。
(さてさて、私の手を振り払って教室に向かったお兄ちゃんは、今頃なにをしてるのでしょうか…)
目を閉じた先に広がるのは、こことは違う三年二組の教室の風景です。
───悪役令嬢になったお兄ちゃんは、果たしてクラスに上手く馴染めているのか、私は小説を捲るよりもウキウキして、そっと意識を飛ばしました。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「……おい、季節風。お前なに俺との勝負から逃げてんだよ?」
「……あ?」
(ふおぉぉお…見える、見えるぞおー…綺麗、お兄ちゃんマジ綺麗。ああ最高…でもなんか、私の悪役令嬢がチンピラに絡まれてるうぅ)
私が意識を飛ばした先は、予定より早く終わったHRの後の教室でした。
机に頬杖付いて不機嫌そうに窓の外を見るお兄ちゃんは、とっても絵になってましたが、そんなお兄ちゃんに近付く不届きものが現れて、私はほんの少し焦りました。
「……どういう意味だよ?」
「どうもこうもねえよ、なに勝手に女になって、俺との勝負を勝ち越しで逃げてんだよ? ふざけんな、どっちが上か決まるまで最後までやり合おうって約束したじゃねえか! 先に2勝した方が上だって約束したじゃねえか!!」
兄の机にめちゃくちゃ不機嫌そうに近付いた、金色短髪でピアスがいっぱい開いた同じクラスの不良さんが、物凄く憤慨しながら熱り立っております。
不良の世界はよく知らないですが、なんだかお兄ちゃんは、そんな変な約束を彼と交わしていたようです。
(ど、どうするんだろうー……)
「ふん、別に女になったからって力が落ちた訳じゃねえ…いいぜ、その勝負の続き今日の放課後やってやるよ?」
「───はっ、上等」
「言っとくけど、女になったからって手加減とか無しだかんな?」
「……テメエに手加減して勝てるなんて、端から思ってねえから安心しろよ」
シーンー……
一気に教室内は静まり返り、緊迫した空気が張り詰めています。
女子も男子もヒソヒソと、流石に不味いんじゃないかと囁いております。
勝負を仕掛けた本人も、何かを察して少し不味かったかと怖じ気付いております。
───しかし…
「は、周りの声なんか気にすんな、男同士の約束だ。ちゃーんと白黒付けようぜ、なあ宮原?」
「お、おう。ったりめーだ」
しかし、お兄ちゃんは格好良かった。
私の作り出した悪役令嬢は最高だった。
そんな宮原さんとかいう人に向かって、私の悪役令嬢は、長い髪を手で払ってそんな台詞を言ってのけたのだ。
(か、かっけえぇぇー……私の悪役令嬢かっけえぇぇー……)
ブシャアァァァアー……
★ ☆ ★ ☆ ★
残念ながら、その先の出来事は覚えていません。
なぜなら私は大量の血を鼻から噴射し、能力を発動する気力を失ったからです。
「───おい、季節風? 季節風、大丈夫か? おい!?」
「ちょっと真冬、真冬大丈夫!? てか、血が付いたんだけど! ねえ、何なの急に!?」
そんな被害を被った後ろ席の友人に、後から話を聞いた所によると、鼻からドクドクと血を流し、恍惚の表情を浮かべて机の上で気絶する私を、担任の男の先生も、クラスメイトもみーんな心配して、その日のHRは一時騒然となったそうです。




