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ごり押せッ!袁紹ちゃん!  作者: 姫笠


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第2話 袁紹ちゃん、汜水関で病む。①

翌朝。袁紹軍――陣地。

ひときわ大きな天幕の中では――重苦しい空気が、静かに満ちていた。

中央に据えられた大きな机。

その周囲に、連合軍の諸侯たちが座している。

昨日の戦いで、辛うじて敗走を免れた者たち。

だが――その数は、あまりにも少なかった。

誰もが無言で、机の上に置かれた地図を見つめている。


一人の男が、低く呟いた。

曹操「……残ったのは、これだけか」

かつては、十数名の諸侯が集い、声を上げた連合軍。

だが今――

ここにいるのは、自分を含め、わずか四人。

その現実が、重くのしかかっていた。

机を囲む面々。


江東の領主―孫堅。

堂々たる体躯に、虎の毛皮を豪快に鎧へ巻き付けている。

白髪交じりの長髪を後ろへ流し、分厚い胸板と太い腕が、武人としての格を物語っていた。

その視線は鋭く、戦場を渡り歩いてきた者だけが持つ迫力を帯びている。

そして――


義勇軍団長―劉備。

まだ若い。

鎧も他の諸侯に比べれば質素だ。

だが、その瞳は真っすぐだった。

帝を救うという使命を、疑いなく胸に抱いている。

揺るぎのない意志。

それが、その姿からにじみ出ていた。


そして――。

兵卒「袁紹様、御到着です!」

外からの声。

天幕の空気が、ぴんと張る。

全員の視線が、入口へと向けられる。

次の瞬間。

帳が開かれる。

まず入ってきたのは――二人の将。

顔良と文醜。

堂々たる歩みで中央へ進み出る。

そして、その後ろ。

田豊に軽く促されるようにして――一人の少女が、ゆっくりと帳をくぐった。


金色の鎧。

赤いマント。

場違いなほどに華やかな装い。

だが、その中にいる少女の表情は――どこか、ぼんやりとしていた。

紹香は、足を止める。

視線が、わずかに揺れる。

(……人、多い)

それだけの認識。


曹操が、ゆっくりと口を開く。

「……田豊殿。袁紹殿はどうなされた?」

その声は穏やかだが、探るような鋭さを含んでいる。

田豊は一歩前に出る。

そして、迷いなく少女の肩へと手を添えた。

「この方こそ――我らが主君、袁紹様です」

静かな宣言。

だが、その場の空気を一変させるには十分だった。

「……言っている意味が分からぬが?」

曹操の眉がわずかに寄る。

その視線が、まっすぐ紹香へと向けられる。

そこへ、孫堅が口を挟んだ。

「……田豊殿」

低く、抑えた声。

「俺と曹操殿は、袁紹殿と面識がある。そしてここは戦場だ」

その目が鋭くなる。

「冗談は、そのへんにしていただこうか」

空気が、ぴりりと張り詰める。

文醜が、鼻で笑った。

「ハッ」

肩をすくめる。

「そう言われてもな。このお方が袁紹様なんだから、どうしようもねぇ」

その言葉は軽いが、視線は鋭い。

挑発にも似た響き。

その瞬間。

低い声が割り込む。

「――おい」

曹操の背後に控えていた大男―夏侯惇が、ゆっくりと前へ出る。

巨体が、一歩ずつ距離を詰める。

圧が、空間を押し潰すように広がる。

「曹操を侮辱しておるのか」

その目は、獣のように鋭い。

「もしそうなら――ただでは済まぬぞ」

言い終わると同時に。

腰の刀へと手をかける。

刃が、わずかに鞘から覗く。

緊張が、一気に臨界へと近づく。

――その時。


 ガシッ


鈍い音。

夏侯惇の動きが、ぴたりと止まった。

視線が、下へ落ちる。

自分の腕。

それを――がっちりと掴んでいる手。

紹香の脇から、一歩前へ出ていた顔良が、無言のまま腕を押さえ込んでいた。

その力は、微動だにさせない。

「……顔良……貴様……」

低く唸る。

だが、顔良は一切表情を変えない。

一触即発の空気。

紹香(うわ……強引に押し通す気だ……)


曹操「よい。夏侯惇」

その一言で、張り詰めていた空気が、わずかに揺らぐ。

夏侯惇「――ッ?」

刀にかけていた手が止まる。

振り向くように、主の顔を見る。

曹操は、ゆっくりと視線を前へ戻した。

「ここまで頑ななのだ。よほどの訳があるのだろう」

曹操は小さく息を吐き、天幕の天井を見上げる。


(袁紹殿――討たれていたか)


だが。

それを、口に出すことはない。

出した瞬間――連合軍の指揮は、さらに地に落ちるからだ。

今でさえ、綱渡りの状態だ。

ここで崩れれば、次はない。

曹操は、ゆっくりと視線を戻した。

そして。

紹香を、まっすぐに見据える。

曹操「では――袁・紹・殿」

机の一角。

空いている席を、軽く示す。

曹操「ここへ」

短く、それだけ告げる。

周囲の視線が、一斉に紹香へと集まる。

その中で。

(……座るのか)

紹香は、ゆっくりと足を動かした。

そのまま、示された席の前で立ち止まり――特に迷うこともなく、腰を下ろした。



田豊が地図を指先でそれをなぞりながら、作戦の説明を始める。

「我らは――多大な犠牲の上、董卓軍の先鋒・徐栄を討った。

じゃが……董卓軍には、なお警戒すべき二人の猛将が存在する」

空気が、わずかに張り詰める。

この国で、その名を知らぬ者はいない。

「一人は――呂布りょふ。」

その瞬間、場の空気がさらに重くなる。

「その武は董卓軍……いや、この中華最強とも称される」

誰も、異を唱えない。

それが事実だからだ。

田豊「やつが出てくる前に――できる限り、わが軍の優位を確立したい」

その声には、明確な焦りがある。


田豊「もう一人は――華雄かゆう

地図の別の地点を指し示す。

田豊「呂布に次ぐ武勇の持ち主だ」

視線が、自然とその地点に集まる。

田豊「やつは1万5千の兵とともに、この先の関門――汜水関しすいかんに布陣している」


――汜水関。


董卓のいる首都―洛陽へと至る要衝。

ここを抜けなければ、董卓本隊へは辿り着けない。

「華雄を下し――汜水関を突破する」

田豊は顔を上げた。

視線が、孫堅へと向く。

「孫堅殿には、汜水関を山岳より迂回し――その背後を突いてもらいたい」

孫堅は、即座に頷いた。

椅子に深く腰掛けたまま、腕を組んでいたが――その目はすでに戦場を見ている。

「承知した」

短く、力強い返答。

田豊は、次に視線を巡らせる。

「残る曹操殿、劉備殿、そして――我ら袁紹軍で、迂回が気取られぬよう、正面より汜水関を攻める」

その言葉に、劉備がすっと立ち上がった。

劉備は、深く一礼する。

「承知いたしました」

その声には、迷いがなかった。

たとえ劣勢であろうと、退かぬ覚悟。

その姿勢が、はっきりと現れている。

一方で――

紹香は、座ったままだった。

話は聞いている。

だが――

頭の中で、整理が追いついていない。

(……汜……すい……?)

単語が、断片的に浮かぶ。

地図も、戦術も、よく分からない。

けれど。

“やることは決まった”ということだけは、なんとなく理解できた。

それ以上は――考える気力がない。

曹操は、その様子を一瞥する。

何も言わない。

田豊は視線を戻し、言葉を続けた。

「10日後の朝、攻撃を開始する。それまでに、各々――布陣を完了されたい」

その言葉が、天幕の中に落ちる。

それぞれが、自分の役割を受け止める時間。

戦は、すでに次の段階へ進んでいた。


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