第5話 炎と妖怪の洛陽①
漢帝国首都――洛陽。
広大な都の中心、市場。
色とりどりの布が風に揺れ、露店には食べ物や工芸品が並び、普段であれば活気に満ちた場所。
だが――今日はどこか違っていた。
民「連合軍が迫ってるってよ」
荷を抱えた男が、小声で呟く。
民「俺達……どうなるんだろうなぁ」
別の男が、落ち着かない様子で周囲を見回す。
笑い声はある。
だが、その奥には――怯えがあった。
いつ何が起きてもおかしくない、そんな張り詰めた空気。
その様子を――少し離れた酒場の席から、静かに見ている男がいた。
店の奥に腰を下ろし、巻物を広げている。
若い男。
中性的ともいえるほど整った顔立ち。
白い肌に、細く通った鼻筋。
肩まで伸びた黒髪は、丁寧に後ろへ流されている。
長い前髪は左右に分けられ、その瞳を隠すことなく整えられていた。
身にまとうのは、上質な黄色の着物。
ひと目で分かる、高貴な身分。
男「ご主人、清酒をひとつ」
静かな声。
主人「いつもありがとうございます、沮授様」
店主が恭しく頭を下げ、酒を差し出す。
沮授と呼ばれた男は、それを受け取ると、ゆっくりと盃に口をつけた。
そして――再び、外の様子へと視線を移す。
騒ぐ民。
落ち着かない空気。
沮授「これは……」
わずかに目を細める。
沮授「忙しくなりそうだ」
その言葉には、恐れではなく――静かな確信が込められていた。
同じ頃。
洛陽、宮殿の奥。
豪奢な装飾と、濃い香の匂い。
その中心。
巨大な玉座に、ひときわ異様な存在が座していた。
董卓。
熊のような巨体に毛むくじゃらの腕。
肥え太った腹を揺らしながら、どっかりと腰を下ろしている。
両脇には、艶やかな衣をまとった美女たち。
その体を引き寄せるように抱き寄せ、満足げに笑っていた。
だが――
そのさらに奥。
一段高い台座の上。
そこには、小さな影があった。
十にも満たぬ少年――漢帝国の皇帝。
豪華な衣に身を包んでいるが――その体は小さく縮こまり、震えている。
視線は下を向き、誰とも目を合わせようとしない。
その姿は――まるで、この国の未来そのもののようだった。
その時。
バタバタッ!!
足音を立て、一人の武将が駆け込んでくる。
そのまま、玉座の前でひれ伏した。
武将「申し上げますッ!!」
息を切らしながら、叫ぶ。
武将「連合軍が呂布を討ち、虎牢関を突破した模様ッ!!」
その言葉が、広間に響いた瞬間。
どよめきが広がる。
ざわざわと、配下たちがざわめく。
だが――最も大きく反応したのは董卓だった。
先ほどまでの余裕の笑みが、みるみるうちに消えていく。
顔が引きつる。
董卓「……呂布までもが……?」
信じられない、というように呟く。
次の瞬間。
董卓「ええいッ!!」
怒号。
董卓「何が中華最強じゃッ!!」
顔を歪め、叫ぶ。
董卓「あの役立たずめがァッ!!」
手にしていた盃を――武将へと、思い切り投げつけた。
ガシャアッ!!
酒が飛び散る。
武将「ヒイッ!!」
慌てて頭を伏せる。
体を小さくし、震える。
広間の空気が、一気に張り詰めた。
その脇。
静かに控えていた男が、そっと前へ出る。
董卓軍、軍師――李儒。
李儒は董卓の耳元へ、顔を寄せた。
李儒「董卓様。虎牢関が落ちた以上、この洛陽へ反逆者たちが押し寄せるのも時間の問題」
静かな声で、続ける。
李儒「一刻も早く、脱出を」
その言葉に。
董卓の顔が、さらに歪む。
董卓「おのれぇ……」
低く唸る。
そして――
董卓「首都を、西――長安へ移す。遷都の準備をするのじゃ」
李儒「ははッ」
すぐさま、頭を下げる。
だが。
董卓の目は、まだ怒りに燃えていた。
董卓「脱出後――この洛陽に火を放て」
その言葉に、周囲の空気が凍りつく。
配下「都に、火を……」
董卓「それと――やつらを洛陽へと呼びこめ」
目がぎらりと光る。
董卓「反逆者どもを、阻むのだ」
李儒「やつら……」
一瞬、言葉を選ぶ。
李儒「妖怪どもの事でございますか?」
わずかな躊躇。
李儒「しかし……やつらは人を食うしか能のない輩」
眉をひそめる。
李儒「我々の指示に従うとは、とても――」
その言葉を、途中で遮るように。
董卓「ばかものが」
低く、吐き捨てる。
董卓「洛陽の民を、いくらでも食ってよい。そう言伝れば――」
にたり、と笑う。
董卓「我先に押し寄せてこようが」
その瞬間。
この都の運命は――決まった。




