第2話 袁紹ちゃん、汜水関で病む。④
その時。
「俺に任せろ」
田豊の横から文醜が、すっと前に出る。
曹操「おぉ……」
思わず、声が漏れる。
曹操「文醜殿は、この連合においても一、二を争う実力……貴殿ならば、あるいは……」
その言葉を言い終える前に。
曹操は、ゆっくりと視線を移す。
紹香へ。
文醜は袁紹の配下。
この場で動くには――その許可が必要だった。
文醜「紹香」
文醜は紹香の元へ、力強く歩み寄る。
文醜「出撃の許可をくれ」
紹香は、少しだけ顔を上げた。
紹香「あの敵、すごく強いみたいだけど……大丈夫なの?」
文醜「ハッ」
鼻で笑う。
文醜「死人みてえだと思ってたけど、人の心配はしてくれるのかよ」
紹香「……」
言葉は返さない。
ただ、視線を少しだけ落とす。
(だって……。あなたたちは……まだ、生きてるでしょ……)
文醜は、くるりと背を向けた。
文醜「心配すんなッ」
槍を肩に担ぎ上げる。
文醜「さっさと片付けて、戻ってくるからよッ!」
その言葉と同時に、馬へと飛び乗る。
鞍に体を沈め――
ドンッ!!
勢いよく馬腹を蹴った。
土が跳ね上がる。
文醜「うおおッ!!」
咆哮。
一直線に、華雄へと突っ込む。
華雄「あぁん?」
視線が、ゆっくりと向く。
その口元が、にやりと歪む。
華雄「ちっとは骨のありそうなやつが――」
金棒を、ゆっくりと持ち上げる。
筋肉が、盛り上がる。
華雄「いるじゃねえかッ!!」
次の瞬間。
振り抜かれる一撃。
ブオオオッ!!
空気が唸る。
それを――文醜が、真正面から受けた。
ガキイイイインッ!!
凄まじい金属音。
火花が、弾ける。
衝撃とともに、文醜の身体は馬から跳ね飛ばされた。
文醜「……チッ」
歯を食いしばる。
腕が、きしむ。
(なんて腕力してやがる……ッ)
槍が大きくしなる。
着地した文醜はすぐに体勢を立て直し、再び踏み込む。
ガンッ!
ギィンッ!!
槍と金棒が、何度も交差する。
そのたびに、砂が巻き上がり、視界を覆う。
一撃一撃が、重い。
受けるだけで、体が軋む。
巨大な棍棒が振り下ろされるたび――文醜の呼吸が、荒くなる。
文醜「ハッ……!」
足を踏ん張る。
だが、徐々に――腕が、しびれてくる。
握力が、削られていく。
槍が、重い。
(……まずい)
さらに一撃。
ドゴォンッ!!
衝撃。
足が、沈む。
そして――ついに。
片膝が、地についた。
ドサッ
砂が舞う。
文醜「ハァ……ハァ……」
肩で息をする。
視界が、揺れる。
華雄「フンッ……」
見下ろす。
圧倒的な余裕。
華雄は、ゆっくりと金棒を持ち上げると、天へと掲げる。
華雄「敵は大したことはないッ!!」
その声が、戦場全体に響く。
華雄「いっきに、踏みつぶしてしまえッ!!」
オオオオオオ――ッ!!
董卓軍の鬨の声が、一斉に上がる。
士気が爆発する。
兵たちが、前へと雪崩れ込む。
連合軍へ――一斉に襲いかかった。
田豊「ぬう……文醜でも、かなわぬか……」
あの文醜が押されている。
それはつまり――この場に、華雄を止められる者がいないということ。
その事実が、じわじわと現実として重くのしかかる。
「押されてるぞ!」
「下がれ、下がれッ!」
連合軍の兵たちが、徐々に後退していく。
踏みとどまろうとするが――足が、止まらない。
恐怖が、背を押す。
田豊「このままでは……連合の陣形が、持たぬ」
陣形が崩れれば――そのまま瓦解。
敗走は、時間の問題だった。
その時だった。
汜水関の右側方。
丘の頂上が――突如、砂煙に包まれた。
ザアアアッ……
乾いた土が舞い上がる。
視界を覆うほどの量。
田豊「……なんじゃ?」
目を細める。
やがて砂煙の中から、無数の影が浮かび上がる。
現れたのは――整然と並んだ、一団の軍勢だった。
あれは――新手。
田豊「まさか……敵の援軍――」
緊張が、走る。
列は揃っている。
だが。
違和感。
旗が、ない。
どの勢力にも属していない証。
鎧も、統一されていない。
粗末なもの。布だけの者。
手にしている武器も、まちまちだ。
槍や剣だけではない。
斧。
鍬。
農具すら混じっている。
――正規兵ではない。
それでも。
その列は、乱れていなかった。
田豊「……なんじゃ、あの新手は……」
理解が追いつかない。
その時。
兵卒が、息を切らして駆け込んできた。
兵卒「申し上げますッ!!」
田豊が振り向く。
兵卒「丘の上の一軍より、伝令ッ!!」
息を整える間もなく、言葉を続ける。
兵卒「我ら義勇兵、一万!袁紹様と共に戦いたく、参上した――との事ッ!!」
田豊「なッ――!?」
思わず、声が裏返る。
目を見開く。
田豊「い……一万……じゃと!?」
耳を疑う。
兵卒の顔は、興奮と希望に満ちていた。
兵卒「名家の誉高い袁紹様の武名が、この地に響いたものかと――!」
田豊「ばかをいうなッ!!」
怒声。
田豊「義勇兵など、はるか前から募集を続けておったわッ!!」
現実を、知っている。
いくら名門袁家といえど――この乱世で、そう簡単に人は集まらない。
田豊の視線が、ゆっくりと横へ動いた。
そこには、義勇軍団長―劉備の姿。
(それでも、一千程度しか集まらぬから……困っておったのではないか)
なのに――今、目の前にあるのは。
一万の大軍。
理由が、説明できない。
田豊の喉が、わずかに鳴る。
戦場の流れが、確かに――変わり始めていた。




