ep.1 「書けないなら作ればいい」
悪役令嬢が好きでした。
悪役令嬢ものの小説が大好きでした。
そこから派生する漫画もアニメも大大大好きでした。
だから憧れて私もそんな小説が書いてみたいなあって思って、書き始めました。
でも、全然だめ。
いくら書いても私にはあの人達のような優れた世界観は書けないし、王子様もお姫様も、名前を考えるだけで精一杯で、魅力的なキャラクターには程遠いものでした。
もちろん、一番書きたかった悪役令嬢だって、全然だめ。
口調だけ強くて、そこから発せられる言葉には何の魅力も感じられない。
人々を納得させられるような言葉を、私の描いた悪役令嬢は全然発してくれなかった。
だから私は決めたんです。中学二年生の春の夜に、同じ学校に通う1つ上のお兄ちゃんを見つめて決めたんです!
「……ふふふ、待ってて私の理想の悪役令嬢」
「───んがっ? なんだ? 真冬か? どうした手に変なもん持って…」
「ふふふふふふ……」
「お、おい! 止めろ! なんだその手に持った紫色の薬品は!? そのメスシリンダーに入った謎の液体は!?」
悪役令嬢が書けないなら作ればいい。
見た目怖くて、学園イチの不良と囁かれているお兄ちゃんを、この言葉遣いが乱暴で、妙に人を納得させる言葉が吐けるお兄ちゃんをー……
「私の理想の悪役令嬢にすればいいのだ!!」
ガシッ!!
「んがっ!? ひゃ、ひゃめろ!? 変なもん飲まそうとすんひゃねええ!?」
ットクトクトクー…… ゴクン。
小説を書くのを諦めて早一年。中学に入学してから私はずっと、この日の為にあらゆる科学を勉強し、あらゆる黒魔術誌を読み漁ってきた。
お兄ちゃんの口をムリヤリ開けて飲ませた液体は、私が調合した『悪役令嬢になる薬』だ。
「ふふふ、仮にもお兄ちゃんの妹、握力だけは自信があるって事を、どうやら知らなかったみたいね…ふ、ふふふふふふ」
白目を向いて気絶したお兄ちゃんは、私の予想が正しければ明日の朝には「悪役令嬢」として目覚めるハズだ。
ぶっきらぼうで口調が悪くて、皆から誤解されがちだけど、実は曲がった事が大嫌いで、本当は誰よりも優しい心をもっている…
そんな、そんなお兄ちゃんなら理想の悪役令嬢になれるハズなのだ。
え、自分が飲めば良いんじゃないかって?そんなのー……
「遠くから眺めるのが一番楽しいのだから、私が飲む理由ないじゃないですか!?」
物語は読んでいるから楽しい。私もこんな世界に行ってみたいとか、私も悪役令嬢と話してみたいとか、色んな色んな空想を広げて溶け込むから楽しいのだ。
故に、私は悪役令嬢にならなくていい。
近くで側で見たいから、理想の悪役令嬢が現実に現れるのを間近で見たいから、同じ屋根の下で暮らし、同じ学校に行き、同じお風呂に入って、同じベッドにだって入ってみたいから、私は脇役モブで良いのだ。
「ふふふ、明日が楽しみです。おやすみ、お姉ちゃんー……」
パタン……
閉じた扉の向こう側でお兄ちゃんにどんな変化が起こっているか、それは明日の朝までのお楽しみって事で、私はそっとシュレディンガーの兄の部屋から離れたのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
ゴチン!!
「い、いったあー……」
「痛いじゃねえ! バカ妹!!」
次の日の朝、一年間の努力をようやく達成した私は、その充実感からスヤスヤと、ええ、なんなら7時過ぎまで学校があるのも忘れて熟睡していました。
「ふ、ふおぉぉおー……」
「変な声出すんじゃねえ! 叩かれたのに嬉しそうな顔をするな! 気色悪い!!」
「あ、悪役令嬢だあぁぁあー…… ふおぉぉおー……」
とても強い拳骨を頭に喰らって、ジンジン痛む箇所を押さえながら涙目で目覚めた私ですが、今流している涙は果たして歓喜と恐怖のどちらなのでしょうか?
「どーすんだよ! こんな身体にしてくれやがって! 制服とか学校とか、これからどーやって生きてけって言うんだよ!?」
───ササッ バタン
「それなら御心配いりません。夏広お姉さま。こちらに私めが用意しておいたお召し物がありますゆえ…学校にもキチンと私めが説明致しますゆえ、何の御心配もー……」
ゴチン!!!
「あるに決まってるだろうが! バカ妹!!」
───と、再び兄に叩かれてしまったのですが、私は何の後悔もしておりません。
クローゼットから取り出した制服を抱えて踞る私ですが何の後悔もしておりません。
例え二度とお兄ちゃんが男に戻れなくなろうとも、この先何度強い拳骨で殴られようと、私は今の、パジャマから溢れんばかりの豊満なボディを晒す兄が大好きですので、黒髪ロングストレートで身長172cmの兄が大好きですので、何も恐いことはありません。
「……父さんや母さんには何て説明すんだよ…」
「そちらも、私めが全て説明しますので、御安心をー……」
ゴチン!!!
「出来るわけねえだろうが、クソッタレ!!」
朝から三発も叩かれた私は、もしかしたら身長が5cm伸びて夢の150cm台に到達しているかも知れません。
栗色で癖っ毛でオカッパの頭を押さえながら、私はそんな兄に向かって、ついつい感謝の言葉を述べてしまいました。
「あ、ありがとうございますぅ。夏広お姉さまぁ…」
「恍惚の表情を浮かべんな、気色悪い!」
そんな少し口の悪い兄は、部屋に貼られた一枚のポスターの悪役令嬢と同じポーズで、腰に手を当てて鼻をフンッと鳴らして、窓から漏れる木漏れ日を睨んでいました。
ああ、最高です。
これです、この姿が見たかったのです。
私は、私はこんな悪役令嬢を描きたかったのです。
「まったく…どうする気なんだよ、バカ真冬…」
そう言った兄は少し呆れたように笑って、叩いた私の頭を「やり過ぎた」と言って、撫でてくれました。
「くうぅ…ツンデレ属性まで持ち合わせてるとは流石お姉さま…」
「……殺すぞ?」
これは、そんな悪役令嬢になったお兄ちゃんの前途多難な学校生活を、影からソッと覗くのが趣味の私の話なのです。
───ええ、その為に開発した「俯瞰の目」が開く薬も、既に服用済みですので御心配なく♪
荒唐無稽なお話ですが、宜しくお願いします_(._.)_




